
国際通貨基金(IMF)は、AIによる雇用への影響が「従来の予想をはるかに上まわる規模」に達する可能性を示唆し、各国政府や企業に警鐘を鳴らしている。先進国の国民であればあるほどAIによって受ける影響は大きい。人によっては大きな経済的ダメージとなる。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
AIは全体の格差を悪化させる公算が大きい
人工知能(AI)の急速な進化は、世界経済に未曾有の変革をもたらす。そして、私たちの生活を異様なまでのレベルで変えていく。
国際通貨基金(IMF)は2024年1月14日に「生成AI―人工知能と仕事の未来」というタイトルで、AIが世界の雇用状況に与える影響について分析した報告書を出している。ここではAIによる雇用への影響が「従来の予想をはるかに上まわる規模」に達する可能性を示唆し、各国政府や企業に警鐘を鳴らしている。
この報告書によると、世界の雇用の40%近くがAIの台頭により直接的な影響を受けるという。
これは単なる一時的な混乱ではなく、労働市場の構造を根本から覆す可能性を秘めている。特に先進国では、その影響がさらに顕著で、実に60%もの雇用がAIによって変容を迫られる可能性があると述べる。
AIがもたらす変革は、単に低スキルの労働者だけでなく、高度な専門性を要する職種にまで及ぶ。法律家、医師、金融アナリストといった、これまで人間の知的労働の象徴とされてきた職業さえも、AIの進化で切り捨てられる可能性がある。
AIは単なる技術革新の域を超え、社会構造そのものを揺るがすのだ。
雇用の不安定化は、所得格差の拡大、社会保障システムへの圧力増大、さらには政治的不安定性にまでつながりかねない。IMFの専務理事は、「AIは全体の格差を悪化させる公算が大きい」と警告し、政策立案者に対して積極的な対応を求めている。
この大規模な雇用変革は、単に一部の産業や地域に限定された問題ではない。グローバル経済の相互依存性が高まる中、AIがもたらす影響は世界中に波及し、国際的な競争力や経済秩序にも大きな影響を与えることが予想される。
AIがもたらす変革の規模と速度は、これまでの産業革命とは比較にならないほど急激だ。蒸気機関や電気の発明が社会を変えるのに数十年を要したのに対し、AIによる変革は数年単位で進行する可能性がある。
この急激な変化に、社会システムや教育制度、さらには人々の心理的適応が追いつけるかどうかが懸念されている。おそらく社会制度も、人々の心理も、AIの進化に追いつけないのではないかと私は思っている。
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中高年層や低学歴層がダメージを受ける?
IMFの最新の分析によると、AIの影響は世界中で不均一に分布している。
先進国では約60%の雇用がAIの影響を受ける可能性があるのに対し、新興市場国では40%、低所得国では26%となっている。先進国の国民であればあるほどAIによって受ける影響は大きい。人によっては失業などで、大きな経済的ダメージとなる。
特に注目すべきは、AIの影響が従来のオートメーション化とは異なり、ホワイトカラー職にも及ぶという点だ。高度な判断力や創造性、複雑なデータ解析能力を要する職種でさえ、最先端のAIによって置き換えられる可能性がある。
たとえば、金融セクターでは、AIによる自動取引やリスク評価が人間のアナリストの役割を大きく変える。
医療分野でも、画像診断やデータ解析においてAIが人間の医師を凌駕する精度を示しはじめており、やがて医師に取って変わる。法律業界でも、契約書の作成や判例研究においてAIの活用が進み、プロの法律家や調査員が不要になる。
これらの変化は、単に仕事の効率化だけでなく、職業の本質的な変容をもたらす。プロとして活躍し、自分の仕事は安泰だと思っている人であっても、仕事を失う悲劇に見舞われる。
AIとの「相補性」を持つ労働者、つまりAIを効果的に活用できる高スキルの労働者の所得が急増する一方で、そうでない労働者は賃金の低下や失業のリスクに直面する。これはNVIDIAのジェンセン・フアンCEOがいう「AIが人々の仕事を奪うのではない。AIを使いこなせる人がそうでない人の仕事を奪う」につながる。
懸念されるのは、年齢や教育レベルによる格差だ。高等教育を受けた若年層はAIとの協業に適応しやすい一方、中高年層や低学歴層はその変化についていけず、労働市場から排除される恐れがある。
