2024年初頭のS&P500指数が27%のリターンを記録する中で、バフェット率いるバークシャー・ハサウェイは、保有株式の大規模な売却と現金の積み上げを選んでいる。これは、単純に投資判断だけでおこなわれているのではない可能性も指摘されている。どういうことか?(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
それは後継者問題への対応かもしれない
ウォーレン・バフェットは「オマハの賢人」として、投資の歴史において確固たる地位を築いてきた。その名声はバークシャー・ハサウェイという投資持株会社を通じて、優れた株式選択や投資哲学に裏打ちされている。
バフェットが掲げる「割安株投資」「長期保有」「シンプルで理解可能なビジネスへの投資」といった原則は、多くの投資家の指針となってきた。94歳にして、今も現役であるのは驚異的でもある。
バークシャー・ハサウェイの動きは世界中から注目され、多くの投資家がバフェットの投資行動について、さまざまな分析をおこなっている。
もっとも注目されているのは、2024年初頭のS&P500指数が27%のリターンを記録する中で、バフェット率いるバークシャーが、保有株式の大規模な売却と現金の積み上げを選んでいることだ。
バークシャーの手元現金は過去最高の3,110億ドルに達し、その比率は時価総額の約30%に及ぶ。主要保有銘柄であるアップル株も年初来で3分の1を削減した。
バフェットは、これまでずっとアップルを賞賛してきた。基本的にアップルの経営戦略や環境は何も変わっていないので、バフェットの動きは投資以外の思惑があるのではないかとも考える向きが多い。
現金の積み上げは、将来的な割安銘柄への備えとも解釈できるのだが、それよりも、後継者問題、企業の構造的変化、そして投資の引き継ぎが必要な時期に差し掛かっている可能性が指摘されている。
つまり、現金の積み上げ、株式ポートフォリオの縮小は、投資判断からきているというよりも、後継者問題への対応かもしれないというのだ。
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バフェット指数は過熱を示している
バフェット指数というものがある。「市場全体の評価」と「実体経済の規模」を比較するもので、「(当該国の株式時価総額 ÷ 当該国の名目GDP)×100」という計算式で算出されるものだ。
これを現在のウィルシャー5000(米国株式市場をもっとも広範にカバーする指数)で比較すると、すでに200%を超える数値となっている。
バフェット指数は、100%(1倍)を超えると割高であると判断される数値なのだが、これが200%というのは「過熱しすぎ」という判断となる。過去にバフェット指数が100%を超えて「割高」となったのは、2000年と2007年だった。これは、ITバブルとリーマンショック前の高騰のときだったのだ。
そういう意味でいうとアメリカの株式市場は、2014年あたりからずっと割高であり続けているといえる。そうであれば、割安(バリュー)を好むバフェットが現在の市場を敬遠する気持ちになるのは、あながち理解できないこともない。
バフェットはアップルだけでなく、バンク・オブ・アメリカ株も大幅な削減をしているのだが、これもバフェット指数を見ているとわからなくもない動きだ。この売却で逃した利益は200億ドルを超えるといわれるが、バフェットはそうした利益よりも資産防衛のほうに重点がいっている可能性もある。
ただ、そうした警戒心と同時に、やはりポートフォリオ全体の規模を縮小し、現金保有を増やしたことは、新しい経営陣が柔軟に投資戦略を立てられるよう配慮していると見ることもできる。
バフェット指数が200%を超えるようになってきた今、ポートフォリオの縮小と現金保有の拡大は、まさに「ちょうど良い時期」だからである。
バークシャーでは長年、グレッグ・アベルがバフェットの後継者と見なされてきた。62歳のアベルは、バークシャーの保険以外の主要事業を監督しており、鉄道やエネルギー関連企業の運営において顕著な成果を上げている。
最近では、バークシャー・ハサウェイ・エナジーの株式を、元取締役ウォルター・スコットの遺族から購入するという大規模な取引もおこなわれた。これにより、アベルが引き継ぐ経営資産の整理が進められているとの見方もある。
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投資判断だけで動いているのではない?
すでに、バフェットの「権限委譲」は、ほぼ完成に近づいている。バフェット自身は、自分の経営スタイルを「ほぼ放棄に近いレベルで権限を委任している」と述べているのだが、もう実務的な運営からは完全に退いている。
これにより、アベルを中心とする新体制が、バフェットの影響力を最小限に抑えながら意思決定をおこなってバークシャーの経営がおこなわれている。主要株式の売却も、アベルが新体制で柔軟かつ効率的に経営資源を活用できるよう配慮したものと解釈できる。
たとえば、バフェットがアップルやバンク・オブ・アメリカの大きなポジションを残したまま完全引退すると、どうなるのか。
後継者であるアベルがこれを売却する必要性が生じたとき、間違いなく「バフェットの築いた大きなポートフォリオ、重要な投資遺産を、後継者アベルが削減する権利があるのか?」という問題が発生する。
たとえその売却がバークシャー・ハサウェイの財務的な安定や将来の成長のために不可欠だったとしても、多くの投資家はバフェットが残した「象徴」を手放す行為に感情的な反発を覚えるだろう。
この状況下でアベルが批判を回避することは困難であり、彼の経営判断が疑問視されることで、バークシャー全体の信頼性が揺らぐリスクもある。
バークシャーとバフェットは一体化したような存在である。だからこそ、バフェットという偉大な前任者の影が色濃く残る中で、後継者アベルが受ける心理的・市場的プレッシャーは計り知れないものとなる。
バフェットはそうしたことも考えて、自分が生きているあいだにポートフォリオを整理しているのかもしれない。こうした見方は複数のアナリストがおこなっているのだが、私自身も真実はそれに近いのではないかと思っている。
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バフェットという象徴が消えたあと
バフェットという象徴が消えたあと、バークシャー・ハサウェイはどのような運営体制になるのだろうか。
CEO(最高経営責任者)は、グレッグ・アベルが就任し、保険部門はアジット・ジェインが担当し、投資部門はテッド・ウェシュラー、トッド・コムズが引き継ぎ、バークシャーの気風を守るための象徴として、バフェットの長男であるハワード・バフェットが就任する可能性がある。
今後、バークシャーの「顔」となるグレッグ・アベルは、バフェットがミッドアメリカン・エナジーを買収したときにバークシャーの傘下に入った人物である。以後はバークシャーの非保険部門で活躍し、その活動範囲を拡大することになった。
すでに現在のバークシャーは、グレッグ・アベルによって運営されているわけで、バフェットはグレッグ・アベルに絶大な信頼を寄せている。
こうしたバークシャーの現状を見ると、企業体質の強固さや多様性により、バフェット引退後も一定の安定感が保たれる可能性は高い。バフェットの経営哲学は深くバークシャーに根づいているため、基本的な投資戦略や経営方針は大きく変わらないはずだ。
とはいっても、完全にバフェット時代のバークシャーと同じであるわけではなく、新しい経営陣のもとで、新たな投資戦略、新たな事業分野の進出などもおこなわれていくことになるのだろう。
バフェットという「顔」を失ったバークシャーが、投資家にとって同じ価値を持つのかどうか、その答えはまだ出ていない。少なくとも、バフェットの死後のバークシャーは、これまでのバークシャーと完全に同じであることはあり得ない。
バークシャー・ハサウェイは「超」がつくほどの巨大企業である。この企業が今後どのように変化していくのか、バフェットの動向と共に注目していきたい。