PayPalは強固な経済的堀、戦略的なリーダーシップ、デジタル金融への世界的なシフトという追い風を背景に、回復と成長の軌道に乗る可能性が高いのではないか。現在、PayPalもまた怒濤の勢いでAIに注力しようとしている。AIがPayPalを根底から変革する可能性もある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
現在、改革の途上にあるフィンテック企業
2023年9月、フィンテック業界での競争激化で苦境に追いやられていたPayPalに、新しいCEO(最高経営責任者)としてアリックス・クリスが就任している。
アリックス・クリスは会計ソフトウェア大手のIntuit社で、20年に渡って重要な幹部としてキャリアを積んでいた実務経験に優れた経営者で、グローバルな決済、製品、テクノロジーの知識を持ち、自営業者・中小企業の動向についても非常にくわしい人材でもある。
新CEOとして就任したアリックス・クリスは、PayPalの収益を改善するために、2024年1月には従業員数を9%減らすと発表した。
これによって、まずは組織のスリム化を進めて経営効率を高め、同社の強みである決済プラットフォームを改善し、さらにノードストロームやウォルマートなどと戦略的パートナーシップの強化を図る計画を打ち出している。
こうした矢継ぎ早の改革によって、2024年第2四半期の総取引高も前年同期比11%増の4,039億ドルに達するなど、一定の成果が表れている。
順調な成長が期待できるのであれば、現在の割安な株価は長期投資家にとって魅力的な参入機会を提供しているかもしれない。
2021年には300ドルを超えたこともあったPayPalの株価は、その年の後半から下落に次ぐ下落を見せて、一時は50ドル近辺にまで転がり落ちていた。株価は約6分の1になったのだから、その下落の激しさは凄まじいものがある。
まだ新CEOの改革はスタートしたばかりであり、この改革による勢いが今後も続くのかどうかは未知数なところがある。現在、株価は上昇して77ドル近辺にあるが、出来高を見るとまだ機関投資家は様子をみているようにも見える。
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埋め込み型金融(エンベデッド・ファイナンス)
PayPal【PYPL】の将来性を評価する上で重要なのは、同社の競争優位性と市場シェアだ。PayPalは4億2,600万のアクティブアカウントを持つ巨大なネットワークを有している。これが強力な参入障壁となっている。
また、取引認証率の最適化や不正検出などにおいて、膨大なデータを活用できる能力も同社の強みだ。新CEOアレックス・クリスは、この強みを活かすために、イノベーションと製品開発に注力することも約束している。
競争の激化によりユーザー数が減少傾向にあるのだが、取引量は増加しているので、これはPayPalのプラットフォームに対する顧客の忠誠心の高さを示しているといえそうだ。
2024年第2四半期の業績では、総取引高が4,039億ドルに達し、前年同期比11%の増加を記録した。これは、オンラインショッピングやデジタル決済への継続的なシフトが追い風となっていることを示している。
ただ、PayPalのライバルは強大だ。Stripeはオンライン決済処理を提供する企業として驚異的に成長してPayPalを脅かしている。Square(現Block)も中小企業向けのサービスでPayPalと激しく競合している。さらに、PayPalは、「Apple Pay」「Google Pay」「Amazon Pay」のすべてと競合している。
このように考えると、PayPalのプラットフォームは、継続的なイノベーションと戦略的なパートナーシップがなければ生き残りが厳しいというのがわかるはずだ。しかし、PayPalの強みは埋め込み型金融(エンベデッド・ファイナンス)の分野かもしれない。
じつは私自身もサイトの決済サービスに長らくPayPalを使用している。
なぜなら、PayPalの埋め込み型金融(エンベデッド・ファイナンス)のシステムは最強の技術を提供しているからだ。自分のシステムに決済を組み込んで、サイトのユーザー登録や削除まで自動でできるのだ。
