世界最大のヘッジファンドの親玉ともいえるレイ・ダリオは、従来の国債や社債などの債務性資産を敬遠し、ゴールドのような実物資産、いわゆる「ハードマネー」へのシフトを投資家に提唱している。これは、ゴールドの価格が上昇する期待を狙っているわけではない。むしろ、防衛的姿勢からきている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
主要経済国のほとんどが債務問題の増加に直面
世界最大のヘッジファンド『ブリッジウォーター・アソシエイツ』は、その運用資産総額が数十兆円規模にのぼるとされる。
創業者のレイ・ダリオは、一見すると柔和な語り口ながら、世界経済の潮流を鋭く把握し、正確な予測を打ち出す能力で知られている。そんな彼が今、主要経済国の債務問題の深刻化に強い警告を発しているのは周知の事実だ。
かつては先進国を中心と考えられてきた莫大な借金の重荷も、今では新興国までもが背負い込み、国際的な規模で膨張し続けている。ダリオは、この膨れ上がる債務が「将来的に金融秩序を揺るがす火種となる」と断定している。
国債の大量発行や政策金利の上昇、通貨に対する信用の喪失、その結果としてのドルの下落リスクまで勘案すれば、景気の見通しが脆弱な局面で利払い負担が増大し、各国政府も企業も家計も、いずれ過剰な返済の宿命を背負う可能性が高まるとレイ・ダリオは見ているようだ。
各国が財政余力を失い、紙幣増刷による一時的なカバーに頼る局面が増えれば、インフレや通貨価値の希薄化が避けられない。ダリオはこうした通貨面のリスクが国民生活や金融市場へ深刻な影響を及ぼすと警戒している。
たとえばアメリカの場合、リーマン・ショック後から積み上がった公的債務は今なお減少の兆しが見えず、ヨーロッパでも域内各国の財政不安がくすぶり続けている。金利がわずかに揺れるだけで市場が大きく振れるのは、膨大な債務構造が根底にあるからだ。
ダリオは投資家としての観点から、この過剰な借金が世界の共通課題としてのしかかり、各国の政策判断ひとつで金融市場が大きく変動する危ういバランスに私たちは立たされているのだと冷徹に評する。
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負債資産を避けて「ハードマネー」に投資
金利上昇局面では政府や企業が負担する利払い額が急増し、財政や経営のリスクが顕在化する。国際機関も各国の債務対GDP比の伸びに強い懸念を示し、次の金融危機が起きる可能性を暗示している。
「債務の重みこそが、現代の世界経済において、取り返しのつかない混乱を引き起こす要因になる」
かつては楽観的に見られてきた「債務も成長で吸収できる」という考えかたが、いまや崩れつつある。こうした事実から、レイ・ダリオは従来の国債や社債などの債務性資産を敬遠し、ゴールドのような実物資産、いわゆる「ハードマネー」へのシフトを投資家に提唱している。
これは、ゴールドの価格が上昇する期待を狙っているわけではない。むしろ、いかなる政策が取られようとも資産そのものの価値がゼロにならない「物的裏づけ」を重視する防衛的姿勢からきている。
通貨が政策によって増刷され、インフレや為替レートの変動にさらされる現代では、純粋な実物資産としてのゴールドが再評価されるのは、ある意味、理に適った流れでもある。
多額の債務を抱えた各国が、いずれ紙幣を増刷し続けて返済を軽減しようとするなら、その余波をもっとも強く受けるのは債券保有者だ。金利が上昇すれば債券価格は下落し、インフレが加速すれば債券による実質リターンも毀損される。
それだけでなく、株式資産も金利の上昇によって大きな下落の危険性を抱えることになる。高い金利が安全に稼げる環境になったら、変動リスクのある株式市場に投資したくなくなるのが投資家の心理でもある。
紙幣の増刷が、インフレ、債券の毀損、株価の崩落を引き起こす。一方、ゴールドはインフレや通貨下落の局面でもその名目価格が上振れる傾向があるため、「最後の砦」として機能しやすい。
ダリオが「ハードマネー重視」を語る背景には、金融システムの脆弱化と債務拡大が同時進行する中で、確固たる安全弁を確保しておく必要性を痛感しているからにほかならない。
1970年代のオイルショック期には激しいインフレとともに金が高騰し、リーマン・ショック後にも「逃避先」として金の需要が増した。歴史的に見ても、金融危機や地政学的リスクが顕在化するたびにゴールド価格が急伸する場面が幾度となく観測されてきた。
それら過去の事例を踏まえ、ダリオが今もなお「債券や債務資産から距離を置き、ハードマネーを重視せよ」と説くのは、彼の歴史観に基づく揺るぎない投資スタンスの証左である。
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レイ・ダリオが考える「世の中を動かす大きな力」
レイ・ダリオは世界を理解するための枠組みとして、「世の中を動かす大きな力」を五つ挙げている。すなわち、
1. 金融・経済
2. 国内秩序
3. 国際世界秩序
4. 自然現象
5. テクノロジー
である。これらは互いに密接に絡み合いながら歴史のサイクルを形作り、現在の混沌とした世界情勢を深く規定しているとダリオは考えている。
