画像生成AIに関しても、Adobeがその分野の覇者となるためには、激しい競争と先行投資をくぐり抜けなければならないはずだ。いずれAdobeはAIでプロのデザインツールを変えるが、それは今すぐではないのだ。Adobeの投資家はこの局面を耐えなければならないのだと思う。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
心配はしていないが若干の危惧はしている
Adobe【ADBE】は1982年にジョン・ワーノックとチャールズ・ゲシキによって設立されたアメリカのテクノロジー企業である。PhotoshopやIllustratorやAcrobatやInDesignなど、プロのクリエイターには欠かすことができないツール群を提供している。
私もこの企業の製品をいくつか使っているし、非常に愛着のある企業でもある。Adobeの製品がないと、私の人生も成り立たない。それくらいAdobeのソフトウェアにはお世話になっている。
このAdobeだが、2024年度第3四半期(6-8月期)の決算を発表以後、株価が下落している。1株利益も売上高も予想を上まわったのだが、第4四半期(9-11月期)のガイダンスが悪かった。
アドビは独自のAIモデル「FireFly」をフォトショップやイラストレーターなどの製品に組み込むなど、AIへの取り組みを急激に進めている。投資家はこれらのAI機能がすぐに収益に貢献することを期待していたのだが現実は厳しかった。
AdobeのAIはすぐに収益に結びつかず、むしろAIによってAdobeのような従来のソフトウェア企業の事業が脅威にさらされるのではないかというリスクまで出てきている。私自身はAdobeのAIについては心配はしていないが、若干の危惧はしている。
AdobeのAI「FireFly」は、もちろん私も使っている。
しかし、Adobeが作り出すAIが他の画像生成AIと比較して格段に優れているというふうには感じない。たとえば、最近Googleは画像生成AIエンジン「imagen 3」を発表しているのだが、これを使うと非常にリアルで、もはや写真としか思えないようなクオリティで息を飲むこともある。
FireFlyも素晴らしいのだが、他の画像生成AIと比較して突出しているわけではない。つまり、「AdobeのAIが超絶的に素晴らしいので、すぐにAdobeのサブスクリプションに契約しよう」という動きにならない。
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やや後手にまわっている気配がある
AdobeにはDreamWeaverのようなウェブ開発アプリもあったりするのだが、もはや完全に見捨てられて時代遅れになっているし、ソフトウェアとして名前は連ねているものの、選ばれるツールになっているとはいえないものもある。
動画ソフトウェアのPremiere Proも、プロ向けとしては評判が高いが、重い上に操作環境もけっして良いわけではない。Photoshopとillustratorは素晴らしいとは思うが、AIファーストではない。
もしかしたら新興企業がAIファーストの低コストなデザインソフトをひっさげて登場したら、Adobe製ソフトウェアは時代遅れになってしまう可能性もある。
今、Adobeが一番恐れているのは、AIが複雑なタスクを自動化し、専門的なスキルや知識がなくても高品質な成果物を生成できるようになっていくことかもしれない。
これまでプロがPhotoshopとillustratorなどの専門ソフトウェアで専門技術を使って作っていた複雑な過程を、素人がAIを使ってプロンプト一行でやってしまうかもしれない。そうなったら、もはや高額で使用が難解なAdobe製のソフトウェアを使うユーザーが激減する。
しかも、方向性としてはAIのサービスはクラウドベースであり、従来のデスクトップソフトウェアよりも柔軟に利用できるようになる。そうなると、デザイン分野の仕事のしかたも一気にパラダイムシフトが起こっていくだろう。
画像生成AIが話題になったのは2022年で、対話型生成AIのChatGPTが話題になったのは2023年であり、ほんの2年ほどでハイテク業界の光景はガラリと変わった。進化のスピードは異様なまでに速い。
今のところ、Adobeはよくやっていると思う。しかし、AIに関してはやや後手にまわっている気配がある。本来であれば、Adobeが画像生成AIで圧倒的な存在感を示す必要があったはずだが、果たしてこれからそうなれるのだろうか。
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時代の変化に合わせて主力を変えていく能力
ただ、Adobeはこれまで幾度ともなく時代の変化に合わせて自らのビジネススタイルを変化させてきた企業でもある。
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、AdobeのPostScriptとPageMakerは印刷業界に革命をもたらした。それまで印刷は写植がメインだったのだが、Adobeの登場によって、急激に時代は写植からDTP(デスクトップ・パブリッシング)に移行していった。
しかし、インターネットの台頭とともに、Adobeは素早くウェブデザインツールの開発に注力するようになっていった。1996年に買収したMacromediaのFlashやDreamweaverは、ウェブデザインの標準ツールとなり、Adobeはデジタルクリエイティブの新時代をリードした。
2000年代に入ると、動画コンテンツの需要が急増し、Adobeはこの分野でも迅速に対応していった。2003年にはビデオ編集ソフトウェアのPremiere Proを発表し、2005年にはAfter Effectsを強化した。
これらのツールは、今では映画やテレビ制作、ウェブ動画の制作現場で広く採用されるようになっている。
Adobeの適応力は、2013年のCreative Cloudの導入でさらに際立った。従来のパッケージソフトウェア販売からサブスクリプションモデルへの移行は、大きな賭けだったが、結果的に大成功を収めることになる。
2024年第2四半期の決算報告によると、Creative Cloudの収益は31億9000万ドルに達し、前年同期比10%の成長を記録している。
こうしたAdobeの時代の変化に合わせて主力を変えていく能力を見ると、すでにやってきているAIという巨大なパラダイムシフトにおいても、うまく自己変革していける能力はあると私は考えている。
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激しい競争と先行投資をくぐり抜けなければならない
Googleも、Microsoftも、OpenAIも、Metaも、それぞれ画像生成AIを出しているのだが、これらの企業はデザイン企業ではない。そのため、画像を生成するところまでやったとしても、それ以上の追求はしてこないだろう。
つまり、デザインツールとして画像生成AIを磨いていくようなことはしない。あくまでも画像を提示するだけに留まるはずだ。
しかし、Adobeは生成された画像を、今度はクリエイターが自らの表現物として加工できるようなツールや機能や手法をユーザーに提供していく。そのように考えると、最終的には画像生成AIの分野はAdobeのようなデザイン専業の企業が市場を独占していく可能性もある。
「画像が生成できた」だけでなく「生成できた画像を極限まで加工する」という部分でAdobeの優位性があるからだ。そういうこともあって、私はAdobeの将来はきたるべきAI時代でも消えることはなく、むしろこれが新たなAdobeの成長源となっていくようにも感じている。
ただし、AdobeのAIへの取り組みがすぐに実を結ぶわけでもないし、それが収益に結びつくわけでもないのは理解している。
画像生成AIに関しても、Adobeがその分野の覇者となるためには、激しい競争と先行投資をくぐり抜けなければならないはずだ。いずれAdobeはAIでプロのデザインツールを変えるが、それは今すぐではないのだ。
その過程で、PhotoshopやillustratorなどのAdobeの主力製品の業界支配力が落ちていくような場面も見られるかもしれない。Adobeの投資家はこの局面を耐えなければならないのだと思う。
個人的にはAdobeという企業に対しては大きな愛情があって、期待を持って見つめている。私がAdobeを見る目にはバイアスがかかっている。Adobeが成功してほしいと心から願っている。