パンデミックの頃はホスピタリティ企業のどれもが悲惨な業績となっていたのだが、2023年あたりから業績の回復が鮮明になってきた。それが株価にも反映されている。たとえば、ヒルトンをコロナショックの頃に買っていたら、4年間で4倍以上ものリターンが得られていた。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ヒルトン・ワールドワイドという企業
ホスピタリティ企業とは、サービス業の一分野であり、主に顧客に対して宿泊、飲食、娯楽、旅行関連サービスなどを提供する企業を指す。トップ3といえば、「マリオット・インターナショナル」「ヒルトン・ワールドワイド」「ハイアット・ホテルズ」なのだが、このうち、マリオットとヒルトンはS&P500企業でもある。
この中で、一番知名度が高いのはヒルトン・ワールドワイド(以下、ヒルトン)かもしれない。これは誰もが知っている「ヒルトン・ホテル」の親会社だ。
パンデミックの頃はホスピタリティ企業のどれもが悲惨な業績となっていたのだが、2023年あたりから業績の回復が鮮明になってきた。それが株価にも反映されている。たとえば、ヒルトンをコロナショックの頃に買っていたら、4年間で4倍以上ものリターンが得られていた。
2024年第3四半期の財務データによると、ヒルトンの総収益は前年同期比で約7.3%増加し、28.67億ドルに達している。
この成長は、特にフランチャイズおよびライセンス手数料の増加に牽引されており、前年同期の6.43億ドルから6.98億ドルへと堅調に推移している。また、管理手数料やインセンティブ手数料も増加している。
ヒルトンの競争優位性は、まずその多様な収益源にある。
同社はフランチャイズ運営に注力する一方で、所有およびリースホテルの収益も引き続き重要な柱となっている。これにより、市場の変動に対して柔軟に対応できる経営構造を築いている。
2024年には「グラジュエート・ホテルズ」「ノマド」を買収しているのだが、グラジュエートの買収では、米国および英国に所在する32施設をフランチャイズポートフォリオに追加し、地域的な拡大を図った。「ノマド」ブランドの買収は、ラグジュアリーマーケットへのさらなる進出を意味している。
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ヒルトンの武器はその知名度とブランド力
ヒルトンの武器はその知名度とブランド力であるといえる。同社の運営する「ヒルトン」「ダブルツリー」「ウォルドーフ・アストリア」などのブランドは、消費者からの信頼と認知度が非常に高い。
そして、ロイヤリティプログラム「ヒルトン・オナーズ」は、世界中で広く利用されており、リピート顧客の確保に成功している。
このブランド力を活かした展開によって、フランチャイズ契約者にとってヒルトンは魅力的な選択肢となり、新規契約の増加が期待できる。こうしたブランド戦略の成功が、フランチャイズ手数料の増加に寄与していることはあきらかだ。
ヒルトンの特筆すべき点は、デジタルにも強い企業であることだ。
デジタル戦略は業界でトップである評されるほど先進的である。モバイルアプリを活用した予約管理やカスタマーエクスペリエンスの向上など、テクノロジーを活用したサービスは顧客満足度を高める重要な役割を果たしている。
ヒルトンの2024年第3四半期の純利益は3.44億ドルで、前年同期の3.77億ドルからやや減少しているが、9カ月累計では10.34億ドルと堅調な増加を見せている。
同社の資産状況を見ても、流動性は良好である。現金および現金同等物は15.8億ドルに達し、流動資産全体では35.73億ドルを確保している。これに対し、短期負債は約4.49億ドルであり、十分な流動性を持つといえる。
ただ、「グラジュエート・ホテルズ」「ノマド」などの買収に2.1億ドルを費やしており、自己資本はマイナスとなっている。今後は、こうした投資がどの程度のリターンを生むかが焦点となってくる。
ちなみに、「グラジュエート・ホテルズ」も「ノマド」も東京にはない。ヒルトン東京は新宿都庁のすぐ近くにある。このヒルトン東京に泊まろうと思ったら、2名1室の場合は1泊あたり税込52,606円〜148,318円となる。
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ホスピタリティ企業に三重の打撃を与える?
