
石油価格はしばしば地政学的な要因に左右される。エクソンモービルは特にその筆頭で、上流部門の収益力は原油価格に大きく連動するため、世界的な経済情勢や地政学リスクの影響をダイレクトに受ける。さらに石油ビジネスは化石燃料に対する逆風もあったりする。難しい投資だ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
エクソンモービルの現在の状況
エクソンモービル【XOM】は、石油業界の代表ともいえる企業である。その歴史は19世紀後半のスタンダード・オイルにまで遡り、幾重もの合併と変遷を経て、現在では世界最大級の総合エネルギー企業として君臨する。
スタンダード・オイルの創業者は言わずと知れたジョン・ロックフェラーなのだが、エクソンモービルはすでに「ロックフェラーの企業」ではない。
ロックフェラーの一族は持続可能なエネルギーや環境保護に強い関心を持っており、すでに化石燃料への投資は中止している。そして、「地球温暖化のリスクを認識しながらも、その影響を過小評価する情報を流布していた」として、石油ビジネスに邁進するエクソンモービルを激しく批判している。
しかし、エクソンモービルは石油に一貫した姿勢を貫いており、あくまで石油の探鉱・生産・精製から化学品製造までの一貫したバリューチェーンを武器に、世界市場における強固な地位を維持していこうとしている。
エクソンモービルの株価は基本的に波乱含みだ。
原油の価格変動リスクは、つねに不規則に動く。2020年前後に大きく揺らいだ石油需要の落ち込みから、世界的な景気回復とともに原油相場が反転すると、同社は強力なキャッシュフローを取り戻しりした。
石油と共に噴き出すシェールガスもエクソンの重要な開発物資なのだが、これもやはり価格変動は不規則である。石油とまったく同じで、需要と供給の不均衡、技術革新、地政学的リスク、環境政策など、多様な要因によって極端に揺れ動く。
ロシアや中東諸国など、天然ガスの主要生産国との競争や地政学的リスクが価格に大きな影響を与えるのも、やはり石油とまったく同じである。

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「掘って、掘って、掘りまくれ」
エクソンモービルの現在の財務状況は安定している。短期的な負債支払い能力にも問題がなく、過度な負債に依存するようなことにはなっていない。投資家も同社の現在の収益性を一定程度信頼しているのは、株価が業界平均や市場全体と比較して適度な範囲にあることで読み取れる。
ただ、いくつかの課題も浮き彫りになっている。
株価収益成長率(PEGレシオ)は3.32と高く、成長率を考慮した場合には現在のエクソンの株価は割高と見なされる可能性がある。これは、同社の将来の収益成長見通しに対する市場の懸念を反映しているといえる。
業績の推移を見ると、2020年には赤字を計上したが、2021年以降は収益性が回復し、2022年にピークを迎えた。しかし、2023年にはEPS(1株当たり利益)および売上高が減少していた。
これは、エネルギー市場の変動や需要減少がその要因と考えられる。特に、2023年の売上高は前年比で減少していた。中国の成長鈍化やロシア・ウクライナの戦争の影響が波乱要素となるが、2025年は中国の成長鈍化がエクソンモービルの成長を苦しめるかもしれない。
もっとも、エクソンの問題はビジネスそのものよりも、化石燃料に対する世間の評価にある。再生可能エネルギーへの移行が世界的に進む中で、化石燃料依存型のビジネスモデルが持続可能性に欠けるとの指摘があり、これにどう対応するかが重要な課題となる。
幸か不幸か、トランプ大統領はロックフェラー一族と違って持続可能なエネルギーや環境保護なんかにはまったく関心がない。
第一期では石炭産業の復活や石油・天然ガスの生産拡大を目指し、公共の土地での採掘許可を拡大し、第二期でもエネルギー政策は「掘って、掘って、掘りまくれ」(”Drill, baby, drill”)である。
石油ビジネスはトランプ時代には、政策的に追い風が吹く可能性がある。石油ビジネスに邁進するエクソンモービルにとっては、非常に優位な環境となっていると見ることができる。

