第一次トランプ政権も、化石燃料重視の姿勢だった。この姿勢は変わっていない。変わるどころか、「掘って、掘って、掘りまくれ」を合言葉に、より強力な化石燃料重視を掲げている。トランプ政権は化石燃料の味方だ。しかし、それは石油企業の買いを意味するわけではない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
トランプ政権で石油産業への影響は?
「ドリル、ベイビー、ドリル!(掘って、掘って、掘りまくれ)」
これがトランプ政権下でのエネルギー政策を象徴するフレーズである。石油を掘って掘って掘りまくって、エネルギー価格を半分にする。トランプ政権は、それを実現しようとしている。
第一次トランプ政権も、化石燃料重視の姿勢だった。この姿勢は変わっていない。変わるどころか、トランプ陣営はふたたび強力な化石燃料重視を掲げている。
注目すべきは、エネルギー省長官候補として気候変動危機の否定論者であるクリス・ライトを指名する意向を示していることだ。さらに、国家エネルギー会議の議長には強い権限を持つダグ・バーナム州知事が就任する見通しとなっている。
この人事からも、トランプ陣営が環境規制の緩和に向けて本格的な布陣を整えていることが読み取れる。
今後、オバマ政権時代に導入された環境保護政策の多くが見直しの対象となり、石油・天然ガス企業にとって事業展開がしやすい環境が整えられることになる。特に注目すべきは、メタン排出規制の緩和や、連邦所有地での石油・ガス掘削許可の迅速化などが含まれることだ。
この政策転換は、アメリカのエネルギー産業に大きな影響を与えていく。シェールオイル・ガス産業は、規制緩和による恩恵をもっとも受けやすい位置にある。前回のトランプ政権時代にも、シェール産業は大きく成長を遂げた。
環境アセスメントの簡素化や、掘削許可の迅速化により、新規開発のスピードが大幅に上がることも期待される。また、パイプライン建設の規制緩和も、輸送インフラの整備を促進する要因となっていくだろう。
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石油価格は間違いなく下がっていく
当然、環境保護団体からは、気候変動対策の後退を懸念する声が上がっており、「トランプの政策は地球の未来を売り渡すものだ」「トランプは環境破壊の元凶となる」と激しい批判が渦巻いている。
だが、トランプ次期大統領は「温暖化対策は詐欺だ」といって憚らない。もう誰もトランプ次期大統領をとめられないだろう。
サウジアラビアはすでに増産の準備を進めている。これはアメリカとの関係改善を見据えた戦略的な動きと解釈できる。トランプ前政権時代、サウジアラビアとの関係は良好に保たれており、両国間でのエネルギー政策の協調も進んでいた。
アメリカが「掘って、掘って、掘りまくれ」で、サウジアラビアも「増産する!」となったら、石油価格は下がっていく可能性が高いことになる。来年以降、1バレル50ドル程度まで下落すると予測する専門家もいる。
環境規制の緩和により、新規の掘削が容易になることで、供給量は増加しやすい傾向になるのは間違いない。掘削の技術革新も続いている。水圧破砕技術の改良もあるが、最近ではAIを活用した掘削最適化も取り入れられるようになっている。
ただ、問題は「需要」の面だ。もし、石油需要が弱ければ、増産しても売れないのだから石油企業は首が絞まる。そのため、石油企業各社はトランプ次期大統領の姿勢よりも市場動向を優先するだろう。
では、市場動向はどうなのか?
アメリカ以外に石油をガブ飲みする世界第二位の原油消費国は、いうまでもなく中国だ。この中国経済は今、変調をきたしている。中国は不動産セクターが低迷し、製造業の設備投資も伸び悩んでいる。
中国政府の景気刺激策は、これまでのところ期待された効果を上げていない。中国がこういう状況だと、なかなか石油企業は増産に踏み切れないだろう。
そういうわけで、大統領が「掘りまくれ」といっても、民間の石油会社は自らの経営判断で増産するか減産するかを決めるので、かならずしも石油の増産につながるとは限らないという声もあることはある。
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1バレル50ドル付近まで下落したら?
