JTは凋落する市場の中でシェアを伸ばし、利益を総取りして高配当を約束する企業

JTは凋落する市場の中でシェアを伸ばし、利益を総取りして高配当を約束する企業

JT(日本たばこ産業)はけっして目立とうとしないし、嫌われているがゆえに、どのアナリストも完全に無視してしまっているのだが、同社は日本企業の中でもトップクラスのグローバルM&A企業である。時価総額7.29兆円のJTについては注目し続けたいと思っている。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

アメリカのタバコ会社を買収したJT(日本たばこ産業)

JT(日本たばこ産業)【2914】が2024年8月21日、アメリカのタバコ会社ベクター・グループ【VGR】に株式公開買い付け(TOB)を実施すると発表した。約7%のプレミアムを上乗せした買収額は、総額約24億ドル(約3,780億円)となっている。

ベクター・グループは、EAGLE 20’s、Pyramid、Eve、Montego、Liggett Select、Grand Prixなどのブランドを持つタバコ企業で、以前はブルック・グループとして知られていた。本社はフロリダ州マイアミにある。

タバコ企業はだいたい配当率が高い企業が多いのだが、このベクター・グループも、配当率は5%超えの高配当企業であった。JTが買収するという発表がある前から株価は暴騰したのだが、それでも今のPERは11倍を少し超えたくらいで、いかに安値で放置されていたのかがわかる。

アメリカではすでに完全に投資家の嫌われ者となっているのが「タバコ産業」で、業界トップのフィリップモリス【PM】でさえも、CEO(最高経営責任者)自らが「紙タバコを吸っている人の気が知れない。電子タバコに移行すべき」と述べるくらい、紙タバコに対する嫌悪を表明している。

タバコ企業のCEOが紙タバコを擁護しないのだから、私はもう完全に頭にきてフィリップモリスを見放してしまったが、その分、静かに諸外国のタバコ企業を買収していくJT(日本たばこ産業)に対する愛情が深まった。

今回、JTはアメリカのタバコ企業を買収したが、あまり目立たないところで、この企業はさまざまな国のタバコ企業を買収している。

イギリスのタバコ企業「マンチェスター・タバコ」、ロシアのタバコ企業「ドンスコイ・タバック」、バングラデシュのタバコ企業「アキジ・グループ」、他にもエチオピアのタバコ企業「NTE」、フィリピンのタバコ企業「マイティー」、インドネシアのタバコ企業「KDM」「SMN」の買収がそうだ。

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タバコは静かに売られ続け、喫煙者は残り続ける

JT(日本たばこ産業)は、医薬事業や加工食品などにも関与しているのだが、セグメント売上を見ると、2023年度では91%がタバコ事業からの売上で占められている。医薬事業はむしろ足を引っ張っているような状況である。

日本企業についてはそれほど深くコミットするつもりはないのだが、JTについては注目し続けたいと思っている。

JT(日本たばこ産業)はけっして目立とうとしないし、嫌われているがゆえに、どのアナリストも完全に無視してしまっているのだが、同社は日本企業の中でもトップクラスのグローバルM&A企業である。

世界的なタバコ嫌悪の流れで、禁煙率は1960年代から比べると現代は3分の1程度にまで減少した。現在、喫煙者は成人男性の3割ほどしかいない。女性は1960年代から2割を超えたことはなかったのだが、最近は1割くらいに減っている。

状況を見ると、タバコ産業は完全なる「凋落産業」であるとはいえる。マスコミの常軌を逸したような「反タバコ・キャンペーン」もあって、先進国ではとくにタバコを嫌う人が増えた。

しかし、それでもタバコを愛する人は多く、彼らが完全に消えてしまうことはない。世間がますます「タバコ叩き」に走り、法的にタバコを完全規制してしまうようなことでも起きない限り、タバコは静かに売られ続け、喫煙者は残り続けるだろう。

