過去10年間で、ウォルマートの株価は着実に上昇し、2024年の現時点で約80ドル台となって過去最高値である。2024年に入ってから60%近くも上昇しているのだから尋常ではない。従業員は貧しいままだが、ウォルトン一族や投資家はもっと豊かになるだろう。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
世界最大の小売企業、ウォルマート
フォーブスの長者番付で常に上位にランクインしている一族がある。サム・ウォルトンの一族である。るアリス・ウォルトン、ジム・ウォルトン、ロブ・ウォルトンは、個別の資産ランキングでも世界の富豪リストで上位を占めているのだ。
この一族が保有しているのがサム・ウォルトンが創設した「ウォルマート(Walmart)」の株式である。ウォルマートについては、稀代の投資家ウォーレン・バフェットについても、大きく買い逃して後悔しているという発言もしている。
ウォルマートは、世界最大の小売企業として、半世紀以上にわたり業界をリードしている企業だ。
その規模は、2023年時点で世界29か国に11,500以上の店舗を展開し、年間売上高は約6000億ドルを超える。アメリカ国内では、最大の雇用者として220万人以上を雇用しており、米国全体の経済においても大きな存在感を示している。
ウォルマートの強みのひとつは、その「低価格保証」戦略である。競合他社に対して一貫して低価格を提供することで、とくに中低所得層をターゲットにしている。アメリカ人でウォルマートの「Everyday Low Price(毎日が低価格)」の標語を知らない者はいない。
この価格政策が、消費者に強いブランドロイヤリティを生み出しており、リセッション(景気後退)やインフレのような経済的困難な時期にも顧客を引きつけ続ける要因となっている。
また、ウォルマートのサプライチェーンは驚異的に効率化されており、他の小売企業を圧倒する規模とスピードで商品を供給できる。膨大なデータを活用して商品在庫や配送をリアルタイムで管理し、必要なものを適時に消費者に届ける。この技術的優位性も、競合他社に対して圧倒的な強みとなっている。
日本にはウォルマートの店舗がないにもかかわらず、ウォルマートの名前は知っている人が多いのも興味深い。
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投資の観点から知っておくべきウォルマートの数字
オンライン販売においても、ウォルマートはAmazonに対抗するべく、巨額の投資をおこなってきた。2016年には、アメリカのEコマースプラットフォームであるJet.comを33億ドルで買収し、オンライン販売の強化に力を注いだ。
また、2020年にはウォルマートプラスというサブスクリプションサービスを開始し、Amazonプライムのような競争力のあるサービスを展開している。これにより、オンラインとオフラインを融合した「オムニチャネル」戦略を確立しており、消費者の多様なニーズに対応する形で小売業界をリードしている。
ウォルマートの株式(ティッカーシンボル:WMT)は、長期投資家にとって安定的なリターンを提供する堅実な銘柄として評価されている。
過去10年間で、ウォルマートの株価は着実に上昇しており、2024年の現時点で約80ドル台となっており、過去最高値である。2024年に入ってから60%近くも上昇しているのだから尋常ではない。
財務的な視点から見ると、ウォルマートの収益力は非常に堅固だ。2023年度の売上高は約6110億ドルに達し、純利益は約120億ドルを記録している。
これは、ウォルマートが強力な経営体制と効率的な運営を維持している証拠である。また、フリーキャッシュフローも健全で、2023年度には170億ドル以上のフリーキャッシュフローを生み出した。これにより、今後も株主還元や事業拡大に十分な資金を持ち続けることができると予測される。
投資家にとって、とくに注目すべきは、ウォルマートの多角化戦略である。同社は従来の小売事業に加え、金融サービスやヘルスケア、さらにはサプライチェーン技術への投資をおこなっている。
2020年にはヘルスケアサービス「ウォルマート・ヘルス」を開始し、低価格で医療や保険サービスを提供する新たな市場にも進出した。こうした事業の多様化は、ウォルマートのリスクを分散させ、将来的な成長余地を広げている。
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ウォルマートが直面している問題点とは?