IMFの試算によると、もっとも極端なケースでは、AIの影響を受ける仕事の一部は「完全に」消滅する可能性さえある。これは、単なる失業率の上昇だけでなく、社会の構造的な変化が起こることを意味する。
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大半の人はAIによって駆逐される側に立つ
AIがもたらす変革で、私たちはどう生き残ればいいのか。私たちが新しい時代にサバイバルするためには、AIをよく知っておく必要がある。つねに新しいスキルを習得し続ける能力が求められる。
AIによって社会が変わるので、AIによってメリットを享受できるポジションにいなければならない。世の中は「こんなふうに世の中は変わりますよ」と親切に助けてくれないので、自分でAIの知識を取り込むことが急務となる。
単なる知識の習得ではなく、いかにAIによって利益を得られる側でいられるのかを熟考して自分のポジションを変えていかなければ生き残れない。
場合によっては、AIが苦手とする分野に重点を置き、意図的にそこに移ることで生き残ることも考えられるだろう。たとえば、人との密接なコミュニケーションが必要となる職業、肉体を使う職業、AIが踏み込めないジャンルを扱う表現活動などが考えられる。
しかし、誰もがそうした職業に就けるとは限らないし、誰もが要領良く「AIに駆逐されないポジション」に移れるわけではない。
そもそも、大半の人はAIがもたらしているイノベーションの全貌に気づくことがないので、手遅れになってから「なぜ、こんなことになったのか?」と呆然とするばかりとなる。
端的にいうと、大半の人はAIをよく理解していないので、AIによって駆逐される側に立ってしまう。職場を解雇されて、次の仕事が見つからない可能性が高まる。「60%もの雇用がAIによって変容を迫られる」というのは、そういうことなのだ。
IMFは、AIがもたらす利益と機会の、より公平な分配をサポートするために、財政政策が重要な役割を果たすと指摘している。
具体的には、AIによって仕事を失ってしまう人のための社会保護制度の強化、AIの知識を得るための教育への投資、そして人間の労働者をサポートし格差を緩和するような税制の導入が提案されている。
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AIを自分の人生の敵にするのではなく……
AIがもたらすイノベーションは急激なので、時代に取り残される人が激増する。そのため、AIによって経済的なダメージを受ける人は、時間の経過とともにさらに深刻化する可能性が高い。
IMFは、AIの導入による初期の混乱期を過ぎても、格差の拡大は続くと考えている。IMFが特に懸念しているのは、AIをうまく活用できる人とそうでない人のあいだで、能力や生産性の差が広がることだ。
AIを効果的に活用できる高スキル労働者の生産性と所得が急増する一方で、そうでない労働者は賃金の低下や失業のリスクに直面し続ける。この傾向は、世代間の格差としても顕在化する可能性が高い。
場合によっては、大多数の人々が経済的に意味のある労働に従事できなくなる「技術的失業」の状態さえ懸念されている。技術的失業とは、AIによる高度なイノベーションによって、人間の労働が機械に置き換えられることで生じる失業を指す。
さらに、AIの恩恵を受ける企業と、そうでない企業の格差も拡大する可能性が高い。巨大テクノロジー企業による市場の独占化が進み、経済の二極化がさらに進行する恐れがある。
もっと大きく俯瞰すると、AIの開発と活用で先行する国々と、そうでない国々の経済格差が急速に拡大する。これは、既存の国際秩序を揺るがし、新たな地政学的緊張を生み出すはずだ。
IMFのクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は、「AIが相対的な不平等を拡大させることは確実だ」と警告した。
AIがもたらす変革は、人類がかつて経験したことのない規模と速度で進行しているのだ。私たちがこの時代に生き残りたければ、AIを拒絶するのではなく、AIそのものを自分の中に取り込まないといけないのだ。
AIを自分の人生の「敵」にするのではなく「道具」にする。それが新しい時代に生き残れるかどうかの鍵となる。私たちは、歴史の転換点に立っていることを一刻も早く認識する必要がある。早く気づいた人のほうが生き残りやすいからだ。
