AIトレードシステムは、時間とともにパフォーマンスが向上し、リターンを生み出し続ける超頭脳的な存在になる。市場から利益を吸い出し続けるモンスターを、アメリカの金融機関は秘密裏に作り出そうとしている。JPモルガン・チェースは、その筆頭にあるといえるだろう。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
JPモルガン・チェースはAIで何を目指すのか?
AI(人工知能)は急激な勢いで社会を変えていこうとしているのだが、金融セクターもこの流れに乗って業務をAIファーストに変えていこうとしている。その中で、漏れ伝わってくるのがJPモルガン・チェース【JPM】の動向である。
JPモルガンはアメリカに本社を置く世界有数の総合金融サービスグループだ。
金融王ジョン・ピアポント・モルガンが1871年に設立したドレクセル・モルガン&カンパニー(後のJ.P. モルガン&カンパニー)と、ロックフェラーが所有していたチェース・マンハッタン銀行が2000年に合併して生まれた企業だといえば、この銀行の伝統とブランド力がわかるはずだ。
現在、JPモルガン・チェースは米国最大の資産を持つ銀行へと成長し、世界的な金融サービスグループとしての地位を確立している。現在のCEOはジェイミー・ダイモンで、2005年12月31日に就任して以来、今もなおこの企業を第一線で率いている。
このJPモルガン・チェースだが、市場の変動に対処するためにAIによる機械学習アプリケーションを活用しようとしている。具体的な詳細は公開情報が限られているため、その全貌は機密の中だ。しかし、かなり大がかりなものになっているようだ。
JPモルガン・チェースはAIを金融に取り込むことによって何を目指しているのか? おそらく以下のものだ。
「AIであらゆるビッグデータを取り込み、分析し、自律的にAIに取引をさせてリターンを得る。あるいは、それで得た情報で機関投資家向けの資産運用をおこなう」
つまり、人間が何もしなくても、AIが自律的にデータを収集し、分析し、トレードし、莫大なカネを儲けるシステムを構築しようとしているのではないか。
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アルゴリズム取引による高頻度取引
もちろん、JPモルガン・チェースは「それを目指す」と公言しているわけではない。すべては秘密のベールに奥に隠されている。預金、融資、決済サービスを効率化する汎用的なAIは秘密でも何でもないので表側に出すだろう。
もちろん、それはそれで業務の効率化のために重要だ。しかし、それは世界最強の銀行が構築するAIの「本筋」ではないはずだ。やはり、自己勘定での投資、機関投資家への助言、M&A、デリバティブ取引などの最大のリターンを素早く得るために最強のAIシステムを構築しないはずがない。
JPモルガン・チェースだけではない。すべての投資銀行は最終的にそういうシステムを目指すことになる。
すでに投資銀行は1990年代の後半から、アルゴリズム取引による高頻度取引(HFT)をおこなっている。1990年代後半から2000年代初頭に大手の投資銀行はすべてHFTシステムを完備した。
どれくらい高速で大量なのかというと、1回の取引がミリ秒単位なのだ。もはや人間など太刀打ちできないスピードで取引に入り、取引を終える。かつては「1秒間に数千回の取引ができる」と喧伝されていたが、今では「1秒間に1万回近くの取引」を行う能力がある。
このアルゴリズム取引というのは、わかりやすくいうと、コンピューターが事前にプログラムされたアルゴリズムに基づいて自動的に取引を行う手法である。複雑な数学モデルや統計手法を用いたアルゴリズムで、低遅延と高性能に特化したカスタムOSを超高速プロセッサで回している。
Dell、HP、IBMなどが高性能サーバーを構築しているのだが、この高頻度取引(HFT)のシステムについても、取引戦略の優位性を保つために詳細はやはり機密であり、公開されることは、まずない。
このイノベーションが2000年代以後の巨大金融機関の成長を支えてきたのだが、いよいよ時代はアルゴリズム取引からAI取引にバージョンアップされる可能性がある。
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1万分の1秒の間隔でリターンを出す?
アルゴリズム取引と今後取り入れられるAIの取引はどのように違うのか。アルゴリズム取引というのは、あくまでもアルゴリズムに合致した環境がきたときに発動するシステムなのだが、AIを活用した取引は、より高度な分析と意思決定をすることになる。
「こうなったら、こうする」というアルゴリズムに駆動されるのではなく、AIが莫大な情報を凄まじいスピードで読み取って、より高度な分析をして「次はこうなるので、こうする」という上の段階に進化する。
「こうなったら、こうする」と「次はこうなるので、こうする」は、似ているようだがまるっきり違う。アルゴリズムが走る前に、AIのほうはもう有利な取引が終わっているのだ。アルゴリズムが走るときには、AIのほうはもう利益が確定できている。
すでに一部の金融機関ではディープラーニングを用いて30分後や1時間後の株価を予測するシステムを導入しているのだが、それが1万分の1秒の間隔で走ってリターンを出すようになる。
「リアルタイムデータ分析」「予測モデル」「ポートフォリオ最適化」「リスク管理の強化」「シナリオ分析の高度化」のすべてが取り入れられ、さらにアルゴリズム取引も、エヌヴィディアの次世代GPUが取り入れられると、もっと高度化していくことになる。
AI取引の凄まじいところは、人間が取引のパターンを組み込むアルゴリズム駆動型のシステムと違って、AIシステム自身が取引結果から学習し、それをビッグデータとして蓄積し、継続的かつ自律的に戦略を改善していくことが可能になることだ。
論理的には、時間とともにパフォーマンスが向上し、リターンを生み出し続ける「超頭脳的AIトレードシステム」になっていく。市場から利益を吸い出し続けるモンスターを、アメリカの金融機関は秘密裏に作り出そうとしている。
JPモルガン・チェースも、その筆頭にある。
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どう転んでもJPモルガンは生き残り成長する
投資対象としてJPモルガン・チェースは非常に魅力的な対象であるといえる。
長い歴史と実績に裏付けられた強力なブランドがあり、健全な財務状況による高い信用力があり、大規模な取引や投資を可能にする豊富な資金がある。2023年末時点での運用資産残高は3.42兆ドルに達していた。
しかも、この企業を率いているCEO(最高経営責任者)のジェイミー・ダイモンは、アメリカの実業界で影響力のある人物のひとりだ。その卓越した地位と影響力を指して、しばしば「ウォール街の太陽王」と揶揄されるほどである。
太陽王とはフランスの絶対王政を確立したルイ14世になぞらえたものなのだが、それほど強い影響力を持つということでもある。つまり、JPモルガン・チェースは最強のCEOに率いられた最強の金融企業ともいえる。
事実、同社は投資銀行業務のグローバル総合リーグテーブルにおいて、2009年から2012年まで4年連続で首位を獲得している。
JPモルガン・チェースは総合金融サービス企業なのだが、「個人向け部門」「投資銀行部門」「商業銀行部門」「資産運用部門」と、主に4つのセグメントを持つ。この多角的な事業構造により、JPモルガン・チェースは市場環境の変化に対して強い耐性を持っているといえる。
ジェイミー・ダイモン自身は暗号通貨には否定的なのだが、企業としては金融テクノロジーの分野でも積極的な投資をおこなっており、興味深いことに暗号通貨の基礎であるブロックチェーンなどの新技術も貪欲に取り込んでいる。
そこに、今度はAIによるモンスター・トレードシステムを開発し、それが収益に加わる可能性が非常に高まっている。金融機関は、しばしば金利動向や、政府による規制や、市場リスクにさらされるのだが、どう転んでもJPモルガン・チェースは生き残り続け、成長するのだろう。