ヒルトンはその成功に裏打ちされた強固な基盤を持つが、いくつかの課題と外部要因により、今後の事業展開には不透明さもある。まず、業界全体が直面している課題として、世界的なインフレが挙げられる。
ホスピタリティ企業にとって、インフレは「天敵」といってもいいような存在だ。
インフレになると、客が節約モードに入るのでホテルのランクを落とす。だから、ヒルトンのようにラグジュアリーなビジネスはすぐに売上が落ちる。企業も出張代などをケチるようになるので、ビジネス旅行需要も減ってしまう。
ヒルトンのようなグローバルブランドは、ビジネストラベラーに依存する部分が大きいため、これは無視できない影響となる。さらに、インフレでホテルの運営コストも上がる。
つまり、インフレはホスピタリティ企業に三重の打撃を与えることになる。
ヒルトンについていえば、競争環境の激化もリスクとして挙げられる。同業他社であるマリオットやハイアットも積極的な投資戦略を展開しており、特にアジア太平洋地域や中東地域での市場シェア争いが熾烈を極めている。
ヒルトンが「グラジュエート・ホテルズ」や「ノマド」ブランドを買収したのも、こうした競争激化に対応するためでもある。
これで、ヒルトンはアメリカとイギリスでのポートフォリオを拡大させたのだが、これは短期的な収益への寄与は限定的である点が課題だ。財務報告でも、この買収が2024年第3四半期の収益に大きく貢献していないことが示されている。
買収で無理したので、ヒルトンの自己資本は累積赤字によりマイナスとなっており、金利が上がるとヒルトンは苦しくなっていく。
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投資に値するかどうか
ヒルトンはS&P500企業で、ティッカーシンボルは【HLT】となっている。現在は、インフレが収束したのと、金利引き下げ局面であることと、パンデミックの終了で旅行ブームがきていることの3点が噛み合ってヒルトンの株式は上昇トレンドのまっただ中にある。
ヒルトンは収益性の高いビジネスモデルとブランド力を持ち、世界中で安定した収益基盤を築いているので、この環境が続くのであれば、基本的には株価は上を向いていると見ていい。
ただ、トランプ第二次政権で「インフレが再燃して金利が上昇」ということになると、ヒルトンは一気に苦しくなる。
とすると、この企業は「インフレが抑制され、金利が下がっており、旅行ブームがある」環境では強気であっても大丈夫で、「インフレ懸念がおき、金利が上がっていく」環境になったら無理しないで売ったほうがいいということになる。
長期で持つというよりも、金利とインフレの動向を見てトレードするのに適した企業であるといえるかもしれない。
ただ、長期的にはブランド力と収益基盤の安定性が効いているので、分散投資の一環としてポートフォリオに組み入れるのは悪くないかもしれない。特に、ホテル業界全体の回復が進む中では、ヒルトンは市場シェアをさらに拡大する可能性が高い。
実際、ブランド力を持つ企業は、多くの逆風があってもそれを乗り越える力があるので、環境が悪化しても長期で保有すればいつか報われる企業なのだろう。
ところで、経済格差が広がって貧困層が増えたとしても、それはこの企業にはダメージを与えない。
経済格差が広がるということは「金持ちがさらに金持ちになる」ということだ。すると、こうした金持ちがラグジュアリーに消費するようになる。経済格差が広がることは、むしろ高級なホスピタリティ企業にとっては悪い話ではない。
もともと彼らは貧困層なんか相手にしていないので、貧困層がどれだけ増えても何の関係もない。むしろ経済格差はラグジュアリーが貧困層の羨望の対象となるので、ますますブランド力が強化されるという現象も起きる。
今後も経済格差は開いていくばかりとなるので、ヒルトンのブランドはますます輝いていくのだろう。