アメリカでは万引き被害で実店舗を持つ多くの小売店がことごとく苦境に落ちているのだが、買い物難民と化した人たちがどこに救いを求めるのかというと、オンラインストアであるAmazonなのだ。アメリカの底辺が荒廃すればするほどAmazonは恩恵を得る。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
小売店の商品は盗みまくりになってしまった
2022年から急激なインフレが起きたアメリカでは、貧困層に大きな経済的ダメージがあった。そして、そのアメリカでは人種や出身国による差別も依然として大きな問題になっている。貧困層や低所得層が多い地域では、十分な教育を得られない子供たちが多く存在し、彼らが自暴自棄になっている現状もある。
多くの社会的な困難が複合的に作用した結果、現在のアメリカでの万引き被害は2022年には約14兆円規模に達するほどの深刻な社会問題と化している。これは、日本のイオングループの売上高の2倍以上に相当するというのだから、まさに危機的である。
この万引きというのは、個人がチョコレートをひとつふたつ盗むようなレベルではない。あるとき、大きな袋を持った十数人もの集団が、突如として店に乱入してきて、棚にある「ありとあらゆる商品」を大袋につめて根こそぎ奪っていく。
もはや、これは万引きというよりも略奪というほうがふさわしい。アメリカでは誰もが銃を持てる国なので、店員も下手に略奪者を追い出すことができない。店員に被害が及ぶと店が店員に訴えられるので、店側も略奪者には抵抗しないように教育している。
その結果、小売店の商品は盗みまくりになってしまったのだった。
しかも、カリフォルニア州などでは、950ドル未満の万引きや窃盗は重罪として起訴されないという法律が施行されている。あまりにも刑務所に収容される受刑者が増えてしまったので、刑務所にかかるコストを削減する苦肉の策だったが、それが裏目に出ている面もある。
結局、大規模な略奪的窃盗がアメリカでは次々と起きて、小売店の閉店や経営悪化は深刻な問題となりつつある。
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万引きの被害を最小限に抑えている企業
ドラッグストアのウォルグリーンは、この2年で10数店舗を閉店せざるを得なかった。ウォルマートも相次ぐ万引きに根を上げて、2022年から2023年4月までのあいだに28店舗を閉鎖している。
この中で、コストコは独自の戦略を採って万引きを防止しているのは以前に取り上げた。(マネーボイス:米国で「大量万引き」続出…閉店ラッシュで街ごと荒廃も、なぜコストコだけが生き残る?投資家が注目する3つの防衛システム=鈴木傾城 )
コストコとは別に、もうひとつ万引きの被害を最小限に抑え、大きな利益を得ている企業がある。
それが、Amazon.com【AMZN】である。
いうまでもなく、Amazonは世界最強のオンラインストアとして君臨するメガテックのひとつである。当初は、書籍販売からはじまったAmazonのeコマース事業は、いまやありとあらゆる商品を扱うようになっている。
それだけではない。AmazonはAWSなどのクラウドコンピューティングなどでも世界を制覇している。Amazonはあまりにも多くの商品を扱い、自社のECサイトは複雑化していく一方となっていた。そして、常に拡張性を迫られていた。
ここからAmazonは莫大なストレージと技術を保有するようになっていったのだが、これが後にAmazonのクラウドサービス「AWS」へと結びついていったのだった。このAWSでAmazonは100以上のサービスを提供しているのだが、すでにAWSがAmazonの売上の半分ちかくを占める事業となっている。
そして、Amazonはもうひとつの大きな事業も展開している。
それが広告事業である。莫大な商品を喧伝するために広告事業はまさに適切なビジネスでもある。現在、世界最強の広告事業を持つのはAlphabet【GOOG】であり、次にMeta【META】なのだが、Amazonの広告事業は業界3位の規模だ。
Amazonの時価総額は約273兆円規模であり、市場を牽引するマグニフィセント7の構成銘柄のひとつともなっている。
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底辺が荒廃すればするほどAmazonは恩恵を得る
世界最強のオンラインストアにして、世界最強のクラウドサービス企業、さらにデジタル広告でも世界第3位で最強クラスなのだから、Amazonという企業の成長余地は凄まじいものがある。
実店舗が防衛のため、棚にある商品をガラスで覆ってサービスの質を落としたり、万引きに立ちゆかなくなって閉鎖したりして消えていくたびに、消費者は不便を強いられることになる。
その結果、買い物難民と化した人たちがどこに救いを求めるのかというと、オンラインストアであるAmazonなのだ。その観点で見ると、アメリカの底辺が荒廃すればするほどAmazonは恩恵を得ることになる。
現代の資本主義は弱肉強食の世界であり、アメリカでもそうだが世界中で経済格差は広がっていく一方となるだろう。アメリカで誰が大統領になったとしても、経済格差が縮められるとは思えない。
たしかに資本主義は成長していくのだが、皮肉なことにその恩恵をもっとも大きく受けるのは莫大な資本を持った富裕層なのであり、貧困層は逆に取り残されていく一方なのだ。
そうであれば、ますます小売店は略奪的な万引きに苦しみ続けることになり、オンラインストアを制しているAmazonがますます有利な立場となる。場合によっては、小売の利益を総取りにしていく。
現在、Amazonのオンラインストアに真っ向から勝負を挑んでいるのは、「安かろう悪かろう」の超激安粗悪品を売る中国の「Temu」や「SHEIN」である。貧困層が増えれば、値段が安いAmazonですらも高いと感じる層が増えるわけで、そうした層が「Temu」「SHEIN」で粗悪品を買いまくっている。
しかし、Amazonも激烈な競争を勝ち抜いてきた企業なので、中国オンラインストアを叩きつぶす新たな方策を立てるだろう。
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Amazonの株式は長期保有にふさわしいと考えている
投資対象としてのAmazonは、非常に魅力的であるといえる。社会が荒廃して実店舗が苦境に落ちていくのと、Amazonの貪欲なまでの市場独占欲が合わさると、今後もAmazonは成長していく可能性のほうが高い。
Amazonの株価は2020年に跳ね上がって2022年から一転して下落してしまっている。何が起きていたのかというと、パンデミックで人々が自宅に籠もるようになってオンラインストアのAmazonが使われ、パンデミックが終わったら人々が外に出るようになってオンラインストアが捨てられたからである。
ところが、このパンデミックで貧困層が増えたので、実店舗が略奪的窃盗に遭うようになった。そこで、ふたたびAmazonが見直された。さらに今後の人工知能(AI)でもAmazonが技術的なリードを得られる可能性もある。それで、2024年以後もAmazonの株式が買われ続けている。
Amazonは自社の検索機能にAIを活用してユーザーの購買意欲をより高め、さらにAIによって分析された最適な広告をユーザーに表示するようになっていく。そして、クラウドサービスでAIを提供するようになり、音声アシスタント「アレクサ」もAIによって再構築され、能力を高めてくるだろう。
さらに、工場の商品のピックアップの作業もAIで最適化され、配送もAIによって迅速化する。AIが進化することによってAmazonは、多方面で事業を進化させていく。次のAI時代でも、Amazonはかなり恩恵を受けるのではないか。
売上高も利益も、基本的にきれいな右肩上がりである。
強固なビジネスモデル、オンラインストアの支配力、クラウド市場でのリード、成長していく広告事業、果敢に取り組む新規事業、新興市場の取り込み、財務の健全性に安定したキャッシュフロー。
Amazonは今の時代にかなり良いポジションにいる。基本的に、この企業の株式は長期保有にふさわしいと考えている。