
10年、20年にわたってひとつの株式を保有し続けたいと思う長期投資家にとって、P&Gは非常に魅力的な企業であるといえる。とくに、景気が悪くなるような局面ではP&Gはより魅力的になる。P&Gの主力製品は日用品や家庭用品である。景気が悪化したから買わなくなるわけではない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
世界最大の一般消費財メーカーであるP&G
ハイテク企業は技術の移り変わりが激しく、10年後には業界全体がどのような姿をしているのかなかなか想像できない面もある。
10年前にAI(人工知能)がパラダイムシフトになると想像していた人はいても、エヌヴィディア【NVDA】がAIビジネスの頂点に立つと知っていた人はいないし、10年後には、どこの企業がAIの巨大ビジネスを独占しているのかもわからない。そもそも、10年後もAIがハイテク企業の中心なのかどうかすらも怪しい。
それとは別に、10年後も20年後もたいして光景は変わっていないだろうと思われる業界もある。たとえば飲料用品のセクターでは、コカコーラ【KO】やペプシ【PEP】が10年後も相変わらず同じ製品をずっと売り続けているだろう。
そして、一般消費財メーカーではP&G【PG】が相変わらず世界最大級の企業としてグローバルに君臨し、日用品や家庭用品を中心に幅広い製品を提供して、それが支持され続けているだろう。
P&Gについては、男性よりも女性のほうが馴染みがあるかもしれない。「アリエール」「ジョイ」「ボールド」という洗剤は、いずれもP&Gのブランドである。消臭スプレーとして広く知られている「ファブリーズ」もP&Gのブランドだ。
ヘアケア製品では「パンテーン」「h&s」「ヴィダルサスーン」「SK-II」「マックスファクター」、サニタリー製品では「パンパース」「ウィスパー」もP&Gのブランドである。
男性ではカミソリ・シェーバーの「ジレット」なら知っているはずだ。これらのブランドは、日常生活に密着した製品であり、世界中の多くの家庭で利用されている。日本市場でも強いブランド力を持っているのがP&Gなのだ。
今後も、P&Gの製品は時代がどう変わっても売れ続けるだろう。
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P&Gもビジネスは常に順風満帆とは限らない
P&Gは1837年にアメリカ合衆国オハイオ州シンシナティで設立されている。1837年といえば、今から187年前である。まさに、老舗企業というにふさわしい。
創業者はウィリアム・プロクターとジェームス・ギャンブルである。本社は今でもシンシナティにあるのだが、企業自体は80カ国以上に事業拠点を持ち、180か国以上で事業を展開している。まさに巨大グローバル企業である。
2023年の売上高は820億ドルに達し、世界中で約48億人の消費者に製品を提供しているのだから凄まじい。しかも、強力なブランド力、グローバルな展開、マーケティング力、そして継続的なイノベーションで、今後も事業はスケールアップしていくことが予測できる。
しかし、当然のことだが、P&Gもビジネスは常に順風満帆とは限らない。P&Gのビジネスにもいくつかの潜在的な死角や課題が存在する。
たとえば、P&Gが主戦場としている日用品や家庭用品のビジネスは、非常に競争が激しい分野である。巨大なライバルも存在しており、P&Gはこれらのライバルと死にもの狂いの競争を繰り広げている。
たとえば、ユニリーバ【UL】、ジョンソン・エンド・ジョンソン【JNJ】などは、手強い競合であるといえる。それだけでなく、全世界からスマッシュヒットを放って台頭してくるライバルも大勢いる。
日本の花王【4452】やユニチャーム【8113】や資生堂【4911】なども、P&Gに対抗する強力なライバルといえるかもしれない。P&Gがこうしたライバルに遅れを取ると、一瞬にして叩きのめされることになるだろう。
さらに、消費者の嗜好やライフスタイルも、一様ではないし、一定でもない。消費動向を見誤ると、いくらP&Gといえども売上を伸ばし続けることは難しい。
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P&Gの優位性は「継続的に選択され続ける」こと
しかし、P&Gには同時にいくつもの優位性が存在する。その優位性の最大のものは、すでに世界中で支持されている圧倒的なブランドをいくつも持っていることに尽きる。
