AppleがBroadcomと提携。「Baltra」チップ開発で見えたAppleのAI覇権への野望

AppleがBroadcomと提携。「Baltra」チップ開発で見えたAppleのAI覇権への野望

AppleはBroadcomとも手を組み、AIサーバーチップ「Baltra」の開発に乗り出している。Appleはつねに独自の路線に進むことを模索する。AppleはAIにチューニングされたOSとソフトウェアを作り、それを端末側の独自AIチップとCloud側の独自AIチップで動かしたいはずだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

「誰にも依存しない」という強い意志

AI(人工知能)で出遅れているAppleが、全方位での巻き返しを図っている。Apple Intelligenceで、さまざまなAI機能を提供することや、SiriにChatGPTを統合したことも、その一貫だ。

さらにAppleはBroadcomとも手を組み、AIサーバーチップ「Baltra」の開発に乗り出している。この動きは、単なる技術革新にとどまらず、業界の勢力図を塗り替える可能性を秘めた一手となる。

これまでAppleは、チップ開発を自社で完結させることで知られていた。それが一転、外部企業と手を組んだことは、業界の関係者を驚かせている。この決断の裏には、AIチップ市場の覇権を巡る熾烈な戦いがあるのは間違いない。

現在、AIチップ市場はNVIDIAが圧倒的なシェアを誇っている。

MicrosoftやOracleやMetaは、NVIDIAのBlackwellを渇望しているが、AppleはあえてNVIDIAを避けており、独自の路線に進むことを模索している。NVIDIAを避けるといえば、SiriやApple Maps、Apple Musicといったサービスでも、AmazonのTrainiumチップを採用している。

この一連の動きは、AppleのAI戦略の核心を物語っている。それは、「誰にも依存しない」という強い意志だ。NVIDIAの独占状態を打破し、自社の技術で世界を席巻する。そんなAppleの野望が、ここに垣間見える。

Baltraの開発は、2026年の生産開始を目指している。この2年間で、業界はどう変わるのか。AppleとBroadcomの挑戦は、テクノロジー界に新たな戦国時代の幕開けなのかもしれない。

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AppleのAI戦略を構成する三位一体とは?

AIチップ市場の現状は、まさに一強独占状態だ。NVIDIAのシェアは驚異の80%を超える。この圧倒的な支配力に、他社は為す術もない。そんな中でも、Appleは独自路線に進むのだが、これはある意味Appleらしい決断であるともいえる。

なぜ、Appleが独自AIチップを求めているのかというと、Appleは自社製品とソフトウェアが高度に統合されたAI技術を組み込みたいと考えているからに他ならない。今後、AppleはApple Intelligenceを自社AIチップで高速かつ安全に動かし、展開することを考えているのが透けて見える。

その基盤となるべきAIチップが「Baltra」なのだろう。

今のところ、Baltraの性能はまだ詳細がわかっていない。AppleとBroadcomの技術力でも、NVIDIAの技術に追いつけるのかどうかはわからないのだが、場合によっては何らかの優位性を示す可能性もある。

Appleにとって優位なのは、これから展開していくAIサービス「Apple Intelligence」の利用者数が、10億人を超えると予想されていることだ。すでに、AppleはiPhoneやMacによって、巨大な顧客基盤を保有している。

Baltraが稼働をはじめると、この10億人ベースのユーザーが、AppleのAIに囲い込まれることになる。BaltraはCloudベースのAIチップだが、これと同時にAppleは、iPhone 15 Proシリーズに搭載された「A17 Pro」チップをAIにチューニングさせている。

現在、AIはデータセンターで処理されるのが普通なのだが、今後は端末側(iPhone側)で処理されるAIも広がっていく。この端末側でAI処理する技術を「エッジAI」と呼ぶ。

最終的にAppleは、端末側をAIにチューニングされたMチップを展開し、重い処理をCloud側のBaltraチップで処理して、AppleにしかできないAIを展開していくことになるのだろう。

AIにチューニングされたOSとソフトウェア。
AIにチューニングされた端末側のチップ(Mシリーズ)。
AIにチューニングされたCloud側のチップ(Baltra)。

