世の中は「所有」ではなく「利用」の時代になってしまった。今後は思いもよらないものがサブスクリプション方式になり、人々の意識は大きく変わっていく。世の中の変化に対応できなくなれば人間もまた見捨てられていく。ダイナミックに広がっていく社会の変化に気づく必要がある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)
ソフトウェア企業の多くはサブスクリプションに移行した
ソフトウェアの世界では「サブスクリプション方式」がひとつのスタイルになっている。「サブスクリプション」とは元々は「定期購読」という意味だが、今は「一定期間利用できる権利」という意味で使われている。
たとえば、Apple Musicもサブスクリプション方式であるし、Amazon Primeもサブスクリプション方式だ。また、Adobeのソフトウェアもサブスクリプション方式だし、MicrosoftもOfficeにサブスクリプション方式を取り入れている。
さらに言えば、クラウドはサブスクリプション方式でこそ成り立つビジネスであるとも言える。
こうしたサービスやソフトウェアとサブスクリプションの相性が良いのは、サービスやソフトウェアの中身がどんどん変わるからでもある。変わるたびに金を徴収するよりも毎月の使用料の中で収めてくれた方がずっといい。
たとえば、何か新しい音楽や映画が追加されるたびに代金を払うよりも、定額料金でいくらでも音楽や映画が観られるという方式にした方が利用者も得だし、事業者もサービスを付与しやすい。
ソフトウェアもバージョンアップを繰り返してどんどん付加価値が追加されていくのだが、今まではバージョンアップするたびにユーザーは料金を徴収されていたのを、定額で利用できるようになったらいつでも期間中にバージョンアップすることができるようになる。
かくして、ソフトウェア企業の多くはサブスクリプションに移行することになった。
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「いくら金を払っても自分のモノにならない」という不満もある
かつてソフトウェアは海賊版が出回る問題があった。しかし、サブスクリプション方式によって海賊版の問題は劇的に解決した。
サブスクリプション方式によってソフトウェア提供企業はしっかりとユーザー管理をすることができるようになったのだ。海賊版はソフトウェアを立ち上げることすらもできなくなり、仮にハッキングでその部分を破られてもアップデート機能は一切使えない。
特にAdobeなどは当初はずっと海賊版に悩まされてきた企業だったが、全面的にサブスクリプション方式に切り替わることによって海賊版問題を一挙に解決し、以後は空前の利益を上げるようになっていった。
そういう意味で、「サブスクリプション方式」はソフトウェア企業の常識となり、これで企業の業績は安定するようになった。
ただ、ユーザーの中には今でもサブスクリプション方式に抵抗感を持つ人も大勢いるのも事実だ。いったい、どこに抵抗感があるのか。それは以下の点に集約されていると言っても過言ではない。
「モノが欲しいのにサブスクリプション方式だといくら金を払っても自分のモノにならない」
サブスクリプション方式でユーザーが金を払う対象は「所有物」ではない。あくまでも「利用権」である。しかし、モノを買ったらそれは自分の物になって、物理的に手元に置いておきたいと考える人も多い。
「金を支払う=自分の所有物にする」という発想で長らく育ってきた人にとって、「延々と金を払っているのにいつまで経っても自分のモノにならない」というのは不満でいっぱいになる。
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ヘビーユーザーであるほど所有よりも利用の方が合理的になる
実のところ、古くからコンピュータの世界に馴染んでいる人であればあるほど、「ソフトウェアはモノ」と考える。
しかしソフトウェア企業は、サブスクリプション方式によって「ソフトウェアはサービスなのだ」と定義して時代を転換させたのだ。
たとえば、Apple Musicは月額980円の定額制である。この980円で約5000万曲が聴き放題となる。5000万曲は尋常ではない。ほぼ無限とも言って良い物量である。所有はできないが聴き放題なのだから、常識的に考えるとこちらの方が有利に決まっている。
ところが、それでも「モノが欲しい」という人はいる。
