
「貧困の悪循環」はすでに私たちの社会に定着している現象でもある。それでも、今はまだ人々は「一生懸命に働けば上に行けるのではないか」と漠然と考えている。しかし、どこかの地点で「何をやっても這い上がれない社会なのだ」という現実を知る日がやってくる。その時、社会はどうなるのか。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)
現在は、相も変わらず格差が広がり続けている社会
コロナ禍による経済萎縮、そしてそれによって引き起こされる世界恐慌を恐れた各国政府は2020年4月以後になりふり構わない金融緩和を行った。これによってコロナショックに見舞われていた金融市場は一気にV字回復を見せた。
しかし国際決済銀行(BIS)も2021年の年次報告書で指摘している通り、「財政・金融政策により短期的に対応する手法が、長期的に格差拡大という問題を生みだす」のだ。(ヤフー:コロナ対応で政府債務は戦前並み、格差拡大が加速。国際決済銀行が警鐘鳴らす「金融政策の引き際」)
現在の資本主義は、コロナ禍があろうがなかろうが「格差を拡大させる」現象をずっと引き起こし続けていたのだが、コロナ禍はそれを一気に拡大させた。
アメリカの株式市場を見てみればいい。ダウ平均株価も過去最高値だ。アメリカの株式市場を丸ごとインデックス化したETF【VTI】などを保有する投資家は株高に湧き上がっている。
しかし、貧困層は株式なんか保有する余裕などない。保有できない。そのため、株式市場の上昇の恩恵などまったく受けられない。今後も金融緩和が続けられるのであれば、格差はますます開いていく。
気がかりなのは、この「なりふり構わない金融緩和」から抜け出すのは容易ではないと国際決済銀行が指摘している通りである。かくして、富裕層と貧困層の差は超絶的な差となって社会を覆い尽くす。
この弱肉強食の資本主義では、貧しい家庭に生まれるか、豊かな家庭に生まれるか。貧困国で生まれるか、先進国で生まれるか。それだけで人生はまったく違ったものになっていくのだ。
先進国の富裕層の家庭で生まれれば、経済的な苦労はしない。親の資力や人脈をフルに使って、親と同様に豊かで実りある人生を築き上げることができる確率が高い。実際、一流大学の学生は裕福な親を持った学生が多い。
その逆も然りである。貧困層に生まれれば、親と同様に、貧困の中で喘ぎ、這い上がりたくても這い上がれないことが多い。貧困層の家庭に生まれた子供は、ずっと貧困層なのである。
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子の世代が親の世代と同じ階層にとどまる確率
貧困層は貧困から抜けられない。そして、その子供もまた貧困層になる。これを「貧困の悪循環」という。国の貧困や親の貧困は、子供にも引き継がれやすいのである。
しかし最初は貧困状態であっても、一生懸命努力し、アイデアと、実行力と、不屈の精神で金持ちに成り上がっていく人も、世の中にはたまにいる。
そういった人の人生は多くの貧困層を力づけ、大きなモチベーションの元になる。アメリカ人は特にそういった「成り上がり」の物語が大好きだ。
アメリカ人の持つ人生観は、最初は何もなくても、そこから自分の才能や努力でポジティブに成功をつかみ取っていくという「アメリカンドリーム」で成り立っている。そして、アメリカ人は今もそれが実現できる社会であると信じている。
しかし、アメリカ人を熱狂させるこのアメリカンドリームは、どんどん難しくなっている。ウィートン大学の経済学者であるジェイソン・ロング氏もそのような主張をする人のひとりである。
アメリカは、貧困層の子供たちが中流層や富裕層に移動する割合が高いと思われているのだが、実際に「世代間所得弾力性」を数値化してみると、子の世代が親の世代と同じ階層にとどまる確率の方が高かったことが分かった。
つまり、親が貧困であれば子供もまた貧困で終わる。
もう、アメリカはチャンスの国ではなくなっている。親が貧困層でも子供が上に上がれる確率は、現代ではむしろ、中国、インド、南米諸国のような新興国の方が高いというのが、ジェイソン・ロング氏の分析だった。