この「三位一体」で、AppleのAI戦略が展開していくことになるはずだ。そのためにも、AppleはBaltraチップの開発を急ぐ必要がある。

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SiriとChatGPTとの統合は一時しのぎ

AppleとBroadcomの提携は、単なるビジネス上の決断ではない。これは、AIチップ市場の覇権を賭けたAppleの壮大なAI戦略の一貫なのだ。このAppleの試みがうまくいくと、図らずもそれは、NVIDIAの独占体制へのカウンターともなる。

NVIDIAのAIチップは、たしかに優れている。だが、その独占状態は、業界の健全な発展を阻害しているという見方も強い。AppleがBroadcomと組んで作り上げるBaltraチップは、この状況を打破しようとする試みともなる。

一方、Amazonもまた、この戦いに参戦している。AWSのTrainiumチップは、すでにAppleのサービスで使用されている。もし、Appleが単にCloudを展開する中で、NVIDIAのチップに依存したくない「だけ」であれば、Trainiumチップを全面的に使えばいいのだが、Appleはそうしなかった。

この事実は、AppleがNVIDIAを避けつつ、同時にAmazonとも一定の距離を保とうとしていることを示している。

こうしたAppleの動きを見ていると、現在はSiriにChatGPTを統合しているのだが、やがてApple Intelligenceが軌道に乗ったらChatGPTを切り離していくことも予測される。

あくまでもAIに出遅れた部分を一時的にChatGPTでギャップを埋めているだけで、OpenAIとも距離を保って、一時的にその技術を利用する感じだろう。

SiriとChatGPTとの統合については、Teslaのイーロン・マスクが「セキュリティ重視のAppleには似合わない」と激しく批判しているのだが、それが一番よくわかっているのが当のAppleである。

Appleはプライバシーとセキュリティを重視しており、外部のAIサービスへの依存は長期的な戦略とは合致しない。それを考えても、将来的にはChatGPTの機能を自社のAIで置き換えていく可能性が高い。

AIでもApple独自のエコシステムが構築できたとき、AppleはOpenAIを切り離していくことになるはずだ。

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熾烈なAIバトルから目が離せない

AppleがAIでエコシステムを構築するのは、少なくともあと3年はかかる。AIは重い処理が多く、エッジAIだけでは無理がある。さらにAppleが重視しているセキュリティを強固にするためにも独自のCloudシステムが必要だ。

そのためにはCloud側も拡充しなければならないのだが、それを担うのがBaltraチップであると思われる。

こうした動きとは別のところで、MicrosoftやMetaなどもコスト削減のために、NVIDIAから離れて独自チップを模索する動きも活発化してきている。今すぐにNVIDIAに追いつけるわけではないのだが、何もしていないわけではない。

さらに、AMDもAIチップで大きな投資をしており、その成果が徐々に現れつつある。同社の新型AIチップ「MI325X」は、NVIDIAの「H100」を上回る性能を持つと期待されている。さらに、2025年後半には次世代の「MI350」シリーズの投入も計画されている。

Oracleなどは、NVIDIAとの連携を深めながらも、AMDのAIチップでコスト削減することを目指している。NVIDIAとAMDのチップを使い分けることで、全体的なコストを削減しつつ、NVIDIAに対してより有利な条件で交渉しようとしている。

AIチップを巡る戦いは、今後さらに激化することは間違いない。AppleとBroadcomの提携は、その大きな流れのひとつに過ぎないのだ。NVIDIAのチップに挑戦する戦いは、テクノロジー業界全体を巻き込む大きな渦となるだろう。

NVIDIAもBlackwellであぐらをかいているわけではない。ライバルの動きを見ながら、新型チップの開発を加速させて、より現在の技術的優位性を広げていこうとするだろう。NVIDIAの次の一手が、業界の行方を大きく左右する。

いまやテクノロジー企業のすべてはAIに照準を合わせている。NVIDIA一強の中で、それぞれが激しくAIの優位性を得るために動いているのがわかる。

AppleのBaltraチップも、Appleが熾烈なAI戦争に勝ちあがるためには欠かすことができないピースのひとつでもあり、今後はAppleのビジネス戦略の重要な柱となっていくのだろう。熾烈なAIバトルから目が離せない。

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