インフレが収まる方向に動いていると言いながら石油価格が上がっている不気味さ

インフレが収まる方向に動いていると言いながら石油価格が上がっている不気味さ

WTI原油先物が一時80ドルを突破した。もし、石油価格の上昇が止まらず、インフレが悪化するとどうなるのか。中央銀行の金利引き下げが遠のくどころか、利上げもあるかもしれない。FRB(連邦準備銀行)が金利を引き上げれば株式市場はショックを受けて大混乱になるはずだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

原油価格が80ドル

WTI原油先物が一時80ドルを突破し、世界経済に波紋を広げている。この上昇率はおよそ4%もの急激なものであった。この価格帯に達したのは2024年7月中旬以来で、供給混乱への懸念が、原油先物へ買いを集める構図を加速させた。

イスラエルとハマスのあいだで停戦合意が報じられ、地政学リスクが後退したかのように思われた。にもかかわらず、ここまで急騰したのは、需給バランスの逼迫と新たに強化された制裁措置、そして米国の在庫状況に理由がある。

まず、停戦合意がいくら進展を見せても、原油輸送ルートや中東諸国の生産が一挙に拡大するわけではない。

国際石油市場でもっとも重みを持つのは、実際の供給量の増減だ。投資家たちは、停戦合意よりも、むしろここ数か月にわたる在庫の減少と制裁リスクを過敏にとらえ、市場の引き締まりを意識している。

米エネルギー情報局(EIA)が2025年1月15日に発表した石油在庫統計では、米国の原油在庫が2022年4月以来の低い水準になったことがわかった。商業用原油在庫は、戦略石油備蓄を除けば2022年4月以来最低水準だった。

ここに寒波による暖房需要の高まりや各国の制裁方針が重なり、市場全体のセンチメントが一気に強気へ傾いた。

また、WTI原油価格はETF【USO】などによって追跡されているが、チャートを確認すると、ここまで上昇したのは2022年7月の高値以来の出来事だ。停戦合意より、むしろロシアやイランに課されている制裁強化の影響がクローズアップされている。

国際エネルギー機関(IEA)も「近い将来にさらなる供給混乱が起きた場合、在庫の急速な取り崩しが避けられない」と警告している。在庫の取り崩しは、予期せぬ需要増加や供給障害に対する緩衝材が少ないことを意味する。

そうすると、市場は供給不足のリスクを価格に反映させる。さらに、在庫が低いということは、需要が供給を上回っている可能性がある。この需給の不均衡が価格上昇につながっていく。

WTI原油先物が一時80ドルを突破し、世界経済に波紋を広げている。この上昇率はおよそ4%もの急激なものであった。この価格帯に達したのは2024年7月中旬以来で、供給混乱への懸念が、原油先物へ買いを集める構図を加速させた。

フルインベストの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』

供給不安と地政学的リスクの連動

IEAの月次石油市場レポートによると、以下のような状況が指摘されている。

・世界の石油需要は今年記録的な水準に達する見込み。
・ロシアの石油輸出が制裁の影響で減少、供給面で懸念。
・OPECプラスによる減産も継続。

需給バランスがギリギリの状態では、少しの不測の事態が価格を鋭く跳ね上げる要因となる。したがって80ドルという水準突破は、一時的な乱高下の産物ではないのかもしれない。

6か月ぶりの高値を記録したこと自体が、市場に漂う供給不安と地政学的リスクの連動を象徴している。

エクソンモービルの中でも書いたが、石油価格の変動は背後にある複雑な社会情勢が密接に絡み合う。今回の石油価格の上昇も、そうだ。(ダークネス:エクソンモービル【XOM】安定配当と石油メジャー特有リスクを推し測る投資

通常であれば、中東における戦闘行為の収束は石油の安定供給への期待を誘発し、価格を押し下げる可能性があった。しかし今回のケースでは、ロシアとイランに対する米国の制裁措置にフォーカスが当たっている。

バイデン政権が2025年1月10日に発表した追加制裁は、ロシア最大手のガスプロム・ネフチやスルグトネフテガスだけでなく、同国からの原油を運搬する183隻のタンカー(影の船団)の商取引停止にまで及ぶ。

その影響が本格化すれば、ロシアの輸出量は減少し、世界の供給網にさらなる混乱がもたらされることは想像に難くない。

さらに、イラン産の原油購入を自粛する動きも一部のオペレーター間ですでに始まっているのだが、こうした供給制限が発生するシナリオが具現化すれば、原油の価格上昇にさらなる拍車をかけるのは必至だ。

ロシアに対して強化した制裁を発表するバイデン大統領。バイデン政権が2025年1月10日に発表した追加制裁は、ロシア最大手のガスプロム・ネフチやスルグトネフテガスだけでなく、同国からの原油を運搬する183隻のタンカー(影の船団)の商取引停止にまで及ぶ。