単に株価や金利といった数値指標だけを見ても、本質を見誤る危険性があるというわけだ。なぜなら、人類社会は経済要因だけで動いているのではなく、政治や社会構造、自然環境、さらにはイノベーションといった多角的な力が複合的に影響し合う場だからである。
第一の金融・経済は、ダリオの専門領域としてもっとも注目を集める。経済成長の好不況に連動して信用や債務が拡大・収縮を繰り返すサイクルは、歴史上何度も同じ軌跡を描いてきた。
そして、その反動が大きな経済危機や通貨価値の変動をもたらすのは周知の通りだ。いま世界経済が抱える巨額の債務は、まさに「このサイクルの終盤を示唆している」とダリオは読む。
第二に国内秩序。所得格差の拡大や価値観の衝突が表面化すると、政治体制が揺れ、社会の安定が脅かされる。ダリオは富の偏在が国内対立を深めると指摘しており、いかに大きな金融政策や財政出動をおこなったところで、社会が分断されれば全体の活力は失われると断言する。
第三の国際世界秩序では、米中関係がまさに典型例として挙げられる。大国間の競争や貿易摩擦は、いずれ通貨や資金フローに影響を及ぼし、世界規模で産業構造を揺さぶる。覇権国と新興大国のパワーバランスが大きく変化する時代には、紛争や保護主義の台頭など、混乱が起きる可能性が一気に高まる。
第四の自然現象としては、気候変動、感染症、自然災害など、人間のコントロールを越えた事象が挙げられる。実際、新型ウイルスの世界的流行が経済をいかに不安定にし、社会システムに甚大な影響を与えたかは記憶に新しい。ダリオはこれらのリスクを無視しては、国際的な秩序を語れないと警鐘を鳴らす。
そして第五にテクノロジーの力。新技術の誕生や情報革命は、短期間で社会構造を一変させる威力を持つ。イノベーションがもたらす富や利便性は大きいが、その陰で既存の雇用や産業が破壊されることもある。こうして生じた新旧の対立や格差が国内秩序や国際競争へ波及するのだ。
これら五つの「大きな力」が絡み合うことで歴史の大きな波が形成され、その波を見誤れば投資家や政策決定者のみならず、社会全体が大きなツケを払わされる。ダリオの主張はまさに、金融界の叡智を超えた包括的な歴史観と未来洞察に根差したものであるといえるだろう。
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今後の4年はなかなかハードな年になるのか?
レイ・ダリオはトランプ政権の誕生を受け、「世界はより利己的な、ジャングルの掟のような世界へ向かおうとしている」と懸念を示している。その背景には、保護主義や国家間対立がエスカレートする趨勢への強い懸念がある。
トランプ政権の掲げた「アメリカ・ファースト」というスローガンは、短期的には国内一部の支持を集める一方、貿易戦争を引き起こし、同盟国との関係を揺るがし、さらには世界経済を不安定化させる要因となる。
米中間の関税合戦や国境をめぐる摩擦は、多くの企業のサプライチェーンを分断し、グローバル市場に衝撃を与えたのは記憶に新しい。
ダリオは、このように利害対立が深刻化すれば、協調よりも相互不信が先立ち、最終的には「弱肉強食」の様相を帯びると批判する。
国債の大量発行や財政赤字の拡大、政策金利の上昇といったアメリカの動きは、従来であればドル高を招きやすい構図だが、同時に米国離れや対外不信も引き起こしてドル下落を誘発しかねない。
つまり、トランプ政権下の米国は短期的景気刺激策に傾斜する一方で、長期的には債務負担の増大と貿易相手国の離反リスクを抱え込む不安定な立場にあると、ダリオは冷ややかに見つめている。
減税策やインフラ投資拡大などの施策は、一見すると企業の収益向上に資するように思われる。しかし、それが国債発行による財源確保に依存している以上、経済成長が予定どおり進まなければ債務返済の足かせが増幅する。
利払いが膨れ上がり、連鎖的に景気後退を引き起こすリスクが現実味を帯びる。こうした「国債依存型経済」は、ダリオが常々指摘する「債務サイクルの終焉」を加速させる危険をはらんでいる。
また、トランプ政権の保護主義的な姿勢は、国際秩序の基盤を揺るがす。米中間の摩擦が激化すれば、各国は自国主導のブロック経済を模索し、関税や輸出規制を武器に相手を封じ込めようとする。
そうなればグローバル市場は分断され、世界貿易が伸び悩むばかりか、外国為替市場や資本移動も不安定化し、国際的な成長力が失速してしまう。ダリオは、これら保護主義の波が高まるほど、大国同士の競争はやがて国防や通貨覇権にまで波及し、取り返しのつかない衝突を招きかねないと警告する。
こうした混乱の根底には、ダリオが述べる五つの大きな力の相互作用がある。国内格差や社会分断、国際覇権の移ろい、自然環境の脅威、テクノロジーの変革……。それらすべてが複雑に絡み合い、トランプ政権の強引な政策運営によって一気に増幅されていくのだろう。
世界最大のヘッジファンドを率いる投資家が「ジャングルの掟」と断ずるほど、今の国際社会は不透明で危うい局面を迎えている。レイ・ダリオは、その先に待ち受けるのはさらに大きな金融危機か、あるいは新たな地政学的衝突かもしれないと示唆している。
世界最大のヘッジファンドの親玉がそう考えているのだから、今後の4年はなかなかハードな年になるのを覚悟しないといけないのかもしれない。