
ヒンデンブルグ・リサーチは、主にターゲットとする企業の会計基盤や事業実態を徹底精査し、もし不正や矛盾、経営上の違法性が見つかれば、それを糸口として一気に批判を展開し、空売りで利益を得るスタイルだ。このヒンデンブルグ・リサーチが解散を発表している。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ヒンデンブルグ・リサーチの手法
ヒンデンブルグ・リサーチは、特定の企業の粉飾決算、経営者の違法な資金の流れ、不正な取引などを緻密に分析し、批判的なレポートを発表し、それによって空売りで利益を出すことで知られていてきた存在である。
同社の調査レポートは、財務諸表の異常や規制当局への未報告事項、業界標準と比較した異常な利益率などを分析し、問題のある企業を特定することを目的としていた。
創設者はネイト・アンダーソン。徹底した「不正」な事実の掘り起こしに基づいて企業をレポートで徹底糾弾し、大きく株価を下落させて儲ける手法は、仕掛けられた企業にとっては会社存続の危機にもなりかねないものだ。
ところが、市場を震撼させたこのヒンデンブルグ・リサーチが、突如として解散を発表している。
創設者アンダーソン氏は声明の中で、自らの激しい探求姿勢に起因する個人的な代償と、チームが蓄積してきた調査ノウハウを社会に還元したいという思いを述べている。加えて、今後6か月間をかけて同社が持つモデルや調査手法をオープンソース化する予定であるという。
アンダーソン氏は同時に、所属メンバーたちがスムーズに新天地へ移るための準備を整えていることも明かしており、実際、一部のメンバーは自身の調査会社を立ち上げる可能性を示唆している。
これは、ヒンデンブルグ・リサーチの手法が企業の解散で消え去るのではなく、むしろ手法のオープンソース化で増殖していく可能性を示唆している。
分析のターゲットに企業は、ヒンデンブルグ・リサーチが消えてようやく一息つく余地を得るのだろうが、同社と同じ手法を継承する新たな存在がふたたび批判の矛先を向けてくるわけで、かなり警戒しているはずだ。
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内部告発者の声を拾って仕掛ける
ヒンデンブルグ・リサーチは、主にターゲットとする企業の会計基盤や事業実態を徹底精査し、もし不正や矛盾、経営上の違法性が見つかれば、それを糸口として一気に批判を展開し、空売りで利益を得るスタイルだ。
その分析は単なる噂や憶測ではなく、公表された資料やリーク情報、さらに内部告発などから得た情報をつなぎ合わせ、企業の体質や業績の実態を浮き彫りにする。
たとえば、カリフォルニアを拠点とするスーパーマイクロ・コンピューターに対しては、製品のコスト構造に不透明な点があるとして、原価計算の裏取りや関連会社との資金のやりとりを精査し、最終的に膨大なレポートで批判的見解を示したという事例があった。
これによって、同社の株価は最高値から約75%急落している。
ヒンデンブルグ・リサーチの分析において特徴的なのは、彼らは積極的に外部の専門家や内部告発者の声を拾う点である。企業が公表している情報のみに依存するのではなく、徹底して関係者に接触し、裏を取る。
ときには会計士や弁護士、業界の技術者などに取材し、複数の証拠を用意することで、バイアスの排除と信頼性の向上を図る。いったん疑いを持った以上、突きとめるまで引き下がらない粘着質とも言える調査は、驚異的でもあった。
だが、ヒンデンブルグ・リサーチはべつに正義でそれをやっているわけではないところに批判と反発もあった。ヒンデンブルグ・リサーチはあくまでもレポートを出して、それによって企業の株価を下落させて儲けるためにやっている。
たとえば、ヒンデンブルグ・リサーチはインドの大手財閥アダニ・グループに対し、株価操作や不正会計の疑惑を指摘する調査報告書を公表している。(ブラックアジア:アダニ・グループが起訴されたことが、インド経済そのものを揺るがす理由とは?)
