ほとんどの人は資産が目減りしていくのは耐えられないし、買い値を割ってしまったパニックになって売り飛ばす。オルカンや全米も、円高ドル安が進めば「買っても買っても資産が目減りする」局面に入る。「貯蓄から投資へ」と煽っていた政府は、もちろん尻ぬぐいはしない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
日本政府は「貯蓄から投資へ」と煽りたてた
どんなに長期投資が良いとわかっていても、そしてどんなに長期投資を実践しようと思っても、ほとんどの人が長期投資できないのは、株式市場の動きに翻弄されるからである。
2024年に新NISAがはじまって、日本政府は「貯蓄から投資へ」といって投資を煽りたてて多くの国民を投資に誘導した。その結果、今まで投資に縁がなかった人々が、おそるおそる株式市場に入り込むようになった。それは、証券口座の増加でも見て取れる。
日本証券業協会では『証券会社10社(大手5社・ネット5社)の2024年3月末時点でのNISA口座数は約1,456万口座であり、2023年3月末から2024年3月末の1年間で約1.3倍となった』と報告している。
ネット証券の大手といえばSBI証券だが、2024年7月に「わずか5ヵ月で100万口座増加」「国内初となる証券総合口座1,300万口座達成」と誇らしげに報告していたのも記憶に新しい。
2024年の上半期は株式市場も順調に上昇していたので、多くの投資初心者は「なんだ、もっと早く投資していたらよかった」と、今までの無視を取り返すように、どんどん投資にのめり込んでいったのだった。
彼らの投資先はさまざまなのだが、日経平均やTOPIXのようなところに投資する人もいればオルカン(eMAXIS Slim 全世界株式)や全米(楽天・全米株式インデックス・ファンド等)に投資する人もいた。
おりしも時代は「ドル高円安」の局面だった。日経平均は輸出企業の好調さに支えられ、オルカンや全米はマグニフィセント・セブン銘柄(Microsoft、Apple、Google、Meta、Amazon、NVIDIA、Tesla)の好調さに支えられて面白いように上昇していた。
ところが、8月に入ってから急に局面が変わった。
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ブラックマンデー超えの歴史的な暴落になった
ドル高円安は、あきらかに一方的に進みすぎていた。為替レートは「常にほどほど」がいいのだが、これが一方向に進みすぎると社会に大きな弊害がもたらされる。
たとえば、円高になればなるほど日本製品の海外での価格が上昇し、国際競争力が低下するので輸出産業への悪影響が及ぶようになる。逆に円安に振れれば振れるほど、生活必需品やエネルギー資源など、さまざまな品目の物価が上昇し、国民生活が苦しくなる。
実際、2024年には円安が急激に進んだのだが、これによって物価上昇がとまらなくなり、国民は大きな不満を政府にぶつけるようになっていた。SNSなども、国民の怨嗟の声であふれて、岸田政権に対する支持は地を這うように低下していた。
円安の放置はこのあたりで限界だとみたのか、日銀の植田総裁は2024年7月31日になって突如として利上げを発表した。
これは、関係者にとっては想定外の発表だった。そのため、ここから市場の動揺が一気に起きて、7月には161円台を超えていた円がまたたく間に141円台にまで動き、8月5日はこの為替変動を受けて日本の株式も大きく売られることになった。
7月11日には4万2,224円の高値をつけていた日経平均株価だったが、8月5日には3万1,458円にまで暴落した。下げ幅は4,451円、率にすると12.40%の下げとなり、これはブラックマンデー超えの歴史的な暴落でもあった。
「貯蓄から投資へ」と煽っていた政府関係者は急に投資のことは何もいわなくなり、「インベストinキシダ!」とかいって旗を振っていた岸田首相も、その後「自民総裁選には不出馬」を表明して首相を退任することになった。
そのあとに株価は何とか戻してきたのだが、9月に入ってからふたたび下落基調になっており、波乱が収まったとはいえない状況である。
