
「遠くの戦争」が拡大していき、長期化していくのであれば、防衛産業の株式は非常に魅力的となる。歴史的に見ても、戦争や紛争が発生した際、防衛関連銘柄が他のセクターよりも強い成長を見せることが多い。戦争のゆくえはわからないが、戦争はなくなることはない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
軍事費と地政学リスクの高まり—現代世界の現実
現在、イスラエルでは、ガザ地区を拠点とするパレスチナの武装組織ハマスとの対立が長引き、レバノンからイランまで広く戦線が拡大していこうとしている。この紛争は宗教や領土問題が複雑に絡み合い、民間人の犠牲者も多い。地域の不安定さがエスカレートしており、和平交渉は依然として難航している。
一方、ウクライナ戦争は、ロシアによるウクライナ侵攻が引き金となり、東欧全体に影響を及ぼしている。この戦争はNATO諸国の軍事支援や経済制裁を通じて国際的な対立を激化させ、エネルギー危機や食糧供給問題を引き起こしている。
両方の紛争は地域の安定と国際関係に深刻な影響を与えており、長期化の兆しがある。さらに中国の軍事的野心も見逃せない。
こうした状況を見て、世界的に軍事費の増大が避けられない現実となっている。2023年には世界の軍事費が2兆4,430億ドルに達し、前年比6.8%の増加を記録したことが報じられている。これまでにない規模の増加である。
とくに注目すべきは、アメリカがその軍事費の37%を占めており、依然として世界最大の軍事大国である点だ。
アメリカは冷戦後の唯一の覇権国家として、その地位を維持するための軍事力を強化している。一方で、超大国として歴史的な背景を持つ中国が力を伸ばし、米中間の対立は「米中新冷戦」とも呼ばれる状況に突入しているのが現代の状況だ。
このような国際関係の変化は、軍事費の増加や防衛関連企業の売上に直接影響を与える要因となる。
歴史的に、地政学リスクの高まりは株式市場に一時的な混乱をもたらすことがあるが、同時に投資の機会でもある。「銃声が鳴ったら買い」という相場格言は、戦争や軍事紛争が発生した際、特定の産業、とくに防衛関連企業が有利な立場に立つことを意味している。
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ロッキード・マーチンとノースロップ・グラマン
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の報告によると、2023年の世界の軍事費が2兆4,430億ドルに達したという事実は、軍事的な緊張がいかに高まっているかを如実に示している。
また、アメリカが世界の軍事費の37%を占める一方で、中国も追随する形で軍事力を増強している。
投資の観点から見ると、防衛関連企業の売上高上位10社のうち、6社が米国企業であり、これらの企業は世界中の防衛需要を取り込むことに成功している。
ロッキード・マーチンやノースロップ・グラマンは、売上高の大部分を防衛関連事業から得ており、ロッキード・マーチンに至っては、売上高の80%以上が防衛関連で成り立っている。
ロッキード・マーチンは世界各国の軍事需要に応じて、主力製品である戦闘機、ミサイルシステム、監視技術などを提供している。
同社は、F-35ステルス戦闘機の製造で知られており、これが同社の売上の大きな部分を占めている。F-35は複数の国に採用されており、国際的な需要が高いため、安定した収益源となっている。
ノースロップ・グラマンも防衛関連事業を中核に据えており、売上の大部分は軍事関連製品やサービスに依存している。
同社は、B-21レイダー爆撃機や無人航空機システム、ミサイル防衛システムなどを提供しており、これらは現代の軍事作戦において不可欠な要素となっている。とくに無人機技術や宇宙防衛システムの分野で強みを持ち、今後も成長が見込まれる分野である。
両社は、地政学的な緊張が高まる中で、世界中の国々からの防衛費の支出増加に伴い、さらなる需要の増大が期待されている。つまり、戦争が拡大していけばいくほど、リターンが得られる構図である。
ウクライナ戦争や、中東紛争や、米中対立など、国際的な不安定要因が続く限り、これらの企業への依存は一層高まる。
