株式市場はいつでも暴落がやってくる場所であり、長期に株式を保有していたら、投資家は暴落をかならず経験する。そのとき、信用取引をやっているのといないのとでは運命はまったく違ったものになる。2024年8月5日の下落では、悲惨なことになった人も多かった。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
世の中を動かしている変数は1つや2つではない
相場はいつでも予期せぬ事態が襲いかかって変転するし、もう世界の終わりだと思っていたら、逆にするすると上昇したりする。世の中を動かしている変数は1つや2つではないので、それをすべて読み切ることができる人はいない。
だから、私たちは「何が起きるのかわからない」という前提で、見込みが外れた時のダメージも計算して生きる必要がある。
投資家の息の根をとめるのは、銘柄選択の失敗や見込み違いではない。失敗は誰でもあるし、それはいつでも起こり得る。よほど大きな失敗でもない限り、それは挽回することができる。
投資家の息の根をとめるのは、だいたいが「借金(レバレッジ)」である。失敗や見込み違いは、レバレッジによって、傷を深く、大きく、致命的にしてしまう。
株式市場はいつでも暴落がやってくる場所であり、長期に株式を保有していたら、投資家は暴落をかならず経験する。そのとき、レバレッジをかけているのといないのとでは運命はまったく違ったものになる。
たとえば、持ち株が20%暴落するような日がきたとする。
保有する株式が自己資金であれば、市場が大暴落していようが何ら問題はない。売らないで保有しておけばいいし、誰かに売れと強要されることもない。
だが、株式を信用取引で買っていた投機家は別だ。委託保証金から20%から30%の損失が出た時点で自己資金で補填しなければならない。これを「追証(おいしょう)」と呼ぶ。追証が払えなければどうなるのか。詰む。
信用取引とは、証券会社に保証金や株式などを担保として預け、その担保を元に証券会社から資金や株式を「借りて」売買をおこなう取引だ。つまり、信用取引の正体は「他人からカネを借りて株を買う」ことに他ならない。
追証というのは、「カネを返せ」ということなのだ。
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「返せなくなったら人生の終わり」をなぞる人
近年ではスマートフォンアプリやオンライン証券の普及により、簡単に信用取引を開始できる状況が整っている。これにより、経験の浅い投資家がレバレッジを活用し、大きな取引に挑む機会が増えている。
信用取引をやっている投機家が想定以上の見込み違いに巻き込まれると追証が発生し、それが払えなければ証券会社が強制決済をおこなう。さらに、それ以上の損失が出た場合は、証券会社への債務が生じることになる。
通常、信用取引をおこなっている投機家は、往々にして自己資金以上の取引をする。そのため、自分の想定を越える見込み違いが発生すると、その瞬間に危機に陥ってしまう。
2024年では、8月5日の日経平均株価の大暴落が記憶に新しい。日本銀行の植田和男総裁が金融政策決定会合で、追加利上げを決定したことによる衝撃が引き起こしたものだった。
この日、日経平均株価は前週末比で4,451円28銭下落し、終値は3万1,458円42銭となった。直近の高値から12.4%の暴落だった。このとき、信用取引をおこなっていた投資家は阿鼻叫喚の地獄だった。破産した人もいただろう。
返せない借金は、それをどのように処理をしようと、それは自分の人生の破綻に直結してもおかしくない。信用取引が危険だというのは、そうした危機にいつでも直面する可能性があるからだ。
見込み違いが一度でも起きれば、破産する危機がある。それに賭けるというのは、よほどの覚悟がないとできない。そうしたスリルが好きな人もいるのだが、まさにハイリスク・ハイリターンの典型だ。ギャンブラーである。
そんなハイリスクなのに、なぜレバレッジを使おうとするのかというと、「とにかく早く金持ちになれるかもしれない」からに他ならない。それは、ギャンブラーにはたまらなく魅力だ。
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思惑とは逆に振れたときはどうなるのか?
レバレッジをかけることで、自己資金の何倍もの取引が可能になり、成功すればその分利益も大きくなる。たとえば、信用取引で3倍のレバレッジをかけると、元手の3倍の取引ができ、同じ値動きでも得られる利益が増加する。
仮に、買った株式が33%値上がりしたとすると、それだけで99%の利益が取れるわけだから資金は一気に2倍になる。
では、思惑とは逆に振れたときはどうなるのか。
たとえば、100万円の自己資金をもとに、300万円の取引をおこなっていた場合、10%の下落がきたときには、30万円の損失が発生する。
この損失は、自己資金の30%を超える。つまり、維持率を下まわり、追証が発生する下落なのだ。2024年8月5日に信用取引で売買をしていた投資家に起きたのが、まさにこれである。
この維持率が一定の水準を下回ると、追加保証金の請求や建玉の強制決済が発生する。たとえば、維持率が30%を下回る場合、投資家はただちに資金を補填するか、ポジションを解消しなければならない。
信用取引の場合、だいたい「早く金持ちになりたい」と思っている投資家がほとんどなので、保有している資金のギリギリまで信用に投じていることが多い。そうすると、資金を補填する余裕はまったくない。
資金が補填できなければ建玉の強制決済されて、資金をすべて失って終わりになるのだ。最悪のケースでは手元に資金が残らないどころか、さらに負債を抱える可能性すらもある。
「一攫千金」を夢見て市場に飛び込む者が、強制決済後に夢どころか生活基盤すら奪われることは珍しくない。早く金持ちになるどころか、最速で一文無しになったことになる。
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サバイバーシップバイアスとは?
「そうはいっても、信用取引で大金持ちになった人がいっぱいいる。テレビや雑誌でもそういう人が出てきた」という人もいる。「リスクを取って金持ちになった人もいる」という主張は事実の一面を捉えている。
しかし、それは「サバイバーシップバイアス(Survivorship Bias) 」のことを忘れているのかもしれない。
サバイバーシップバイアスとは、成功した事例や生き残ったものに注目する一方で、失敗した事例や消えたものを無視してしまう認知バイアスである。
信用取引で成功した投資家の事例はメディアで頻繁に取り上げられるが、失敗して市場から退場した投資家についてはほとんど報じられない。このため、「リスクを取れば成功できる」という誤った結論に陥りやすい。
これこそがサバイバーシップバイアスである。
私自身はバブル世代なので、バブル時期に借金をしまくって途方もない金持ちになった人を大勢見てきた。それと同時に、バブル崩壊で財産をすべて失ったあげくに莫大な借金を残してしまった人も大勢見てきた。
バブル崩壊で破綻していった人の多くは不動産で借金をし、株式を信用で買っていた人たちであった。私自身もバブル崩壊では痛手を負ったのは事実だが、私が破綻しなかったのは「信用取引をしなかった」からでもある。
何度か、バブル期に試しに信用取引を仕掛けたこともあったが、リスクが高いと見てすぐに手を引いた。あのとき、私は「慎重だ」と褒められることはなく、「勇気がない」と笑われていたのだ。
だが、やがてバブルが崩壊する時代に入ると、最後まで生き残ったは私のほうだった。結局、このときの経験もあって、私はいっさい信用取引やレバレッジをかけた取引をしないように自分を戒めた。私の身近な人も、借金と信用ですべてを失ったので、その苦悶する姿を私は見てきた。
だから、私はサバイバーシップバイアスに陥ることはない。信用取引やレバレッジを駆使して早く金持ちになりたいとも思わない。
そういうこともあって、2024年8月5日の出来事も、私にはまったく何の影響も及ぼさなかった。堅実にやっていれば、それこそ株式市場が1日で20%下落しても日常生活には1ミリの影響もない。