今、米国の株式市場は極度なユーフォリア(多幸感)で満たされているのだが、私自身は今回のトランプ政権の閣僚たちの顔ぶれを見て大きな危機感を覚えている。トランプの対中強硬政策は100%賛成だが、それが自分自身の投資に悪影響を及ぼす問題は認識している。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
トランプが対中強硬派の議員を次々と起用
トランプ政権が戻ってくる。となれば、中国に敵対的だった前政権時代を考えても、米中貿易摩擦はふたたび先鋭化していくのは決定的となった。なぜか。2024年11月14日、トランプは次期国務長官にマルコ・ルビオ議員を指名したからだ。
マルコ・ルビオ上院議員は、キューバ系移民の両親を持ち、フロリダ州選出の共和党議員として知られている。上院外交委員会に所属し、中国に対して一貫して強硬な姿勢を取ってきた。
特に、中国の人権問題や経済的な不公正を厳しく批判し、制裁措置の導入を主張している議員である。また、台湾との関係強化や南シナ海での中国の軍事的拡張に対する懸念を表明し、アメリカの積極的な関与を求めている。
さらにいえば、国家安全保障担当大統領補佐官にはマイケル・ウォルツ下院議員が起用される予定だ。ウォルツ氏は中国を「存在的脅威」と位置づけ、軍事的・経済的な対抗策を主張している。
そして、国連大使にはエリス・ステファニク下院議員が指名された。ステファニク氏も中国の人権問題や国際的な影響力拡大に対して懸念を示し、強硬な対応を求めている議員である。
司法長官に指名されたマット・ゲーツ氏もそうだ。中国の人権侵害や経済的な不公正を厳しく批判し、特に新疆ウイグル自治区での人権問題に対して制裁措置を推進しているのがマット・ゲーツ氏だった。
ここから読み取れるメッセージは、トランプ新政権は「対中政策において強硬な姿勢を取る」という事実である。今後、米中対立は、世界におけるもっとも重要な争点のひとつとなる。場合によっては、私たちの想定以上の強硬な方策が次々と繰り広げられるのではないか。
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強硬的な対中政策は投資に悪影響を及ぼす
トランプ自身は中国に対して高率の関税を課す意向を明確にしている。
具体的には、中国からの全輸入品に対し一律60%の関税を検討している。さらに、2024年10月のウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、「中国が台湾に侵攻した場合、150%から200%の追加関税を課す」と述べたこともある。
トランプ新政権が掲げる「アメリカ第一」政策は、貿易赤字の是正や国内雇用の回復を目的としている。その一環として、中国との対立が避けられないと考えているのだ。
特に、半導体、AI、バイオテクノロジーといった次世代技術の覇権争いは、米中間の競争をさらに激化させる要因となる。この問題が世界のどこの国も他人事ではないのは、米中両国が世界経済において巨大な影響力を持っているからである。
なにしろ、アメリカは世界最大の消費市場を有し、中国は製造業の中心地として機能している。この二国間関係が激しく対立していくというのは、グローバルな供給チェーンが分断されることを意味する。
それが原因で世界経済の成長鈍化を引き起こす危険性もある。貿易摩擦が投資家心理に与える影響も無視できないだろう。トランプ次期大統領の新たな関税の導入は、株式市場において不確実性を生み出す。
投資家は不確実性を嫌うので、投資活動は抑制される可能性が高い。特に、テクノロジー株や農業関連株といった中国市場に依存度の高いセクターは、この摩擦によって直接的なダメージを受ける。
今、株式市場は極度なユーフォリア(多幸感)で満たされているのだが、私自身は今回のトランプ政権の閣僚たちの顔ぶれを見て大きな危機感を覚えている。トランプの対中強硬政策は100%賛成だが、それが自分自身の投資に悪影響を及ぼす問題は認識している。
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今回の議員の布陣は、中国に対しての宣戦布告
