暴落するユナイテッドヘルス。CEOの殺害事件で医療保険企業の状況は一変した

暴落するユナイテッドヘルス。CEOの殺害事件で医療保険企業の状況は一変した

ユナイテッドヘルスは、保険金の支払い拒否でしばしば批判を浴びてきた。命にかかわる治療を受けられない患者たち、膨大な医療費に苦しむ家族たち。彼らの怒りは社会的に無視されてきたのだが、それを白眉にさらけ出したのがルイージ・マンジオーニであった。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

ユナイテッドヘルスケアCEOの殺害事件

ニューヨークの喧騒が静まりかけた12月4日の早朝、マンハッタンの一角で衝撃的な事件が起きた。ユナイテッドヘルスケアのCEO、ブライアン・トンプソン氏が26歳の暗殺者に銃撃され、命を落としたのだ。

この事件は、アメリカの医療保険業界の闇を一気に白日の下にさらした。

トンプソン氏は、ニューヨーク・ヒルトン・ミッドタウンで開かれる予定だった年次株主総会に出席するため、ホテルに向かっていた。しかし、彼を待っていたのは株主たちではなく、殺意を持った暗殺者だった。

暗殺者ルイージ・マンジオーニは、20フィートほど離れた場所から、トンプソン氏の胸部を狙い撃ちした。銃声が鳴り響き、CEOの身体が路上に崩れ落ちた。トンプソン氏は銃撃を受けたあと、マウント・サイナイ・ウエスト病院に搬送されたが、午前7時12分に死亡が確認された。

現場に落ちていた薬莢には、「delay(遅延)」「deny(拒否)」「depose(追放)」という文字が刻まれていた。

これらの言葉は、2010年に出版された保険業界を批判する本のタイトル『Delay, Deny, Defend(遅延、拒否、防御)』を連想させるもので、すぐに犯人が保険業界に怒りと不満を持った人間であることが浮き上がってきた。

ユナイテッドヘルスは、保険金の支払い拒否でしばしば批判を浴びてきた。命にかかわる治療を受けられない患者たち、膨大な医療費に苦しむ家族たち。彼らの怒りは社会的に無視されてきたのだが、それを白眉にさらけ出したのがルイージ・マンジオーニであった。

事件後、ソーシャルメディアでは保険会社への怒りの声が爆発的に広がった。何百万人もの人々が、治療拒否や未払いの医療費への不満を吐き出した。まるで長年抑圧されてきた感情の噴火口が開いたかのようだった。

その結果、この事件からユナイテッドヘルス【UNH】の株価は暴落に次ぐ暴落となっており、今もまだその暴落の余波がとまっていない。

フルインベストの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』

儲け主義のアメリカ企業に対する怒り

ルイージ・マンジオーニはアイビーリーグの大学を卒業したエリートであり、裕福な家庭出身だった。

だが、人々の命よりも利益を優先する企業体質、高額な保険料、複雑な手続きを強いて保険金を支払おうとしない医療保険システムへの怒りや不満を持ち、儲け主義のアメリカ企業に対する怒りがあったと警察は述べている。

アメリカの医療費は年々増加の一途をたどっている。2022年の医療費総額は4.3兆ドルに達し、GDP比で17.3%を占めるまでになっている。この数字はほかの先進国と比べても突出して高い。

にもかかわらず、約2,700万人のアメリカ人が無保険状態にあるという現実がある。

保険金支払い拒否の件数も驚くべき数字だ。ある調査によると、保険会社は請求の約20%を拒否しているという。これは年間数百万件に上る。その中には、生命にかかわる重要な治療も含まれている。

アメリカ合衆国における低所得者向けの公的医療保険制度であるメディケイドの登録者数は、パンデミック期間中に登録者が急増し、9,000万人を超えたのだが、その後の見直しにより、約1,500万人が資格を失う可能性があるという。これは、多くの人々が医療保険のセーフティネットから落ちることを意味する。

こうした数字の背後には、ひとりひとりの人間の苦しみがある。高額な医療費のために破産する家族、必要な治療を受けられない患者、保険金支払いを拒否され絶望する人々。数字だけでは語り尽くせない、深刻な現実がそこにある。

一方で、保険会社の利益は右肩上がりだ。ユナイテッドヘルスグループの2023年の純利益は、前年比18%増の204億ドルに達した。CEOの年収は3,000万ドルを超えた。ユナイテッドヘルスのCEOを殺害したルイージ・マンジオーニは、こうしたところに義憤を感じていたのだと思われる。

『邪悪な世界のもがき方 格差と搾取の世界を株式投資で生き残る(鈴木傾城)』

医療制度は保険会社の利益を守る仕組みへと変質

保険会社は、利益を最大化するためにさまざまな手段を講じる。そのひとつが、保険金支払いの遅延や拒否だ。複雑な手続きや細かい規定を設け、できるだけ支払いを避けようとする。患者にとっては命にかかわる問題でも、保険会社にとっては単なるコスト削減の対象なのだ。