アダニ・グループは「根拠がなく、悪意のあるものだ」と強く反論した。 しかし、その後の調査で一部の不正行為が確認されると、同グループの主要企業の株価は大幅に下落し、投資家の信頼が揺らぐ結果となっている。
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不正企業ニコラを叩きつぶしたレポート
ヒンデンブルグ・リサーチが市場に与えたもっとも大きな影響のひとつは、電動トラックメーカーであるニコラ・コーポレーション(Nikola Corporation)に対する告発かもしれない。
2020年9月10日に公表された同社のレポートは、ニコラが技術的な進展を誇張し、事業の実態がないと批判するものであった。この調査結果が公開された直後、ニコラ社の株価は急落し、CEOのトレバー・ミルトン氏は辞任を余儀なくされた。
レポートの内容は、ニコラ社の事業が虚構であることを強く示唆するものであった。
特に注目を集めたのは、同社が発表した電動トラック「Nikola One」のプロモーションビデオに関する指摘である。
ヒンデンブルグ・リサーチは、動画に映っていたトラックが実際には動力を備えておらず、坂道の上から押し出されて慣性で走行しているだけだったことをあきらかにした。この事実は後にニコラ社自身も認めることとなり、市場の信用を大きく損なった。
また、同社が「自社開発」と主張していたバッテリー技術や水素燃料技術についても、外部企業から調達したものに過ぎず、実際には独自の技術を持っていないことがあきらかになった。
このレポートの影響は計り知れなかった。
ニコラ社の株価はわずか数日で約40%も下落し、投資家の期待は急速に冷めていった。CEOであるトレバー・ミルトン氏はこの報告を否定し、「悪意のある攻撃」と主張したが、最終的には辞任に追い込まれた。
その後、米国証券取引委員会(SEC)や司法省が調査に乗り出し、2021年にはミルトン氏が詐欺罪で起訴される事態となった。
ニコラ社はその後も事業を継続しているが、かつての期待感は完全に失われ、株価も低迷を続けている。会社としては、ほぼ死んだような状況だ。
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かならずしも成功するとは限らない空売り
ヒンデンブルグ・リサーチが用いてきた投資戦略の要となるのが、「空売り」だ。空売りとは、まだ保有していない株式を証券会社から借りて売却し、株価が下落したタイミングで買い戻すことで差額を利益として獲得する手法を指す。
通常、株式投資は株価の上昇によって利益を得るためのものであり、「買い」が基本となる。そのため、企業価値が上昇してこそリターンを得る投資家にとって、ヒンデンブルグ・リサーチのように企業のマイナス面を指摘して株価を下げ、そこから利益を得るスタイルは異質に映るかもしれない。
空売りのメリットは、相場が下落局面に向かったときにも利益を得ることができるという点にある。一般的に株式市場は、好景気のときには緩やかな上昇トレンドを描きやすいが、悪材料が重なれば大幅な下落にも転じやすい。
そのとき、空売りという手法を駆使できる投資家やファンドは、相場の下落時でも利益を得ることができる。ヒンデンブルグ・リサーチは独自の分析レポートで市場を揺さぶりつつ、大きな下落余地を作り出して儲けていた。
この手法が成功するためには、レポートが事実であり、信憑性があり、信頼のおける内容であることが担保されていることだ。信憑性が高いからこそ、投資家やアナリストたちは真剣にレポートを読み、株を売りに走る。
ここで信頼を失えば、レポートを発表しても誰からも相手にされず、空売りも成功しない。だからこそヒンデンブルグ・リサーチは調査の精度向上に驚くほどの労力をかけ、正確性を保つための証拠収集に執念を見せてきた。
もっとも、このスタイルは企業からの敵意と反発を受ける上に、空売りに失敗したら損失は理論的に無限大となる。また、企業への批判的レポートがかならずしも市場に受け入れられるとは限らない。
ヒンデンブルグ・リサーチほどの調査能力を持ってしても、ターゲット企業のファンダメンタルズが強固であったり、投資家がリスクを無視して株を買い向かったりすれば、空売りは成功しない。
また、空売りが過剰に注目されると、レポートに対する反論や批判を受け、投資家心理がかえって企業を擁護する方向に働く可能性もある。短期的には株価が急落しても、企業が強い反証を示せば株価が急反発し、空売り勢が大損するという展開も珍しくない。
創設者ネイト・アンダーソンも、このスタイルを維持するための緊張とストレスは相当なものであったと考えられる。アンダーソン氏がこのスタイルから足を洗うのは、そういったところにあったのではないかと思う。
