米国株が下落している。この混乱は一過性のものか持続的なものか。一過性のものであれば「今回の下落は買い」となるし、持続的なものであれば「今回の下落は相場から降りるタイミング」となる。まず、インフレは収束するのかしないのかが大局を見る上での重要な要素となる。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
FRB議長の発言で株式市場大荒れ
2024年12月18日、米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長が記者会見で予想通り0.25%の利下げを実施したのだが、今後についてはタカ派的な姿勢を示したことで、ニューヨークの株式市場が大荒れとなった。
パウエル議長は、2025年の利上げ回数が市場予想を下回る2回にとどまるとの見通しを示し、さらに「新しい局面」に入ったと強調した。これを聞いて、2025年の利上げ回数を3〜4回を織り込んでいた投資家は激しく動揺した。
彼らはいっせいにリスク回避の姿勢を強め、株式の大量売却に走り、主要指数が軒並み急落する事態となった。
ダウ工業株平均は1,123ポイント下落し、2.6%安の42,326で取引を終えた。これは2022年9月以来最悪の下落幅だった。S&P500指数も2.9%安の5,872まで急落し、同じく2022年9月以来の最悪の一日となった。
テクノロジー株中心のナスダック100指数に至っては3.6%も急落し、21,209で取引を終えている。
Microsoftはマイナス3.76%、Amazonはマイナス4.60%、Teslaに至ってはマイナス8.28%と非常に大きな下落が目立つ。これは、一日で数十億ドルの時価総額が失われたことを意味する。
皮肉にも、CEOが射殺されて連日下げていたユナイテッドヘルス【UNH】は、テクニカル的に底打ちして2.92%上がっているのが目立つ。あとは血みどろだ。
この急激な下落は、投資家の不安と緊張が高まっていることを如実に示している。株式市場のボラティリティ指数であるVIX(恐怖指数)も急激に上昇し、27以上を記録したことからも、市場の不安定さが顕著に表れている。
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主要指数の急落と時価総額の蒸発
ダウ工業株平均の1,123ポイント下落は、パーセンテージにして2.6%の下落であり、これは、わずか一日で約1兆円以上の時価総額が失われたことを意味する。S&P500指数の2.9%下落も、同様に巨額の損失を示している。
特に注目すべきは、テクノロジー株の急落だ。ナスダック100指数の3.6%下落は、テクノロジーセクター全体に大きな打撃を与えた。衝撃的なのは、株式市場の主要7社が合計で6,000億ドル以上の時価総額を失ったことだ。これは日本円にして約90兆円に相当する。わずか一日でこれだけの富が消失した。
セクター別に見ても、全面安の様相を呈している。通常は守りのセクターとされる公共事業セクターでさえ下落している。
パウエル議長の発言が市場に与えた影響は、今の投資家にとっては単なる数字以上に深刻だったことが読み取れる。彼の「新しい局面」という言葉は、投資家たちのあいだに不安と混乱をもたらした。
これは、FRBの金融政策が、予想以上に長期にわたって引き締め基調を維持する可能性を示唆しているからだ。FRBがこのような判断をした理由は、主にインフレ率の高止まりが大きかったことに尽きる。
FRBはインフレ率を2%という目標値に安定させることを最優先課題としている。しかし、近年のインフレはエネルギー価格や労働市場の逼迫、供給網の問題など複数の要因で高止まりしている。この状況が続くのであれば、年に3度も4度も利下げできない。
アメリカでは依然として失業率が歴史的な低水準にあり、雇用市場は強い需要を示している。労働市場が過熱していると賃金上昇につながり、それがさらなるインフレ圧力を生む。これもまた、利下げできない要因となっている。市場の2025年の利上げ回数予想3〜4回は、実現しないかもしれない。
利下げが続くのであれば、利下げによって企業や消費者の資金調達コストが低下し、経済活動が活発化する。つまり株価が上がりやすくなる。逆に利上げになると、株式市場は下落に転じやすい。利上げによって企業や消費者の資金調達コストが上昇し、経済活動が抑制されるからだ。つまり株価が下落しやすくなる。
