Googleが発表した最新の量子コンピューターチップ「ウィロー」は従来のスーパーコンピューターで「10の25乗年」を要するとされていた計算をわずか5分で処理できる。この発表後、投資家は沸き立った。間違いなくこの分野からテンハガーが生まれるはずだ。しかし、リスクもある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
10の25乗年かかる計算を5分で処理?
現在、ハイテク業界はAI(人工知能)によるイノベーションで、社会を大きく変えようとしているのだが、それとは別に新たなイノベーションが実用化に向けて着々と進んでいる。
量子コンピューターのことだ。
そもそも量子コンピューターとは何か。従来型のコンピューターは、「0」と「1」の2進数を用いてデータを処理するという基本的な仕組みに依存している。一方で、量子コンピューターは量子ビットを使用し、「0」と「1」だけでなく、その中間状態も同時に扱うことができる。
この特性により、従来型のコンピューターでは不可能だった膨大なデータ処理や複雑な計算が可能になる。
その威力を象徴するのが、Googleが発表した最新の量子コンピューターチップ「ウィロー」である。このチップは、従来のスーパーコンピューターで「10の25乗年」を要するとされていた計算をわずか5分で処理できるという。
この発表後、投資家は沸き立った。このような進展は、科学技術分野だけでなく、経済や社会全体に多大な影響を及ぼす可能性を秘めている。Googleの株価は約5%上昇し、量子コンピューターへの注目度がさらに高まっていった。
医薬品の開発、気候変動の予測、金融モデリングといった分野では、複数のパラメータを同時に解析する能力が求められる。量子コンピューターは、これらの複雑な問題に対して、従来の方法では達成不可能だったスピードと正確さで解決策を提示できる。
とはいえ、量子コンピューターの実用化は、まだまだ始まったばかりであり、この技術が一般社会に降りてくるのは来年、再来年の話ではない。もっと先だ。
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量子コンピューターが抱える問題点とは?
現在、量子コンピューターはエラー率の低減という課題に取り組んでおり、Googleの「ウィロー」はこれを克服する新たな一歩を示した。
このチップは量子ビットを効率的に集積することに成功しており、従来の技術を大幅に超える精度を実現している。30年間にわたる研究の壁を打ち破ったこの成果は、量子コンピューターがいかに進化しているかを象徴するものだ。
量子コンピューターの性能を支える技術のひとつが「クライオスタット」である。
これは、超微細な粒子の挙動を制御するために必要な超低温環境を提供する装置で、MRIやリニアモーターカーにも応用されている。しかし、この冷却技術の維持には莫大なエネルギーが必要であり、コスト面での課題も依然として残っている。
問題は、超微細な粒子の挙動を利用するという性質上、外部からのノイズや温度変化に非常に敏感であることだ。
量子コンピューターを正常に動作させるためには、超低温環境が不可欠だ。この環境を維持するために使用されるクライオスタットは、量子コンピューターの性能向上に寄与する一方で、その導入コストと運用コストが課題となっている。
また、量子コンピューターの応用範囲は非常に広いが、そのすべてが現段階で可能というわけではない。エラー補正技術がまだ不十分で、計算結果に信頼性を持たせるのが難しい。そのため、大規模な化学シミュレーションや金融リスクモデリングなどは、現行の量子コンピューターでは対応できない。
もうひとつ、難しい問題が浮上している。量子コンピューターが持つ計算能力は、暗号技術の安全性を脅かす可能性がある。現在使用されている暗号アルゴリズムは、従来型のコンピューターでは解読不可能とされているが、量子コンピューターの力を借りれば数分で解読される可能性がある。
その瞬間、何が起こるのかというと、通常の暗号技術は簡単に解読され、銀行口座やクレジットカード情報の暗号も突破され、暗号化されているはずの個人メールやメッセージも解読されてプライバシーが完全に失われる。
さらに、電力網や交通システムなどのインフラが解読され、混乱や停止を引き起こす可能性もある。
そのまま従来のコンピューターから量子コンピューターに移行してしまったら、一瞬にして現在の社会が崩壊する。まず、新たな暗号技術の開発が必要となるのだが、今はまだ量子コンピューターへの準備は整っていない。
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量子コンピューター関連の投資先
ただ、量子コンピューターの時代は、かならずやってくる。量子コンピューターがもたらす技術革新の規模を考えれば、投資対象としての魅力は明白である。量子コンピューター関連としての投資先は、以下のような企業がある。