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エクソンモービルと業界全体の構造
ウォーレン・バフェットはオキシデンタル石油に莫大な投資をしているのだが、今のところは投資から利益を出していない。石油ビジネスへの投資の難しさは、この業界の投資は「石油価格」と「化石燃料の逆風」というふたつの「読めない風」に翻弄されるからである。
たとえば、石油価格はしばしば地政学的な要因に左右される。エクソンモービルは特にその筆頭で、上流部門の収益力は原油価格に大きく連動するため、世界的な経済情勢や地政学リスクの影響をダイレクトに受ける。
最近の実例を上げると、2025年1月10日はバイデン政権が、ロシアが石油の輸出で制裁逃れに使っている「影の船団(タンカー183隻)」を新たな制裁対象にしたことで、ふたたび石油価格が上昇している。
影の船団とは、ロシアが石油を輸出するために使用しているタンカー群であり、その多くは制裁を逃れるために運航記録を偽装したり、旗国を変えたりするなどして、第三国を経由して石油を輸出するための裏ルートとして機能していた。受け取りは、中国、インド、中東諸国である。
こうした地政学的な動きは石油価格を動かすのだが、突発的かつ予想外なものであり、投資家があらかじめ予測できるものではない。当然、こうした動きが将来のエクソンモービルの売上や株価に反映されるのだが、それは「読むことができない」ものだ。
化石燃料にしても、トランプ政権は石油・石炭には好意的だが、世界の指導者の大半はそうではなく、トランプ政権に対する風当たりは非常に強い。トランプ政権が4年後に終わったあと、今度はふたたび再生エネルギーや環境保護が巻き返しに図るのは目に見えている。それほどまで、化石燃料は嫌われているともいえる。
石油メジャーも、「しかたなく」再生可能エネルギーなどの新技術への取り組みを強化している。だが、実際に売上や利益の大部分を占めるのは依然として化石燃料事業であり、その転換は容易ではない。
エクソンモービルも先進的な脱炭素プロジェクトを進めると発表しているが、容易ではないだろう。
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安定配当と石油メジャー特有リスク
投資家の視点からエクソンモービルを評価するならば、その巨大な経営規模と安定配当、そして石油・ガス事業の強靭な収益力は、大いなる魅力といえる。ただし、原油価格の乱高下や地政学リスク、脱炭素による逆風など、石油業界特有のリスクがいつでも投資家に襲いかかるのは覚悟すべき問題でもある。
特に読めない石油価格の変動は投資家に大きなストレスになるはずだ。株価のボラティリティという面から見ても、エクソンモービルは石油価格と連動する動きを見せることが多い。
市況が好調なときには大幅な上昇が期待できる反面、市況が冷え込めば急落する危険性がある。業績と財務基盤は極めて強固だが、それも「世界経済全体の停滞」や「産油国の方針転換」といった要素で、いとも簡単に揺さぶられる。
しかし、配当狙いの投資家にとっては、長期にわたり増配を続けてきた実績や3〜4%前後の配当利回りに惹かれるはずだ。仮に原油価格が大きく下落しても、同社はこれまでの歴史の中で配当を守り続ける姿勢を示してきた。

増配率はその時々の売上に左右されて0.3%から9.8%までのブレがあるのだが、着実に増加している。2014年は年間配当金2.70ドルだったが、現在は3.68ドルである。長期投資家にとって、エクソンモービルは素晴らしい企業となり得る。
莫大な設備投資と地政学リスク、そして環境規制の荒波を堂々と渡っていくには、それ相応の財務体質と経営手腕が必要になるが、同社はこれまでその手腕を証明してきたわけで、その面では安心できる。
そう考えると、エクソンモービルへの投資とは、安定配当と業績のスケールメリットを享受しつつ、石油メジャー特有の高いリスクを引き受ける選択にほかならない。