ただ、ウォルマートが直面する最大の課題は、オンライン小売市場におけるAmazonとの熾烈な競争である。(ダークネス:貧困と格差がとまらない。しかし、底辺が荒廃すればするほどAmazonは恩恵を得る)
Amazonは、Eコマース分野において圧倒的なシェアを持ち、ウォルマートはこれに対抗するために多大な資金を投じている。しかし、オンライン売上においてはまだ大きな差がある。
Amazonは高度なロジスティクスとAI技術を駆使して顧客の購買行動を分析し、より効率的なサービスを提供している点で、ウォルマートよりも先行しているといえる。
また、ウォルマートのビジネスモデル自体が、低価格競争を前提としているため、利益率の向上が課題である。
競争が激化する中で価格引き下げ競争がエスカレートすると、ウォルマートの利益率の圧迫につながり、これが長期的な収益性に影響を与える可能性がある。さらに、ウォルマートは物理的な店舗数が多いため、店舗運営コストが高いことも収益性の足かせとなっている。
もっと問題なのは労働問題かもしれない。アメリカ国内では、ウォルマートの従業員の待遇や賃金に関する批判が絶えない。ウォルトン一族が地球上でもっとも裕福な一族となっていく反面、ウォルマートの従業員の賃金は低く抑えられている。
ウォルマートの従業員の中には、生活費を賄うには十分でなく、公的支援(フードスタンプなど)を受けている従業員も珍しくない事実もある。まさに一握りの金持ちが貧困層を収奪する「縮図」となっているのがウォルマートの隠された姿でもあったのだ。
ウォルマートは最低賃金の引き上げや労働環境の改善をおこなっているが、投資家の観点から見ると、これによってコストが上昇し、利益率の低下につながるリスクもある。しかし、こうしたウォルマートが抱える「闇」はウォルマート一社の闇というよりも、資本主義の闇でもある。
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問題を乗り越えるウォルマートの強さ
ウォルマートを取り巻く問題はいくつもある。しかし、ウォルマートはこれらの問題を乗り越えてきた企業であり、長期的な視野と強固な経営基盤、そして革新的な戦略によって今後も乗り越えていく能力があると見てもいい。
ウォルマートの店舗のスケールと顧客の購買力は他の競合を大きく凌駕しており、サプライヤーとの価格交渉力が圧倒的だ。これにより、原材料費や物流費の削減が可能となり、コスト優位性を維持することができる。
さらに、ウォルマートはテクノロジーの導入にも積極的である。AIやビッグデータを活用した在庫管理や物流の最適化により、サプライチェーンの効率化を実現していこうとしている。
加えて、ウォルマートの持つ財務的な強さも無視できない。フリーキャッシュフローや堅調な売上高は、ウォルマートが投資や新規事業展開に対して十分な資金を持っていることを示している。
とくに、テクノロジーの活用や新しい分野への進出を通じて、新たな機会を捉える能力は、ウォルマートが将来的に成長を続けるための原動力となる。これにより、どんな経済的逆風や競争環境の変化があろうとも、ウォルマートは強固な地位を維持し続けることができると考えられる。
その規模の大きさと効率的なサプライチェーン、そして多角化戦略を通じて、他の競合企業よりも優位に立つ可能性を秘めている。同時に、社会的な課題にも積極的に取り組み、企業の持続可能性を高めることにも注力している。
こうした点から、ウォルマートは短期的な逆風に直面しても、長期的には成長を続ける企業であることが予想される。ウォルマートの株価が上昇し続けているのは、こうした点を投資家が強く評価しているからだ。
今後もウォルマートは投資家を富ませ、ウォルトン一族はますます豊かになっていくのだろう。資本主義のいびつさは修正できないが、ウォルマートに投資している人々は報われるはずだ。