AIが現代文明のパラダイムシフトになっていく中で、半導体セクターは力強い成長を見せるだろう。AIのパラダイムシフトは「まだ、はじまったばかり」でもある。そのためTSMCは、長期的な成長ポテンシャルを持つ魅力的な投資先と考えられられる。ただ、リスクもある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
この企業なしに現代のハイテク機器は存在しない
今後、世界はAI(人工知能)で一変する。AIは文明を変えるパラダイムシフトになるのは確実であり、インターネットやスマートフォン以上に大きなインパクトを現代文明に与えるだろう。
このAIの頭脳になるのが半導体である。AI半導体の頂点に立っているのがエヌヴィディアなのだが、このエヌヴィディアの半導体チップの製造を、委託で請け負っているのが、世界最大の半導体ファウンドリー企業であるTSMC(台湾積体電路製造株式会社、Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)である。
TSMCは1987年に設立され、台湾の新竹に本社を構えている。設計を専門とする企業(ファブレス企業)から半導体の製造を受託し、世界中のエレクトロニクスメーカーに供給している。その大きな顧客のひとつにはAppleがある。
他にも、クアルコム、AMDなどの大手テクノロジー企業がTSMCの顧客となっている。要するに、この企業なくして、現代のハイテク機器は存在しないといっても過言ではない。それほど重要な企業である。
TSMCは、競争の激しい半導体業界で業界最強の技術力で他社を圧倒している。7nm、5nm、さらには3nmプロセス技術の開発と量産に成功しており、これによって高性能の半導体チップの製造を可能にしている。
それだけでなく、世界最大規模の工場を持ち、その生産能力は他の追随を許さないレベルにある。大規模な生産ラインと設備投資により、コスト効率を最大限に高めることができ、競争力のある価格でサービスを提供できている。
財務状況も健全だ。強固な売上と利益の成長を続けており、キャッシュフローも安定している。2023年には売上が記録的な水準に達し、営業利益率も業界平均を大きく上回る水準を維持している。
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超高性能な半導体が要らない業界はない
今後、超高性能で高密度で省電力の半導体の需要は増える一方だ。超高性能な半導体を莫大に必要とする業種の筆頭はデータセンターだが、データセンターはAIを進化させるために、どれだけ半導体があっても足りないくらいである。
さらに自動車産業も自動運転技術や高度運転支援システムにおいてリアルタイムで膨大なデータを処理する必要があるので、超高性能な半導体が必要だ。電気自動車(EV)にも効率的なパワーマネジメントのための半導体が不可欠となっている。
通信業界も然り。5Gネットワークの展開には、超高速かつ低遅延の通信を実現するために、最新の半導体技術が必要となる。
そして、一般消費者も、スマートフォン、タブレット、ゲーム機、スマートテレビなどは、もっとも競争が激しい分野であり、激甚な競争に打ち勝つためにメーカーは誰よりも早く先進的な半導体を使用したいと考えている。
また、軍事部門もビッグデータを解析して瞬時に的確な判断を提供するパランティアなどの躍進を見てもわかる通り、とにかく早い半導体が軍拡のキーポイントになる。
医療部門も精密なデータ処理を必要としており、MRIやCTスキャナーなどの高度な画像診断装置は、高性能な半導体に依存している。また、創薬に関しても超高性能な半導体は絶対に必要だ。
創薬プロセスは複雑であり、膨大なデータ処理と解析が必要とされる。分子モデリングやシミュレーションにも、薬物分子と標的タンパク質との相互作用を予測するにも、数百万種類の化合物を迅速にスクリーニングするにも、大量のデータを迅速に処理し、解析する能力が必要になってくる。
他にも、金融業界から、運輸業界から、建設業界から、エネルギー業界まで、超高性能な半導体が要らないという業界はない。いかに他社よりも早い半導体を業務に取り入れられるかで生き残りが決まる。