「アリエール」「ジョイ」「ボールド」「ファブリーズ」「パンテーン」「h&s」「ヴィダルサスーン」「SK-II」「マックスファクター」「パンパース」「ウィスパー」「ジレット」は、高い品質と信頼性を持ったブランドである。
しかも、こうしたブランド製品はどれもそうだが「継続的に選択され続ける」製品なのだ。人は長年にわたって信頼し続け、馴染み、好んだ製品を、意味もなく変更することを望まない。
たとえば、「SK-II」「マックスファクター」を愛用している女性は、今後もそれを使い続けるだろう。「ジレット」でヒゲを剃っている男性は、今後も「ジレット」を使い続けるだろう。それは、無意識下のサブスクリプションともいうべきものだ。
いったん、消費者の信頼を得て継続的に選択してもらうことができると、場合によっては一生その選択は変えられることがない。P&Gの「ブランドの忠誠度」は想像以上に高いものがある。
もちろん、時代によっていろんなものが変わってくる。P&Gは常にそうした動向を正確に見極めて製品をバージョンアップしていく能力がある。そうでなければ、180年以上も企業は成長しない。
そして、P&Gは全世界に効果的なマーケティングを展開する資本力も有している。これによってブランドの認知度と忠誠度と信頼度を高めている。P&Gが巧みなのは、各地域の市場ニーズに合わせてマーケティングを変えていることだ。
たとえば、化粧品「SK-II」は中国女性にも非常に支持されているのだが、これはP&Gが中国で展開した「Change Destiny(運命を変える)」キャンペーンが中国女性の心をつかんだからでもあった。
中国では結婚を強制する伝統的な価値観もあったり、家族中心主義からのプレッシャーがあったり、年齢的なプレッシャーがあったりする。
そうした家族や社会のプレッシャーや価値観の中で、悩んで生きる中国女性に寄り添うコマーシャルは、P&Gが現地の女性たちを緻密に観察した結果として生まれたものであった。これはマーケティングのひとつの成功例として今も語られている。
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景気が悪くなるような局面で見直される銘柄
10年、20年にわたってひとつの株式を保有し続けたいと思う長期投資家にとって、P&Gは非常に魅力的な企業であるといえる。とくに、景気が悪くなるような局面ではP&Gへの投資はより合理的な選択肢となる。
世の中がどんなに移り変わったとしても、人々は皿を洗剤で洗い続けるだろうし、女性は化粧するだろうし、男性はヒゲを剃るだろう。日常生活に欠かせない商品は、どんな不景気がきたとしても優先的に買われる。そのため、景気後退時にも需要が大きく減少しないのだ。
さらにP&Gはインフレ環境にも強い。P&Gの商品は高い利益率を誇り、売上の20%以上を利益として計上している。これは、P&Gのブランドに大きな競争優位性があることを意味している。つまり、値上げの余地があるということでもある。
場合によっては、コスト削減と価格引き上げを組み合わせることで、利益率をさらに向上させることが可能なのだ。
それだけではない。P&Gは133年間連続で配当を支払い、過去67年間連続で増配している。この安定した配当は、P&Gの強固な財務基盤と持続的な収益力を反映しているわけであり、長期投資家が長期保有するための重要な要因となっている。
安定的な成長と安定的な利益が見込まれる優良企業が、切れ目なく配当を出して、なおかつ増配させているというのは、投資家にとっては最小限のリスクで着実なリターンが得られることを意味するのだ。
増配された配当を再投資することによって、投資家は複利効果でリターンを増やすことも可能になる。ただし、こうしたタイプの投資は1年や2年の保有ではまったく意味がない。10年、20年、30年と、保有が長くなればなるほど効果が累進的になる。
アメリカは実質GDP成長率からも、雇用統計からも、住宅着工件数からも、すでに景気の減速が見えてきている。このような経済環境になると、投資家も防衛的になるので不景気に強いP&Gのビジネスは見直されることになるだろう。
もし、株式市場が近いうちに景気リスクや政治的リスクや地政学的リスクなどで大きな下落を迎えたなら、資産を守るディフェンシブ(防衛的)な銘柄としてP&Gなどに目を向けるのは良いアイデアになるはずだ。