また、これらの企業は政府との長期的な契約により、安定した収益を確保していることから、経済の変動にも比較的強い。防衛関連産業は通常の景気変動の影響を受けにくく、政府が予算を厳格に管理するため、他のセクターに比べてリスクが低いとされている。
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もちろん防衛関連企業でもだめな企業はある
米中新冷戦と呼ばれる現状は、単なる政治的対立にとどまらず、経済や産業、とくに軍事産業に大きな影響を及ぼしている。アメリカと中国はともに、世界的な軍事力の頂点を争っているのだが、この競争が軍事費の増加と軍事関連企業の業績拡大につながっていくのは明白だ。
米中の対立は、「台湾有事」を巡る問題で顕著である。アメリカは台湾に対して自衛のために必要な武器の供与や防衛支援を約束しており、この地域での緊張が高まるにつれて、防衛関連企業への依存度が増している。
また、アメリカだけでなく、日本やNATO諸国も同様に軍事力の強化を進めており、地政学リスクが軍事産業に与える影響は計り知れない。
この中で、大きな利益を得るのがロッキード・マーチンやノースロップ・グラマンなのだ。他にも、ジェネラル・ダイナミクスや、RTX(旧レイセオン・テクノロジー)や、トランスダイム・グループや、L3ハリス・テクノロジーズなどの企業がある。どの企業も株価は非常に好調だ。戦争が彼らにリターンをもたらしているのだ。
もちろん、すべての軍事関連企業が同じように安定しているわけではない。ボーイングのように、民間事業も展開している企業は、民間航空機需要や品質管理の問題に左右されやすい。
実際、最近のボーイングは「ドアが吹き飛ぶ」「タイヤが落ちる」などの深刻な事故や品質問題に直面しているのだが、これは一歩間違えると墜落などの重大な事故につながる問題だ。
ボーイングは過去にも737 MAXの墜落事故などで厳しい批判を受けていたのだが、その後の信頼回復を図ってきた途上だった。そんな中で品質問題がふたたび浮上することで、もはや顧客や投資家からの信頼は完全に失ったようにも見える。
防衛関連事業だからといって、すべての企業が良いわけではないのはボーイングを見ていると理解できる。
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新たな技術的イノベーションが加わっていく
「遠くの戦争」が拡大していき、長期化していくのであれば、防衛産業の株式は非常に魅力的である。歴史的に見ても、戦争や紛争が発生した際、防衛関連銘柄が他のセクターよりも強い成長を見せるのは投資家としては見逃せない事実だ。
戦争や紛争が起こると、多くの国々が軍事費を増加させるため、防衛関連企業が利益を上げやすくなるからである。とくに、戦闘機、ミサイル、兵器システム、監視技術などの需要が高まり、これらを製造する企業は大きな受注を得る。
問題は、今のウクライナ紛争や中東紛争は収束していくのか、拡大していくのか、先のことは誰にもわからないということである。戦争がいったん落ち着いて平和を取り戻していくと、兵器産業はとたんに勢いを失う。
しかし、人間の歴史はつねに戦争の歴史であり、今ある戦争が収束してもまた世界のどこかで戦争が起こるだろう。世界最強の軍事国家はアメリカだが、そのアメリカは中国という強大な敵にも対峙しているわけで、いずれは対立が衝突になり、衝突が戦争を生み出す。
そのため、軍事産業は今後も地政学リスクの高まりとともに、成長を続けると予想される。とくに、米中新冷戦が続く中で、防衛関連企業はその需要を取り込み、さらなる成長を遂げる可能性が高い。
もっと興味深いのは、最近S&P500に組み込まれた軍事企業パランティアを見てもわかるように、戦争は人工知能によって新たなフェーズに突入しており、国防の技術的イノベーションが加わろうとしていることだ。
AIは、リアルタイムのデータ分析、サイバー防衛、自律兵器の運用支援、偵察・監視システムの効率化など、多岐にわたり活用される。これにより、意思決定のスピードが飛躍的に向上していき、戦争の現場を変える。
このイノベーションがまた、新たな国防の需要を生み出す。こうしたことを考えると、投資家にとって、軍事産業は安定した収益を見込むことができる魅力的な投資先となり得ると私は見ている。