若者はタバコを吸わなくなったというが、その若者のあいだでシーシャ(水たばこ)がはやったりしているわけで、人類はニコチンという強烈な「嗜好品」を手放すことはない。

紙タバコに代わるリスク低減製品にしても、JTは「Ploom X」などのリスク低減製品を投入して紙タバコに代わるニコチン吸引方法に試行錯誤している。

紙タバコを執拗に叩いた結果、「タバコの吸いかた」が多様化して、世間の想定外の方向にニコチンの吸引が広がっていくようにも見える。いずれまた遠い未来のどこかで時代が変わると、ニコチンを受け入れる社会が戻ってくる可能性すらもある。

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加熱式タバコの販売数量が日本でも36%増加

JT(日本たばこ産業)の2024年度第2四半期の決算説明会の資料を読むと、同社はタバコのシェアが伸びて増収増益になっているのがわかる。

売上収益は1兆5,699億円で前年同期比で12.7%のプラス、営業利益は4,327億円で4.6%のプラス、四半期利益も3,052億円で6.3%のプラス、フリーキャッシュフローも1,798億円で前年同期比で249億円の利益となっている。

シェアが増えているのでタバコの販売数量も増えていて、前年同期比で2%のプラスとなっている。従来の紙タバコも2,696億本で1.7%のプラスとなっているのだが、リスク低減製品(加熱式タバコ等)は25.5%の伸びとなっているのが目立つ。

先進国以外では紙タバコでシェアを拡大させて、先進国ではリスク低減製品でシェアの拡大を目指すカタチとなるのだろう。

比較的、喫煙者が多いアジアを見ても、フィリピン、台湾などでは紙タバコの喫煙者が減っているのだが、それを加熱式タバコ等と値上げによって数量減少による売上低下を相殺する戦略も同時に採っている。

JTが売り込みをしている加熱式タバコ「Ploom X」だが、現在21か国に市場規模をスケールアップしており、これに伴って販売数量も着実に増加している。

電子タバコはタバコ葉を使用せず、液体(リキッド)を使用するが、加熱式タバコはタバコ葉を使用する。そのため、本来の紙タバコと近い香りや味わいを得ることができて「電子タバコで感じる違和感がかなり軽減されている」と喫煙者は述べる。

この加熱式タバコの販売数量が日本でも36%の増加となっており、JTの売上に貢献しているのが決算説明会でも語られている。

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凋落する市場の中で利益を総取りする企業

売上が順調に伸びていき、配当も長い目で見ると右肩上がり基調であることもあって、JTを好む投資家は意外に多い。現在、配当率は4.7%となっており、かなり高い部類であるのがわかる。PERは14.5倍あたりなので割高感もない。

これだけ叩かれている業界の企業なのだが、時価総額は7.29兆円であり、日本を代表する大企業の一角を占める水準である。投資家に大人気の任天堂や、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドや、本田技研工業(ホンダ)とほぼ同レベルの時価総額なのだ。

トヨタグループの中核企業のひとつであるデンソーや、精密機器メーカーのHOYAも、だいたいこのレベルの時価総額だ。

S&P500企業で日本人に馴染みがある企業を上げれば、軍事企業ロッキード・マーティンや、高級化粧品企業エスティ・ローダーなどが挙げられる。半導体企業のマイクロン・テクノロジーや、アプライド・マテリアルズなども、この規模である。

JTは凋落産業に位置しているのだが、けっして小さな企業でもないし、売上が上がらない企業でもないのだ。2023年12月期の営業利益率は23.7%であるのを見てもわかるとおり、凋落する市場の中で利益を総取りし、規模を拡大しているのがJTなのだ。

国内タバコ市場が伸び悩む中でも、海外市場の成長を取り込むことで持続的かつ安定的な成長を維持し、日本でもっともグローバルなM&Aを成功させ、それによってブランド力を世界的に拡大させている。

インフレがきても、為替が乱高下しても、世間の袋だたきが激化しても、価格決定力があるので、売上が落ちれば価格を上げて対処することも可能となっている。紙タバコからの脱却もうまくいっている。

その結果、高い利益率を誇って、高配当を投資家に約束している。

JTも、2024年8月5日のブラックマンデーを超える暴落によって売り飛ばされた。しかし、こんな財務力が盤石な企業を売り飛ばす理由はひとつもない。暴落で売った投資家よりも、買った投資家のほうがまともな判断をしているように見える。

企業イメージは最悪だが、私自身は投資対象としてのJTは嫌いではない。

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