音楽というのは、かつてはレコードやCDによって「所有」するのが当たり前だった。レコードやCDという物理的な媒体は、コレクションの対象になっているのを見ても分かる通り、それは非常にコレクターの気分を高揚させるものなのだ。
そういうコレクター気質のある人は、「月額980円、年にすると1万1760円も払っているのに、それをやめたら音楽がまったく手元に残らないのは嫌だ」と考えるのである。
しかし、所有よりも音楽を聞くこと自体が好きで、月にCDを5枚も6枚も買っていたような人は、月額980円で5000万曲以上も聞けて、さらに新作もどんどん追加されるApple Musicは涙が出るほど嬉しいサービスのはずだ。
音楽のヘビーユーザーであればあるほど「所有」よりも「利用」の方が合理的だ。今、音楽は多様化していて、全世界で莫大な音楽が流通している。そのため、多くの人にとってサブスクリプション方式の方が利便性が高い。
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「所有」ではなく「利用」の時代になってしまった
書籍もデジタル化されて電子書籍として出回るようになると、AmazonがやっているAmazon Kindle Unlimitedのサブスクリプションで、本が読み放題になり、読み終わったら手放すというスタイルになった。
すなわち、書籍も電子書籍化でサブスクリプションとなった。
ところが、それでも「書籍」という形にこだわる人が一定数いるのでAmazonはペーパーバック化というモノを届けるサービスを始めることになった。このあたりがAmazonの抜け目ないところだ。
しかし、多くのユーザーはペーパーバックとしてモノを所有するよりも、サブスクリプションで電子書籍を次々と読むスタイルに馴染んでいくだろう。つまり「モノは要らない。使う時だけそこにあればいい」と考える人が多数派になる。
若年層は「いちいち買うよりも利用したい時に利用できる方が合理的だ」と思う人が増えているので、サブスクリプション方式の方に親和性を感じている。
中高年以後はサブスクリプション方式に慣れないが、それでも徐々に音楽も映画も書籍も「所有するのではなく、サービスとして利用するもの」という意識になっていくはずだ。
そうである以上、今後はいろんな分野でサブスクリプション方式が取り入れられる動きになる。今後は洋服も、バッグも、高級時計も、アクセサリーも、家電も、ありとあらゆるものがサブスクリプション方式に切り替わっていくのは必然か……。
たとえば、女性の場合は違う洋服を「利用したい時だけ利用できる」ということに意義を見出すだろう。着たい服をいちいち買っていたらクローゼットがいくらあっても足りない。だからサブスクリプション方式が合理的なのである。
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ダイナミックに広がっていく社会の変化に気づく必要がある
今後は、車やバイクも「所有」ではなく「利用」が主流になっていくのではないかとも予測されている。車は持っているだけで金がかかる上に、買い換えもかなりの手間になる。しかも、車は頻繁に使用する時とほとんど使用しない時がある。
これをサブスクリプション方式に切り替えれば、必要な時に使って要らなくなったら返せばいい。また、車種を頻繁に変えたい人もサブスクリプション方式は便利だ。利用して返して、また違うものを利用する。それが簡単にできるのである。
ただ、サブスクリプション方式が増えていくと、人々はあれもこれも定額で金を取られることになるわけで、どこかで限界に達する。そうなると、サブスクリプションにも「どれが必要で、どれが不要か」という取捨選択が起こる。
サブスクリプションが乱立すると、どうしてもサービスが最も貧弱なものから切り捨てられてしまうのである。だから、すべての企業がサブスクリプションを目指すにしても、生き残れないサブスクリプション企業もどんどん出てくるだろう。
ただ、それはまだまだ先の話であり、今はサブスクリプションがあらゆる業界でアメーバのように伸張していく時代である。
世の中は、このようなところからも変わっている。「所有」ではなく「利用」の時代になってしまった。今後は思いもよらないものがサブスクリプション方式になり、人々の意識は大きく変わっていく。
こうした世の中の変化に対応できない状況になれば、人間もまた見捨てられていくわけで、ダイナミックに広がっていく社会の変化に気づく必要がある。
よく、大量の書籍を並べた本棚を背景に動画を撮っている人を見るのだが、そういうことをやっていると「この人は所有にこだわる時代遅れの人だ」と無意識に認定されるようなことになるのではないか。