「米国人は今でも自分たちは移動性が極めて高いと信じているが、それは真実ではない」
ここで発言されている「移動性」というのは、貧困層から中流以上に「移動」する世代間移動を指している。
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学歴社会がアメリカンドリームを難しいものに
ここで注意しなければならないのは、資本主義そのものは別に階級を固定化させているわけではないので、今でもアメリカンドリームを実現する人たちは存在するということだ。
貧困層が中流に成り上がっていく物語は、今も消えていない。
しかし、かつては努力と根性で何とかなったアメリカンドリームは、もうそれだけではどうにもならないほど難しいものになっている。
これには、多くの理由がある。
その理由のひとつとして経済学者の誰もが指摘するのは、アメリカが明確な学歴社会と化して、学歴のない人間は「良い仕事」を見つけるのは絶望的に難しくなっていることが挙げられる。
良い仕事に就くためには、良い大学に行く必要がある。とにかく大学を卒業するのが必須だ。しかし、その大学に行くためには莫大な費用がかかる。
アメリカの有名大学では、だいたい年間600万円以上かかるので、4年間通えば2400万円以上も必要になる。これだけの金を出せる家庭は中流階級でもなかなかいない。奨学金制度もあるが、誰もがもらえるわけではない。
そこで学生ローンを利用して大学に通うことになるのだが、貧困家庭では、そもそもその学生ローンですら組めない。
かくして貧困層は大学から閉め出され、良い仕事から閉め出され、努力と根性で何とかなったアメリカンドリームは遠くに消え去ってしまった。
ちなみに、中流階級でも、無理して学生ローンを組んで大学を卒業しても、たまたま不景気でまともな仕事が見つからないと、借金を抱えたまま首が絞まって「成り上がる」どころか、貧困層に堕ちていく確率が高まる。
アメリカではアメリカンドリームを実現する人たちよりも、貧困層に堕ちる人たちの方が増えている。
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どこの国でも、アメリカと同じ傾向が進んでいる
グローバル化した社会では、アメリカだけではなく、どこの国でも同じ傾向が進んでいる。国境を越えてビジネスを行い、外国企業に就職し、異国で生活する人たちが増えている。
多国籍企業は、その人材の良し悪しはまずは学歴を見る。有名大学、ブランド大学の卒業であれば優秀であると、だいたい学歴を見れば判断できる。だから、世界的に学歴社会がこれから進んでいき、それが標準になっていく。
この傾向が進めば、経済的な理由や、家庭環境によって学歴が持てなかった人間は、どんどんドリーム(成り上がり)から排除されていくことになる。
「貧しい者は、貧しいまま終わる」という身分の固定化が進み、それが格差となり、長い格差の時代は階級(クラス)の固定化につながって「身分制度」同様になっていく。
- 資金力の欠如で大学に行けない。
- 好待遇・高賃金の仕事に就けない。
- 低賃金の仕事を余儀なくされる。
- 結果として貧困に落ちる。
- 貧困に落ちたらそれが固定化される。
社会はより高度に複雑化していく。そのため、経済格差はより強化され、徹底され、先鋭化し、極端化する。
日本でもそうだ。
親の資金力の欠如で大学に通えずに非正規雇用の仕事しか見つからないと、貧困から抜けられず、貧困層のまま推移し、貧困の固定化にはまっていく。一方で、好待遇・高賃金の仕事に就けた者はその資金を投資に投じてますます資産を膨らませる。
「貧困の悪循環」はすでに私たちの社会に定着している現象でもある。それでも、今はまだ人々は「一生懸命に働けば上に行けるのではないか」と健気《けなげ》に考えている。
しかし、コロナ禍は経済格差を凄まじく広げている。貧困層はどこかの地点で「何をやっても這い上がれない社会なのだ」という現実を知る。このままでは、持たざる者が社会に復讐しようと考え始めるだろう。
その時、社会は今よりも格段に殺伐とし、秩序も乱れ、治安も悪化するはずだ。
