政界に網を張った特定の閨閥よりも日本の方が大事なのだから、閨閥を守ったり彼らをちやほやする義理は日本国民にはない。私たちが守りたいのは日本という国であって閨閥ではない。世襲が目につくようになった分野には民主主義の競争原理が働くような改革が必要ではないか。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
甘い汁を吸える地位は親から子へ継承される
2022年12月11日、岸信夫前防衛相は体調不良によって政界を引退することを発表して、その後継者として長男の岸信千世(きし・のぶちよ)氏を指名した。岸信千世は衆院山口2区の補欠選挙を戦うことになる。
この岸信千世だが、自身の公式ホームページで自分が政治家一族を構成する人間のひとりだと誇示するかのように、岸信夫、安倍晋三、安倍晋太郎、岸信介、佐藤栄作などの名前が記された家系図を臆面もなく表に出して物議を醸すのだった。
それはあたかも、「俺はどこの馬の骨か分からないそこらへんの候補者と違って政界のサラブレッドなんだ」とひけらかして自慢しているのも同然だったので、国民からは「世襲で受かると思っているその神経に反吐が出る」と非難殺到となった。
どこかの会社の社長のボンクラ息子が父親の会社に潜り込んで「俺は社長の息子だ」と親の権威だけで威張って歩くのと同じようなものだと世間は捉えたのだった。実際、岸信千世の感覚はそれに近い。
しかし、岸信千世は、戦う前から当選が確実視されている。なぜなら、まさに岸信千世が自慢する政治家一族というブランドと人脈がモノを言うからだ。ボンクラでも何でも、親が大物政治家だとその地盤を受け継いだ子供はかなり当選確率が高い。
親がレールを敷いて、子供が至れり尽くせりで選挙を戦って、難なく勝つ。そして、親の利権を継承して自らも太っていく。甘い汁を吸える地位は、親から子へ、子から孫へと継承され、一族がますます繁栄していく。
政治は国家を繁栄させるためではなく、一族の利権を守るためのものとなる。
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宮澤喜一から岸田首相まで世襲の首相は12人いた
ある野党の地方議員と話をしていた時に「今の大物政治家を見て下さいよ、みんな世襲、世襲、世襲です。奴らは親から地盤と看板と鞄を引き継いで楽勝で選挙に勝ってます。恵まれてるんですよ。総理大臣だって、今じゃほとんどが世襲なんですから」と憤っていた。
地盤とは組織を指す。
看板とは知名度を指す。
鞄とは資金力を指す。
二世や三世の政治家は、親から組織と知名度と資金力を得て、かなり有利な環境の中で勝つことができる。何も持たない候補者は朝から晩までどんなに必死に駆けずり回っても勝てない。「これはあまりにも不公平だ」というのが彼の憤りだった。
確かに、政治家は世襲が多くて今や総理大臣にしても世襲の嵐である。岸田首相にしても親戚に元首相だった宮澤喜一がいるし、親戚一同が政治家である。その宮澤喜一もまた世襲で政治家になった人だ。
試しに調べてみると、宮澤喜一から岸田首相まで世襲の首相は12人いた。世襲ではない政治家はたった4名である。
宮澤喜一(世襲)
細川護煕(世襲)
羽田孜(世襲)
村山富市●
橋本龍太郎(世襲)
小渕恵三(世襲)
森喜朗(世襲)
小泉純一郎(世襲)
福田康夫(世襲)
麻生太郎(世襲)
鳩山由紀夫(世襲)
菅直人●
野田佳彦●
安倍晋三(世襲)
菅義偉●
岸田文雄(世襲)
自民党に限って言えば、菅義偉ひとりである。それくらい、政治の世界には世襲がはびこっている。しかも、特定の閨閥《けいばつ》が政治の中枢を掌握する。
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日本は世襲というシステムが問題の一因になっている
「世の中にはもともと恵まれている人がいます。彼らが小選挙区みたいな自分たちが勝てる選挙制度を作っているわけですよ。ほんと不平等です。日本って本当に民主主義国家なんですかね?」
ごく普通の出身の議員候補者はそのように述べる。
振り返って見ると、日本では政治の世界だけでなく、芸能界でも実業界でもそういうのが目立つようになってきているように思う。とは言え、もちろん世襲だから絶対成功するわけでもないし、二世三世だから常に順風満帆な人生を歩めるわけではない。運・不運は誰にでも訪れる。
そういう意味で、世襲でも世間に揉まれていくのだから、「世襲で何が悪い?」と擁護する人もいる。しかし、世襲がもたらすデメリットはとても看過できないものがあるのも事実である。
そもそも世襲というのは、本人が相当なボンクラで実務能力がゼロであっても、親の七光りで地位が得られるという「とんでもないシステム」である。たまたま、本人が優秀であれば問題は顕在化しないかもしれないが、そうでないことも多い。
人格に問題があっても、能力不足であっても、未熟であっても、地位にありつける。それが「世襲」なのだ。
その際、実は他に最適な人材がいたとしても、世襲がまかり通っていれば、その最適な人材が蹴り出されるので、その業界全体の能力が低下することになる。政治家が世襲なのだとしたら、日本という国全体が地盤沈下を引き起こすということだ。
日本の政治システムで世襲がはびこっており、30年も経済成長できない原因に政治があるのだとしたら、まさに日本は世襲というシステムが問題の一因になって悪影響を及ぼしている最中であるという見方もできるはずだ。
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守らなければならないのは国であって閨閥ではない
佐藤栄作、岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三、岸信夫……。岸信千世が臆面もなく自慢する政治家の家系は、まさに日本の政治を牛耳っている世襲システムの中枢にある閨閥であるとも言える。
政治の世界があたかも伝統芸能のようになっており、そういう家系だけが有利になるというのであれば、そのうちに出身や家系が「不適切」という理由だけで排除されるようなことも起こり得る。
特定の閨閥に属する世襲の家族や血統のみに権力がたらい回しにされ、そこだけに権力と地位が集中して「名門」とか言われるようになると、それは民主主義からの逸脱を示すものであり、その先には社会的不平等が定着する社会が待っている。
権力と地位がそこに集中するということは、私たちが想像している以上の利権がそこに生まれるということだ。世襲によって「特定の閨閥に属している人間」だけが甘い汁を吸い上げて自らの資産を膨らませ続けることになる。
これは、間違いなく貧富の差や機会均等性の問題を引き起こし、身分格差、経済格差を拡大させる要因となる。
また、世襲が続くと既存の秩序を守ることに汲々とすることになるわけで、時代が変わっても古い考え方や体制をひたすら維持するだけとなる。つまり、新しい発想や行動が生まれなくなり、社会がどんよりと停滞して閉塞感が募っていくようになる。だから、世襲が続けば続くほど社会からイノベーションが失われていく。
すでに日本は政治の世界であまりにも世襲が続き過ぎている。日本の停滞した政治を根源から変えるためには、世襲がまかり通る今の政治システムを一掃するのもひとつの手段である。
政界に網を張った特定の閨閥よりも日本の方が大事なのだから、閨閥を守ったり、彼らをちやほやする義理は日本国民にはない。私たちが守りたいのは日本という国であって閨閥ではない。
そういう意味で、世襲が目につくようになった分野には、きちんとした民主主義の競争原理が働くような改革が必要ではないか。特に政界はそうだ。政治は伝統芸能ではないのだから、血統だけは立派なボンクラではなく、真の意味で「頭脳と行動力と愛国心のある人」が担って欲しいと心から願う。
そうしないと、特定の民族だけが栄えて国が滅ぶようなことになる。