NVIDIAの狙いは、AI技術を汎用的かつ実用的な形で社会の深部へと浸透させ、その中核としてNVIDIAの半導体に依存させることにあると私は見ている。このプラットフォームが社会に組み込まれると、もうNVIDIAを除外することができなくなる。まさに、究極の「囲い込み」だ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
CES2025で示されたNVIDIAの新世界
ラスベガスに集結した世界中のビジネスリーダーたちを前に、NVIDIAのCEOジェンスン・フアンがCES2025で舞台に立った。そこで彼は、新世代GPU「RTX Blackwell」ファミリーという革新的な製品を見せ、AIとゲームの融合を強調した。
印象的だったのは、従来のGPUの性能進化だけにとどまらず、ジェンスン・フアンは生成AIのさらなる可能性について言及していたことである。とりわけ、人々の興味を惹いたのは自動運転AIかもしれない。
自動車が最大の輸出品である日本にとって見過ごせないのは、「すべての車が自動運転になる」というビジョンだろう。自動運転AIは、カメラ、LiDAR、レーダーなどのデータを処理し、経路計画や障害物の回避をおこない、車両を操作し、現実の交通状況を完璧に模倣する。
フアン氏は「近い未来に道路を走る車の多くが、自律的に走行する新たな時代が到来する」と語っている。ここで出遅れたら日本は、ますます凋落する。
自動運転技術の研究開発が以前から世界的に進められてきたとはいえ、NVIDIAのCEOが、その広範囲な普及を具体的に示唆したのは、自動運転が一般化する未来がかなり近いことを示唆しているようにも見えた。
そして、この自動運転市場への参入をさらに鮮明に示すかのごとく、NVIDIAはトヨタとの提携を発表し、次世代車に先進運転支援システム(ADAS)のための半導体を供給することをあきらかにした。
具体的には、トヨタ自動車の複数の車種にNVIDIAの「Thor」チップとソフトウェアを搭載し、高度な運転支援システムによって走行できるようにする計画である。
「Thor」は、前世代のOrinに比べ、処理能力が20倍に達するという驚異的な能力向上を果たしている。かねてより自動運転や先進運転支援システムは高い演算ニーズを求めていたが、NVIDIAはそれに応えてきた。
Thorチップは、AI推論や自動運転車両、ロボティクス、エッジコンピューティング向けに設計された高性能なシステムオンチップ(SoC)で、レベル2+からレベル5の自動運転まで対応可能なスケーラビリティを提供する。レベル2は部分運転自動化だが、レベル5は完全運転自動化である。
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NVIDIAの計り知れない底力を感じさせた
ジェンスン・フアンはAIエージェントの未来に関しても、AIが「生成AI」から「エージェンティックAI」へと進化する過程を示し、未来の社会ではAIが人々の代理で行動を担うという新たなステージが目前に迫っていることを語っている。
これらの発言は既存のデジタルサービスの枠組みを越え、あらゆる産業や生活の場面にAIが浸透する可能性を雄弁に示している。その中核を支えるのが、今回発表された新世代GPUと、それを取り巻く高度なソフトウェア・スタックである。
ジェンスン・フアンは、新しいAIコンピュータとして、「Project DIGITS」を発表している。デスクトップサイズながら強力なAI処理能力を持つというコンパクトなマシンは、個人的にも興味深い。
デスクトップでクラウドに依存せずに高度なAIモデルのプロトタイピングやファインチューニングを可能にする。Project DIGITSは最大2,000億パラメータの大規模AIモデルを単体で実行できるのだが、2台をリンクさせると最大4,050億パラメータのモデルにも対応することになる。
学術研究からエッジコンピューティング、そしてゲーム開発に至るまで、多種多様なシーンでのAI活用を支えることになる。
AIモデルの訓練を含む膨大な計算リソースが必要とされる現場において、コンパクトでありながら高い処理能力を誇るこのマシンは、一種の革命的存在として迎え入れられるはずだ。
もうひとつ、物理AI基盤モデル「Cosmos」の発表も大きな注目を浴びていた。
「Cosmos」は認知や言語処理にとどまらず、物理的な動きや自然法則を理解・再現できるAIなのだが、これはロボット工学やシミュレーション分野での活用が期待されると同時に、NVIDIAが提唱する生成物理AIの中心となる。
仮想空間においても実世界においても、より正確な動的シミュレーションが可能となり、新次元の産業革新がもたらされる。