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オルカンや全米は為替でやられて目減りする
8月5日の暴落でアメリカの株式市場も巻き込まれているのだが、実際には日経平均株価よりも傷が浅く、2週間後には何ごともなく値を戻して事なきを得ている。
しかし、オルカンや全米を買っていた日本人の投資家はまったく損をしていないのかというとそうではなく、ドルが160円から143円台に下がったこともあり、ドル資産という目で見ると10%近く目減りしていることになる。
これから日銀は利上げ方向なので円高を誘発しやすい環境になる。逆にFRB(連邦準備銀行)は利下げ方向なのでドル安を誘発しやすい環境になる。日米の金融政策がそうなるのであれば、今後は今以上に「円高ドル安」になっていく可能性が高い。
ということは、日本政府に乗せられて、最近になってオルカンや全米を大人買いしたり積み立てていた投資家は、これからは「買っても買っても円高ドル安で資産が増えない、増えるどころか目減りしていくばかり」の局面に入ることになる。
今はS&P500も非常に高いところにあるのだが、もしアメリカの景気が金融関係者の想定以上に悪かったりすると、これからオルカンや全米も下落していく局面があったとしても不思議ではない。
そうすると、日本の投資家は株価下落とドル下落の往復ビンタでやられることになる。すでに「そうなるかもしれない」という不安や恐怖は、オルカンや全米に投資している人、あるいは米国株に個別投資している人のあいだで広がっている。
そのため「逃げるなら今だ」という意見も出てくるようになった。何もしないでいると「為替と相場の下落」で資産が目減りしていくような環境なのだから、「逃げたい、逃げるべき」と考える人がいてもおかしくない。
実際、アナリストの中にも「売るべきだ」と述べている人も大勢いる。
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煽った本人は総理をやめて責任は取らない
長期投資を心がけていても長期投資ができないのは、まさに今のように投資が不利な状態になりつつあるのが「見える」ときである。
実際、日銀が7月31日に政策金利を0.1%から0.25%へと利上げしてから、円高ドル安は継続的に進んでいる。この状況というのは「ドル資産が目減りする局面」であるのは明確なのだ。
どうせ目減りするのがわかっているのであれば、オルカンや全米を全部売ってしまう投資家が出てくるわけで、それはこれからもっとドル安が進んでいけば、より顕著になっていくだろう。
長期投資を意気込んでも、実際には「投資信託を保有している平均年数は3年」というのが実情なのだが、新NISAで投資をはじめた人も、これから相場が変調すればするほどやめていくはずだ。
長期投資というのは「ただ持つだけ」なのだが、それが簡単なことではない。ほとんどの人は資産が目減りしていくのは耐えられないし、買い値を割ってしまったらほとんどの投資家はパニックになって売り飛ばしてしまう。
買い値を割っていなくても、心理的に動揺しやすい人は「これから景気や相場の先行きが悪そうだ」という心理的不安でも売り飛ばすし、「有名アナリストが大暴落がくるといっている」でも売り飛ばす。
そんなわけで2024年8月からは、長期投資を目指していた人も、次々と脱落していく時期に入ったのだと思っている。どれくらいの投資家が生き残れるのかは、今後の相場次第で変わってくるのだと思うが、もし相場が下落していくのであれば、大半が脱落してしまうと私は考えている。
ちなみに「貯蓄から投資へ」「インベストinキシダ」とか煽っていた岸田文雄は、自分は1株も保有しないで、自分が煽った国民が損しても、尻ぬぐいをすることもなく総理を降りて逃げる。
煽った責任があるのだから損した国民には損失補填でもしたらいいと思うのだが、もちろんそんなことをするわけがない。損失補填どころか、投資で儲かった国民には金融所得税を引き上げて搾取しようと画策しているのが日本政府の姿勢でもある。
国民を高いところに上げておいてハシゴを外すのだから、なかなかエグいことをする政府でもある。