『邪悪な世界のもがき方 格差と搾取の世界を株式投資で生き残る(鈴木傾城)』

インフレが継続していく余地がある

そこにきて、北半球の主要な消費地域が厳冬期に見舞われ、暖房需要が急伸している。これにより石油需要が膨らみ、在庫の減少傾向がより顕著となる。

制裁の影響であれ、中東の政治的混乱であれ、いったん供給が止まればその穴を補うのは容易ではない。特にロシア産やイラン産の原油は、その輸出ルートが複雑で、物流の停止は長期的な影響をもたらす可能性が高い。

そのため市場は、イスラエル・ハマス間の停戦のニュースで一時的に安堵するどころか、むしろ先行き不透明な供給事情により、不安感をますます募らせる状況なのだ。

石油価格が高騰すれば、エネルギーコストの上昇がただちに広範な経済指標に波及する。脱・化石燃料と言いながら、私たちの文明は輸送や製造、発電など、あらゆる産業が化石燃料に依存しているからだ。

この構造的依存度は、たとえグリーンエネルギーが注目を集めようとも、一朝一夕には変わらない。

結果として、原油価格が上がると燃料費や物流コストが膨張し、それが生産から流通、小売に至るまでの商品価格に転嫁される。こうした一連の連鎖が、インフレを加速させる要因となる。

現在、「消費者物価指数(CPI)データでインフレ懸念がやわらいだ」として、相場も上がっているのだが、原油が逼迫するのであればインフレが継続していく余地がある。つまり、インフレはいつでも再燃する恐れがある。

実際、原油は一時80ドル台へ急騰しているのだ。

原油価格の上昇は、投資市場だけでなく実体経済へのインパクトもある。燃料価格の上昇は物流費に跳ね返り、食料品や日用品のコストを上げる。その影響が固定費となって企業経営を圧迫すれば、やがては賃金や雇用にも波及していく。

『亡国トラップ-多文化共生- 多文化共生というワナが日本を滅ぼす(鈴木傾城)』

誰も石油価格のベクトルが読めない

もし、石油価格の上昇が止まらず、インフレが悪化するとどうなるのか。中央銀行の金利引き下げが遠のくどころか、利上げもあるかもしれない。FRB(連邦準備銀行)が金利を引き上げれば株式市場はショックを受けて大混乱になるはずだ。

かといって、金利を据え置けばインフレが加速し、通貨価値の下落や資源の奪い合いにつながる。どちらに振れても政策当局には難しいかじ取りが求められ、世界経済全体の不安定要因が増す。

特に米国においては、物価上昇が続けば家庭の消費意欲が落ち込み、経済成長にブレーキがかかりかねない。

そもそも、インフレが落ち着いたと言いながら、現在のアメリカの住宅市場は価格が高止まりして「高すぎて家が買えない、売れない」という状況になっており、住宅市場の問題は依然として深刻なのだ。

その一方で、原油をはじめとするコモディティ市場が投機的資金を呼び込みやすい環境が作られれば、価格のボラティリティはさらに高まる。

そのような状況であれば、あらかじめ石油価格が読めればいいのだが、戦争の状況、政治の状況、地政学的リスク、需給バランスは刻一刻と状況が変わるので、誰も正確な石油価格のベクトルを読むことができない。

経済アナリストはおろか、石油が商売道具である企業でさえ「石油価格を読むのは困難だ」と述べるくらいだ。私自身も石油価格を予測する記事なんか人生で一度も信用したことがない。またそういう予測で株を買おうと思ったことも一度もない。

それこそ、ここから急激に原油価格が下落したとしても驚かない。逆に、もっと上昇したとしてもやはり驚かない。石油価格に関しては、つねに人々の予想を裏切って逆に動くことがしばしばあるからだ。

そういう観点で世の中を見回すと、あたかもインフレが収まった方向で人々の心理が動いていることに一抹の不安がある。

インフレが収まる方向に動いていると言いながら石油価格が上がっている。さらにいうと、ゴールドの価格も上がっている。それならば、楽観的に今の相場を見ていいのかという疑問はある。この不気味な状況がどうなるのか、注視している。

メルマガ
まぐまぐメディア・マネーボイス賞1位に3度選ばれたメルマガです。より深く資本主義で生き残りたい方は、どうぞご購読して下さい。最初の1ヶ月は無料です。

鈴木傾城のDarknessメルマガ編

CTA-IMAGE 有料メルマガ「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」では、投資・経済・金融の話をより深く追求して書いています。弱肉強食の資本主義の中で、自分で自分を助けるための手法を考えていきたい方、鈴木傾城の文章を継続的に触れたい方は、どうぞご登録ください。

株式市場カテゴリの最新記事