まずは、IBM【IBM】だ。この企業は量子コンピューティング技術のリーダー企業であり、「IBM Quantum」として商用量子コンピューターサービスを展開している。すでに世界初の商用量子コンピューティングネットワークを構築し、多くの企業や学術機関と提携している。
次に、Alphabet【GOOG】だ。量子コンピューティング研究部門「Google Quantum AI」を通じて量子技術を推進しており、「ウィロー」で世間の度肝を抜いた。
新興企業としては、D-Wave Quantum【QBTS】がある。世界ではじめて商業用量子コンピューターを販売した企業として知られている。すでに多くの企業や研究機関に量子コンピューターを提供しており、これらの技術は金融、製造、エネルギー、物流、医療など幅広い分野で試験的に使用されている。
IonQ【IONQ】(アイオンQ)という企業もある。イオントラップ技術を採用しており、原子イオンを量子ビットとして利用する方式を取っている。この方式だと、量子コンピューターの課題となっているエラー率が低いとされている。IonQの量子コンピューターは、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureなどのクラウドプラットフォームを通じて利用可能で、多くの研究機関や企業が試験的に使用している。
Rigetti Computing【RGTI】という企業もある。量子コンピューターの設計・製造を手掛ける企業で、ハイブリッド量子クラシカルコンピューティング技術で注目されている。米国政府と契約し、クラウドベースの量子サービスが事業の柱となっている。
大穴は、今や知らない人がいないほど超有名企業に成り上がったNvidia【NVDA】かもしれない。GPU設計で有名だが、量子コンピューターのシミュレーション技術やソフトウェア開発ツールを提供し、「CUDA Quantumプラットフォーム」で量子アルゴリズムの開発を支援して、着々と次世代にも備えている。
意外なところでは、軍事企業としても知られているHoneywell International【HON】がある。ハネウェルも最先端に抜かりなく投資しており、量子コンピューター開発に取り組む「Quantinuum」を所有している。
メガテックでAlphabet【GOOG】と共に、量子コンピューター関連でも熾烈な戦いを繰り広げそうなのが、Amazon【AMZN】とMicrosoft【MSFT】である。両者とも、超巨大クラウドを運営し、量子コンピューター分野でも着々と実績を積み上げている。
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間違いなくこの分野からテンハガーが登場する
アメリカの巨大ハイテク企業は、AIの分野で激しく覇権を争っているのだが、イノベーションはAIで終わりではなく、ロボットから量子コンピューターまで、次のイノベーションが目白推しである。
量子コンピューターまで到達すると、社会の進化は想像を絶するものとなっていくだろう。私は、現代の米国ハイテク企業については、株式市場のボラティリティやFRBの金利動向なんか関係なく、強気でいいと考えている。
しかし、量子コンピューターの分野への投資には、今のところリスクも伴うというのも事実だ。
実用化にはまだ時間がかかり、多くの課題を解決していかなければならない。技術開発には莫大な資金が必要で、収益化までの道のりが長い。どの技術が将来の主流になるかが決まっていないため、投資判断も難しい。
量子コンピューターの動作には特殊な環境(低温装置など)が必要で、コストが高い。さらに、量子コンピューターが普及する前に、別の革新技術が登場する可能性すらもある。要するに、この分野はまだ黎明期にあり、不確実性も多い。
そう考えると、Googleが発表した量子コンピューターチップ「ウィロー」によって盛り上がりつつある業界ではあるが、ここに投資するのはバクチ的な要素が加わることは否めない。
ただ、間違いなくこの分野からテンハガー(投資した株式の価格が10倍になる株式)が登場してくるだろう。そういう意味でも、注目に値する分野であるともいえる。
ただ、EV(電気自動車)の分野でもそうだったが、一時的に注目されながらも経営的に失敗する企業は山ほどある。「ファラデー・フューチャー」「ロッズタウン・モーターズ」「ニコラ・コーポレーション」などは、期待されながらも財政問題・安全性問題・遅延問題などで轟沈していった。
同じことが量子コンピューター関連企業でも見られるだろう。高い成長性が期待されるが技術的に困難が待ち構えている分野においては、複数の選択肢に分散投資をおこない、冷静な判断をくだすことが成功への鍵となる。
「投資は利益を追うだけでなく、リスクとどう向き合うかで結果が変わる」という教訓がある。量子コンピューター関連も、リスクと向き合わなければならない分野であるのは間違いない。