そのため、政策金利の見通しは、株価に大きな影響を与えやすい。今回の株価下落は、利下げが順調ではないことをパウエル議長が示唆したものなので、それを見越して、株式は売られたということになる。
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「一過性のものか持続的なものか」という点
この状況は、株式市場だけでなく、為替市場にも大きな影響を与えている。
米ドル指数(DXY)は1.2%上昇し、2022年11月以来の最高値を記録。これは、他の通貨に対するドルの強さを示している。しかし、この急激なドル高は、米国企業の海外での競争力を弱める可能性がある。
また、ドル高の継続は、新興国経済にも大きな打撃を与える可能性がある。ドル建て債務の返済負担が増加し、資本流出のリスクも高まる。これは、グローバル経済の不安定性をさらに増大させる要因となりうる。
さらに、金やビットコインといった代替資産も大きく下落した。金は2.1%下落し、ビットコインに至っては5.5%も下落している。これは、投資家たちがリスク資産全般から逃避していることを示している。
問題は、この市場の混乱は「一過性のものか持続的なものか」という点だ。
一過性のものであれば「今回の下落は買い」となるし、持続的なものであれば「今回の下落は相場から降りるタイミング」となる。FRBはインフレの動向を見て、来年の動きを調整するのだと思うが、それではインフレは収束するのかしないのかが大局を見る上での重要な要素となる。
どちらに触れるのかは、私自身は予測しない。
もし、最悪のケースを考えるのであれば、2025年もインフレが収束しないどころか上昇してしまうことであり、そうなった場合は不確実性がさらに高まって株式市場のボラティリティは極端になっていくことになるのだろう。
やっかいなのは、2025年からトランプ政権ver.2が始まって、政治的にも不確実性がより顕著になっていくことだ。状況は二転三転して、そのたびに相場は乱高下に巻き込まれる確率が高いように思える。
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株価の調整リスクが高まる可能性は十分にある
私自身の意見については、メルマガでも触れたとおりだ。
投資家を地獄に突き落とす社会現象まとめ〜2025年はフルインベストするな
https://www.mag2.com/p/news/631948
現在のS&P500指数は、さまざまな指標から見るとバリュエーションが高い水準にあると評価されている。もっとも一般的なバリュエーション指標である株価収益率(PER)に注目すると、S&P500の現在のPERは過去の長期平均を上回る水準に位置している。
S&P500指数の12ヶ月先予想PERは24.82倍で、これは過去65年間(1965年から2023年まで)の長期平均リターン10.7%を大きく上回っている。直近の市場予想PERは22倍台に達しており、これは割高圏でもある。
シラーPER(CAPEレシオ、10年移動平均の実質利益を用いたPER)でも、S&P500のバリュエーションは歴史的な高水準にあることが確認できる。2024年12月1日時点のS&P500のシラーPER(CAPEレシオ)は38.02だった。これも過去平均の約17倍と比較すると、かなり高い水準にある。
バフェット指数についても、100あたりが適正なのに200を超えて投資家全体が多幸感(ユーフォリア)に浮かれているのも見て取れる。さらに、株価純資産倍率(PBR)も5.3倍の高水準を記録している。通常は2.85倍くらいなのだから、かなりの高水準だ。2000年3月のITバブル期以来の高水準でもある。
総合的に見ると、S&P500は歴史的な平均やさまざまなバリュエーション指標から見て、あきらかに高い水準にある。このような状況では、利上げや景気減速といった要因が加われば、株価の調整リスクが高まる可能性は十分にある。
それならば、2025年は強気になって買いまくるのではなく、逆に慎重に動いたほうがいいのは自明の理である。2024年12月18日のパウエル発言は、ユーフォリアに湧く投資家に冷や水を浴びせた格好なのだが、2025年はこの比ではないくらいの衝撃的なことが次々と起こるだろう。