この緻密に練られたプラットフォームがあるので、ユーザーはPayPalから離れられない。PayPalはこの成長市場で、まぎれもないリーダー企業でもある。
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絶え間ないイノベーションを起こすPayPal
日本人のあいだではPayPalはそれほど認知度が高いわけではなく、決済サービスとしては「ほぼ無名」に近いものがあるのだが、10年以上使ってきて、PayPalのシステムの堅牢さは私自身は実務の中で実感するものがある。
昨今はセキュリティに関しても、非常に深刻なトラブルが多く発生している。PayPalは電子マネー機関として、データプライバシー、サイバーセキュリティ、金融サービスに関する規制の進化に迅速に対応できる体制がある。
さらに、PayPalの強みのひとつは、Venmo、Xoom、Paidy、Honey、Zettleなどのデジタル製品を通じて、ピアツーピア決済、BNPL(後払い)、ソーシャルショッピング、モバイル決済など、新たなトレンドに対応したサービスを展開していることだ。
とくにVenmoはアメリカで9,000万人以上のアクティブユーザーを抱え、若年層を中心に人気を集めている。
Venmoは、友人や家族との小額の支払いを簡単に行うためのプラットフォームとして広く利用されている。ユーザーはアプリを通じて他のVenmoアカウントを持つ人々にお金を送金したり、受け取ったりすることができる。
なぜPayPalが日本でVenmoを展開しないのかわからないのだが、新CEOが体制を整えたら、VenmoはLINE PayやKyashなどを凌駕するサービスになるようにも思う。
PayPalの「今買って後で払う」(BNPL)ソリューションは、2020年11月の導入以来、グローバルな総購入額が867%も増加するなど、急速な成長を遂げている。これは、標準的なチェックアウトと比較して2倍以上の購入を促進している。消費者と加盟店の双方にメリットをもたらしている。
PayPalは現在、グローバルな決済市場の45%のシェアを持つ世界最大の決済企業であり、165か国以上で3,600万の加盟店が利用している。新CEOによって、絶え間ないイノベーションが起こせるのであれば、投資先として見るのも面白い。
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多岐にわたる領域をAIで強化することになる
PayPalは強固な経済的堀、戦略的なリーダーシップ、デジタル金融への世界的なシフトという追い風を背景に、回復と成長の軌道に乗る可能性が高いのではないかと私は見ている。
通期の売上高を見ても、2015年12月は92億4,800万ドルだったのだが、以後は一度も前年を下まわったことがなく、108億4,200万ドル、130億940万ドル、154億5,100万ドル……と増えていき、2023年は297億7,100万ドルとなっている。
ただし、当期純利益に関しては売上のように右肩上がりではなく、2021年にはほぼ頭打ちとなり、2022年には激減してしまっており、このあたりでPayPalも競合の台頭で苦しむようになったのがわかる。
現在のPayPalの株価収益率(P/E)は18.82倍であり、ハイテク企業特有の過熱感はまったくなく、株価的には魅力的な水準にある。短期的な課題に直面しているものの、長期的には有望な投資先ではないか。
私がこの企業に注目しているのは、今後アリックス・クリスCEOがAI(人工知能)を重要な要素と位置づけ、2024年以降の戦略の中核に据えていくと発表し、怒濤の如くAIへの取り組みで動いていることだ。
現在、PayPalは75以上のAI関連職種の求人をおこなっており、AIとマシンラーニングの分野で積極的な人材獲得を進めている。次世代のPayPalは、顧客体験の向上、リスク管理、業務効率の改善、イノベーションの促進など、多岐にわたる領域をAIで強化することになるのは確実だ。
AIによってフィンテックも新たな収益源の創出ができれば、フィンテックの分野はさらに成長していくことになる。PayPalもその最先端を走っているはずであり、AIがPayPalのビジネスモデルを根底から変革する可能性もある。
今後、PayPalがAIをどのように活用し、フィンテック業界でのリーダーシップを維持していくか、私は興味深く見ている。