米中貿易摩擦が再燃した場合、どうなるのか。過去を振り返ると、2018年から2020年にかけておこなわれた関税戦争の際、アメリカは約2,800億ドル、中国は約1,100億ドル規模の商品の関税を引き上げたのが記憶に新しい。これにより、アメリカのGDP成長率は0.3ポイント、中国では0.5ポイント下落した。
米国農業部門への打撃は深刻だった。大豆輸出は2017年には約140億ドルだったが、関税引き上げ後はわずか31億ドルにまで減少。これに伴い、米国中西部の農家は大幅な収益減少を余儀なくされ、多くの農業関連企業が倒産に追い込まれた。
株式市場への影響も顕著であった。S&P500指数は2018年後半、貿易摩擦の影響を受けて約15%の下落を記録している。一方、中国の主要株式指数である上海総合指数も同様に15%以上の下落を経験した。
貿易摩擦が投資家心理には負の影響を与えることは、過去データで明確に示されているのだ。とすれば、トランプ新政権によって前回よりもさらに強硬な手段が取られる可能性があるなら、今回はもっと大きな下落になってもおかしくない。
半導体産業への影響も懸念がある。
中国は世界の半導体需要の約40%を占めている。2019年、ファーウェイへの禁輸措置が導入された際、アメリカの半導体企業は約120億ドルの売上減少をこうむったのだが、今回も半導体セクターは打撃をまぬがれないだろう。
すでにTSMCはトランプ新政権の動きを見て、中国企業との取引を急いで切り捨てている。ほかの半導体企業も続くだろう。ETF【SMH】に関しては注意が必要だ。私はもう【SMH】に関しては当面は強気ではない。
5G技術やAIの分野を中国は国策として積極的に推進しており、アメリカはこれを国家安全保障上の脅威と見なしている。米中貿易摩擦は、単なる関税の問題にとどまらず、国家間の戦略的競争が背景にある。
早い話、今回の議員の布陣は、中国に対しての宣戦布告であるともいえるのではないいか?
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これから米中対立は暴力的なまでに悪化/h4>
トランプ新政権による強硬な対中政策は、短期的には投資環境に不確実性をもたらすのは、私自身は覚悟している。中国製品60%の関税では貿易の縮小、サプライチェーンの混乱、インフレ圧力の上昇、株式市場の変動性の増大といった影響が次々と起きてくるからだ。
しかし、長期的な視点で見ると、この状況はアメリカ経済にとってプラスに働く可能性がある。高関税により、企業は生産拠点をアメリカ国内に移す可能性があり、これは雇用の創出につながり、経済成長が促進される動きになりそうだからだ。
また、中国への依存度が下がることで、アメリカは中国以外の国々との貿易関係を強化することになる。これによって、現在の中国依存のいびつな状況から脱することができるようになる。
一方、アメリカ経済の最大の敵である中国経済は沈没していく。アメリカ向けの輸出が大幅に減少し、人民元の価値が不安定化し、外国企業の中国離れが加速し、海外からの直接投資も減少するだろう。
これまで中国に向かっていたマネーは当然、アメリカに戻ってくる。そうすると、アメリカの国内産業は活性化し、イノベーションも促進され、雇用も増加していく。製造業の国内回帰により雇用が増加し、中国への依存度が下がることで経済の自立性も高まる。
経済の自立性が高まると外部要因による影響が減少し、より安定した投資環境が整う可能性すらも考えられる。また、経済の強さを反映してドル高が進む可能性もある。これは外国人投資家にとって魅力的な要因だ。
ただ、最終的にはそうなるとしても、その過程はかなりの痛みを味わうことになるのは間違いない。これまで構築されてきた秩序を破壊していくのだから、短期的にはさまざまなセクターに大きな悪影響が発生する。
中国も報復措置を取るだろう。その報復措置が「死なばもろとも」の捨て身のものであった場合、アメリカの経済にも予想以上の悪影響が及ぶ可能性がある。それでトランプ新政権の政策に対する国内の支持が低下した場合、政策の継続性が不透明になることもありえる。
私自身は、相場がどちらに転ぶのかは予測はしない。だが、これから米中対立は暴力的なまでに悪化していくのだから、慎重かつ戦略的なアプローチを取る必要があると考えている。嵐に突入する準備はできている。