それを考えると、世界最大規模の工場を持ち、信頼性ある半導体を莫大に製造できるTSMCの重要性が理解できるはずだ。
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TSMCへの投資にもリスクが皆無なわけではない
AIが現代文明のパラダイムシフトになっていく中で、半導体セクターは力強い成長を見せるだろう。AIのパラダイムシフトは「まだ、はじまったばかり」でもある。そのためTSMCは、長期的な成長ポテンシャルを持つ魅力的な投資先と考えられられる。
半導体需要の増加に伴う成長を取り込むには、最先端技術と強力な顧客基盤、健全な財務状況を持つTSMCは外せないはずだ。今後も、TSMCはその技術力と市場ポジションから、半導体業界の中で引き続きリーダーシップを発揮することが期待できる。
しかし、TSMCへの投資にもリスクが皆無なわけではない。
TSMCの最大のリスクは「地政学的リスク」かもしれない。台湾は中国と緊張関係にあり、政治的な不安定性がTSMCの運営に影響を与える可能性がある。
台湾と中国の関係は「険悪」のひとことに尽きる。台湾は事実上独立した統治を行う独立国家なのだが、中国はそのように認めていない。中国政府は台湾を「ひとつの中国」の一部と主張し、台湾の統一を目指している。場合によっては軍事的対立も起こり得る。
もし、中国と台湾のあいだで軍事的な衝突が発生した場合、TSMCの生産施設やインフラが直接的な被害を受ける可能性がある。TSMCの主要な工場は台湾に集中している。中国が軍事行動を起こしたら、TSMCの工場に甚大な影響を与えるおそれがある。
直接的な軍事行動でなくても、台湾海峡での緊張が高まると、国際的なサプライチェーンに大きな混乱を引き起こすだろう。
もちろん、TSMCも手を打っている。台湾以外の地域に生産拠点を拡大することで、リスクの分散を図っているのだ。とくに、アメリカや日本に新しいファブの建設を進めており、これにより地政学的リスクの影響を軽減しようとしている。
しかし、依然として台湾が主であり、地政学的リスクは今後もついてまわるだろう。
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欧米の投資家はTSMCに対しては楽観的な見方
TSMCが非常に重要な企業であるのはアメリカも台湾も日本も理解している。そのため、TSMCは台湾政府との連携を強化し、国家安全保障や産業政策の観点から支援を受けており、アメリカや日本などの友好国とも協力関係を築き、地政学的リスクに対する防御策を講じている。
ただ、アメリカも中国の脅威を非常に大きく見積もっており、台湾の企業が「半導体という重要な物資の製造において大きな役割を果たしている」ことに懸念を覚えているのも事実だ。
そのため、インテルなどに莫大な支援金を投じてアメリカ国内に、そしてアメリカ企業に、半導体の製造ができるように移行しようとしている。
しかし、こうしたリスクを横目で見ながらも、欧米の投資家はTSMCに対しては楽観的な見方をしており、それがTSMCの株価の上昇に現れている。すでに今年に入ってからTMSCの株価は80%以上も上昇している。
中国の出方次第だが、カントリーリスクが顕著にならない限り、TSMCへの投資はうまくいく可能性が高い。
ただ、どうしても安全にTSMCを含めた半導体セクターに投資したいと考える人もいるかもしれない。そういう人にうってつけなのが、ヴァンエック半導体ETF【SMH】である。
このETFはTSMCを13%近く含んでいるが、他にもエヌヴィディア、ブロードコム、AMD、ASML、アプライド・マテリアルズ、ラムリサーチ、テキサスインスツルメンツ、マイクロン、インテルなど錚々たる半導体銘柄をパッケージしている。
どちらかといえば、私自身はヴァンエック半導体ETF【SMH】のほうが好きなのだが、それでもTSMCの成長には注目せざるを得ない。TSMCは、エヌヴィディアと並んで最強のAI銘柄のひとつであるともいえる。