今、想像を絶せるスピードでAIが時代を変えようとしているのだが、その最先端に立つNVIDIAの計り知れない底力を感じさせたのが、今回のCES2025のジェンスン・フアンの基調講演だった。
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総合AIソリューションプロバイダへと進化
このCES2025での発表を通じて垣間見えるNVIDIAの狙いは、AI技術を汎用的かつ実用的な形で社会の深部へと浸透させ、その中核としてNVIDIAの半導体に依存させることにあると私は見ている。
NVIDIAは、単にGPUの性能向上を追求しているだけではない。AIモデルの訓練から推論、そしてロボットや自動運転などの実世界のタスク遂行までを、ワンストップで網羅するプラットフォームの構築に力を注いでいる。
いったん、このプラットフォームが社会に組み込まれると、もうNVIDIAを除外することができなくなる。まさに、究極の「囲い込み」だ。
もちろん、この囲い込みを完全なものにするために、NVIDIAはどこよりも早い演算性能を追求していく必要がある。
AIが広範囲に使われるようになっていけばいくほど、データは多様化し、膨大になっていく。自然言語や画像、動画はもちろんのこと、現実世界のセンサーが生み出す膨大なリアルタイム情報、さらにはシミュレーションの中で得られる仮想データまでもがデータとして入ってくる。
これらをまとめて処理し、使いこなすには、今よりもさらに早く高度な並列演算性能と柔軟なアーキテクチャが必須となる。
それは、まさにNVIDIAが得意とする領域だが、そこに加えてNVIDIAはカスタマイズ性の高いソフトウェアスタックと、クラウドサービスとの連携をスムーズに行うエコシステムをも構築している。
NVIDIAは、ハードとソフト、そしてサービスを一体化することで、単なる半導体メーカーから総合AIソリューションプロバイダへと進化を遂げているのだ。
2025年は「生成AI」から「AIエージェント」への移行が本格的に始まるが、自律的に学習し、人間の代理で意思決定や行動をおこなうエージェントが普及すれば、計算資源やアルゴリズムの需要はますます膨れ上がり、NVIDIAのハード・ソフトは必須となっていく。
その需要に応えられるだけの装置やサービスを、NVIDIAは自社のテクノロジー群によって提供可能と見込んでいる。
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NVIDIAはそれを乗り越える能力がある
投資家の視点から見たとき、NVIDIAという企業は魅力に満ちている。AIとGPUの需要が爆発的に高まりつつある状況下で、同社の製品は幅広い産業で不可欠な存在として地位を確立しているからだ。
高い利益率を誇るデータセンター向けGPUは、クラウド事業者や研究機関、そして急成長するスタートアップに至るまで、幅広い顧客層を抱えている。さらに、ゲーミング向けGPUの市場でも、RTXシリーズを軸に人気を得続けてきた実績がある。
今回の「RTX Blackwell」が示すように、新アーキテクチャのたびにゲーマーやコンテンツクリエイターから強い支持を集め、発売と同時に市場に大きな衝撃を与える展開が続いている点は注目に値する。
もちろん、投資家目線で見ると、新技術の登場、政治的リスク、地政学的リスク、サプライチェーンの混乱など、NVIDIAの株価に悪影響を与える要素は多岐にわたる。
2025年は特に政治的リスク・地政学的リスクがクローズアップされ、ボラティリティは非常に大きいはずだ。
しかし、NVIDIAはさまざまな悪影響を乗り越える能力がある。
今回のCES2025の製品発表でもあきらかとなったように、NVIDIAは単なるデータセンター向けのGPUの販売だけでなく、AIコンピュータ「Project DIGITS」をはじめとする小型・高性能な装置や、車載プロセッサ「Thor」のような専門領域向け製品群などに展開を広げている。収益源の多角化が一段と進み、事業を安定化させる。
これに加えて、自社が保有するソフトウェア・フレームワークやライブラリ、開発者向けツールなどは、すべてNVIDIAプラットフォームでの継続的な利用を促進し、競合他社を寄せつけない「囲い込み」の戦略を機能させている。
結果として、NVIDIA株への投資は急成長市場の波を捉える格好の手段となり、長期的に見ても大きな魅力を放っていると分析される。株価のボラティリティは高いものの、業界の最新トレンドや技術動向を踏まえれば、NVIDIAの市場支配力は簡単には揺るがないという見方が多い。
2025年もNVIDIAは世界最強の技術企業として君臨するだろう。