また、保険料の高騰も深刻な問題だ。多くのアメリカ人にとって、医療保険は家計を圧迫する大きな負担となっている。中には、保険料が払えずに無保険状態になる人も少なくない。

皮肉なことに、もっとも医療が必要な人々が、保険に加入できないという状況が生まれている。

さらに、保険会社は政治への影響力も強めている。ロビー活動を通じて、自社に有利な法律や規制を作らせようとする。その結果、本来は国民の健康を守るべき医療制度が、保険会社の利益を守る仕組みへと変質してしまっている。

こうした状況の中、医療従事者たちも苦しんでいる。彼らは、患者の治療よりも保険会社との交渉に多くの時間を割かなければならない。本来なら患者のケアに集中すべき医師や看護師が、保険の事務作業に追われている。

「delay(遅延)」「deny(拒否)」「defend(防御)」「depose(追放)」

これは、請求の決定を遅らせ(delay)、請求を拒否し(deny)、自らの立場を積極的に守る(defend)という一連の対応を指している。保険会社が支払いを回避するための戦術なのだ。

トンプソン氏射殺事件は、こうした業界の闇が一気に噴出した結果だ。長年積み重なってきた怒りと絶望が、ついに暴力という形で表出した。この事件は、保険業界の根本的な改革が必要であることを、痛烈に物語っている。

『亡国トラップ-多文化共生- 多文化共生というワナが日本を滅ぼす(鈴木傾城)』

ユナイテッドヘルス【UNH】への投資は?

医療費の高騰は、とまる気配がない。新しい治療法や薬品の開発により、医療費は年々上昇している。これは、保険料のさらなる値上げにつながる可能性が高い。その結果、より多くの人々が保険に加入できなくなるという悪循環が生まれかねない。

政治的な不安定さも、問題を複雑化させる。民主党は無保険者削減を目指し、補助金の増額やメディケイドの拡大を推進してきた。しかし、一方で共和党は財政負担の増大や政府介入の拡大を懸念し、オバマケアの廃止や縮小を主張している。

ドナルド・トランプはオバマケアの撤廃を強く主張し、メディケイドを削減の対象と認識しているので、アメリカ人の医療費の増大は今後も避けられないはずだ。医療保険制度をめぐる政治的対立は、今後も続く。抜本的な改革が進まず、問題が先送りされる可能性が高い。

とすれば、保険業界への不信感はますます高まっていくだろう。

トンプソン氏射殺事件のような極端な形で表れないまでも、社会の不満は確実に蓄積されていく。保険業界の問題は一企業や一業界の問題ではなく、アメリカ社会全体の問題となっている。

とすれば、暴落しているユナイテッドヘルス【UNH】への投資に関しては、かなり注意しなければならないということになる。

ユナイテッドヘルスの基本的な事業基盤は強固であり、2025年の財務見通しでは、大幅な収益成長を予測、売上高4,500億ドルから4,550億ドル、調整後1株当たり純利益29.50ドルから30.00ドルを見込んでいる。

しかし、これは「請求の決定を遅らせ(delay)、請求を拒否し(deny)、自らの立場を積極的に守る(defend)という一連の対応」が機能しているときの予測である。今後、この姿勢が激しく糾弾されて機能しなくなったとき、これまで通りの収益成長が得られるのかは注意しなければならないことになる。

短期的にはユナイテッドヘルスへの投資は高いリスクを伴う可能性がある。長期的にはルイージ・マンジオーニの事件がどこまで尾を引くことになるのかで決まってくる。

もし、「遅延・拒否・防御」の姿勢が継続することができたとしても、それはそれでアメリカの社会問題となるわけで、ユナイテッドヘルスは深刻なジレンマに直面することになる。

個人的には、「遅延・拒否・防御」の姿勢を続けることは、短期的な利益を確保できたとしても、長期的には会社の評判を損ない、規制強化や顧客離れを招く可能性が高いのではないかと考えている。

ユナイテッドヘルスは、ブライアン・トンプソンの銃撃事件で、状況は一変している。

メルマガ
まぐまぐメディア・マネーボイス賞1位に3度選ばれたメルマガです。より深く資本主義で生き残りたい方は、どうぞご購読して下さい。最初の1ヶ月は無料です。

鈴木傾城のDarknessメルマガ編

CTA-IMAGE 有料メルマガ「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」では、投資・経済・金融の話をより深く追求して書いています。弱肉強食の資本主義の中で、自分で自分を助けるための手法を考えていきたい方、鈴木傾城の文章を継続的に触れたい方は、どうぞご登録ください。

アメリカ企業カテゴリの最新記事