トランプ次期大統領の剛腕政治がどこまで石油価格を下落させるのかは不透明なところがある。しかし、下落させたいという強烈な意思表示がある以上、あらゆる政治的工作で本当に石油価格は下落していく可能性がある。
もし、1バレル50ドル付近まで下落したらどうなるのか。これは、多くの産油国の財政均衡価格を下回る水準であり、国際政治にも大きな影響を与えることになる。特に、財政基盤の弱い産油国にとっては、深刻な問題となる可能性が高い。
もっとも注目すべきは、ロシアへの影響だ。原油収入に大きく依存するロシア経済にとって、価格下落は深刻な打撃となる。なぜなら、ロシアの連邦予算は、原油価格が1バレル70ドル程度であることを前提に組まれているからだ。
もし、原油価格が1バレル50ドル程度まで下落すれば、財政は急激に逼迫する。ロシアのエネルギー産業は、西側の制裁により、すでに大きな制約を受けている。技術面での協力が制限され、新規開発に必要な機器の調達も困難な状況だ。
ここに価格下落の圧力が加わることで、ロシアのエネルギー産業は二重の困難に直面することになる。この状況は、ロシアの国際的な影響力を大きく低下させる可能性がある。ウクライナ戦争の継続にも影響を与える可能性が高い。
トランプ政権は、この状況を外交カードとして活用するはずだ。エネルギー価格を通じた外交圧力は、トランプの得意とする交渉術のひとつだった。実際、前政権時代にも同様の手法を用いて、イランやベネズエラに圧力を加えた実績がある。
原油価格の下落は、これらの国々に対する圧力をさらに強める効果を持つ。
サウジアラビアはトランプ次期政権との関係を優先するために、「石油価格を下げる」というトランプ政権の姿勢に追従して石油の増産を受け入れるだろうが、ほかのOPEC加盟国はそうではないので、OPEC内での意見対立が発生し、内紛になることも予測される。
また、中東地域の安定性にも影響が及んでいく。原油収入の減少は、産油国の社会保障制度や補助金制度の維持を困難にする。これは、社会的な不安定要因となりうる。特に、若年層の失業率が高い中東諸国にとって、財政支出の削減は深刻な問題となっていくはずだ。
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原油価格が下落したら投資家が動揺する
このような複雑な状況下で、石油関連企業の株価はどのように推移するのか。
大手総合エネルギー企業と、独立系の石油生産企業では、状況が大きく異なる。総合エネルギー企業は、下流部門(精製・販売)での収益や、化学製品事業などで、原油価格下落の影響を部分的に相殺できる。一方、独立系生産企業は、原油価格の変動に対して脆弱な傾向がある。
環境規制の緩和は、たしかに石油企業にとってプラス材料となる。事業コストの低減や新規開発の容易化は、収益性の改善につながる可能性がある。特に、シェールオイル企業にとっては、大きな追い風となる。
しかし、原油価格の下落は、これらのメリットを相殺してしまう可能性が高い。生産コストの高い企業や、財務体質の弱い企業にとっては、厳しい経営環境となることが予想される。
このため、石油関連株への投資は、銘柄を慎重に選ばなければならないはずだ。石油関連株は「選別的な買い」というのが妥当な判断である。投資対象としては、以下の条件を満たす企業に注目すべきだ。
第一に、財務体質が強固で、低油価環境でも収益を確保できる企業。
第二に、技術力があり、生産コストの低減に成功している企業。
第三に、環境技術への投資も進めている総合エネルギー企業。
具体的にはエクソンモービル【XOM】、シェブロン【CVX】、コノコフィリップス【COP】が当てはまる。これらの条件を満たす企業には、投資機会があると考えられる。ただ、これらの企業にしても、原油価格が下落したら投資家が動揺して売る可能性もある。
そういうこともあって、化石燃料重視のトランプ政権であっても、なかなか石油企業に強気になれる投資家は少ないのではないかと思われる。