
稀代の起業家として名を轟かしているイーロン・マスクは、サム・アルトマンと犬猿の仲とされている。彼らは2015年に共同でOpenAIを立ち上げたが、2018年にマスクが離脱した経緯を持つ。アルトマンに対するマスクの私怨は非常に深いものがあり、この対立構造が問題を引き起こす可能性もあるかもしれない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
壮大なスターゲイト計画の発表
ドナルド・トランプ大統領は、OpenAIのサム・アルトマン、ソフトバンクグループの孫正義、オラクルのラリー・エリソンと共にホワイトハウスで記者会見を開き、「スターゲイト計画」を発表している。
これはAI開発と運用の大幅な加速を目指す巨大なコンピューティングインフラを構築する一大プロジェクトである。かつてのインターネット革命が世界経済を塗り替えたように、この計画でアメリカがAI市場を席巻する意図が明白だ。
スターゲイト計画では、今後4年間で5,000億ドル(約77兆円)が投資される。この投資額は、過去に例を見ないほどの巨費であり、それによってハードウェア面でもソフトウェア面でも抜本的な変革がもたらされることは確実となった。
莫大な予算の一部はデータセンターの整備に投じられ、世界中のAI研究者や企業がこのプラットフォームを利用できる環境を得る。膨大な電力と冷却技術、そして超高速ネットワークが要求されるため、このインフラ整備はかつてない規模に成長すると断定できる。
ソフトバンクは投資ファンドによる大型買収の実績を持ち、オラクルは企業向けソリューションで培った安定したサーバ技術を有する。マイクロソフトはクラウド事業Azureのグローバルな展開を武器に、OpenAIは革新的な生成系モデルや対話型AIの研究開発で世界を驚かせてきた。
これらの企業が合流するスターゲイト計画は、従来の枠組みを超えた連携によって、AI技術の進化に拍車をかける。
彼らは大規模な計算資源が必要なディープラーニングや強化学習の実運用を視野に入れ、今後は関連する数多くの上場企業や、スタートアップ、大学研究機関も巻き込む動きになっていくはずだ。
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サム・アルトマンとイーロン・マスク
この計画に投じられる資金は膨大だが、背景にはAI需要の爆発的増大がある。自動運転や医療用診断ソリューション、金融取引の自動化など、世界中のあらゆる業種がAIとリンクしていく。
市場規模は加速度的に伸びており、ディープラーニングに必要とされる演算量は数年前の水準とは比べ物にならないほど膨れ上がっている。これに応じるためには最先端のGPUや、クラウド環境を支える大量のCPUリソースが求められる。
スターゲイト計画は、このインフラを一挙に整えることでAI研究者や企業の需要を取り込み、さらなるプロジェクトを生み出す土台を築く狙いがある。
現在、この計画のスケールの大きさが話題を席巻しており、実現の可否よりも、その莫大な予算と参加企業の顔ぶれが注目を浴びている状況だ。計画のシンボルとなったのは、やはりサム・アルトマンのOpenAIである。
OpenAIは、革新的な自然言語処理モデルの開発や、大規模生成AIの商用化によって世界の耳目を集めてきた。その旗手としてアルトマンの存在は大きい。しかし、アルトマンの名前が挙がる以上、もうひとりのキーマンが黙っているわけはない。
イーロン・マスクである。
稀代の起業家として名を轟かしているイーロン・マスクは、サム・アルトマンと犬猿の仲とされている。彼らは2015年に共同でOpenAIを立ち上げたが、2018年にマスクが離脱した経緯を持つ。
以後、両者のあいだには深い溝が横たわったままだ。
スターゲイト計画の詳細があきらかになると、マスクはすぐに「彼らは実際にはそのお金を持っていない」と投資規模への疑念をX(旧Twitter)に書き込んでおり、スターゲイト計画をけなしている。
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対立構造は先鋭化している
イーロン・マスクとサム・アルトマンの対立構造は先鋭化しているように見える。
そもそもマスクがOpenAIを離れた背景には、研究の方向性や組織運営方針をめぐる衝突があったとされる。まず、営利化をめぐる対立が顕著であった。マスクは営利化を提案したが、過半数の株式保有やCEO就任など全面的な支配権を要求し、OpenAI側はこれを拒否した。
組織の支配権をめぐる争いも激化した。マスクは研究所の「乗っ取り」を意図したが、経営陣が強く反発した。資金調達の方針においても相違が生じ、マスクの要求する資金規模がOpenAI側の想定を大きく上回った。
さらに、マスクはOpenAIとテスラの統合を提案したが、これもOpenAI側に受け入れられなかった。オープンソース化の解釈についても両者のあいだに齟齬があった。マスクはAGIのオープンソース化を主張したが、OpenAI側は研究共有の必要性を否定していた。
これらの対立の結果、マスクは2018年2月にOpenAIを離れ、テスラ内でAGIの競合システムの構築を目指すことを選択した。ここから、マスクはサム・アルトマンに対して激しい私怨を持つようになったようだ。
2024年2月29日、マスクはOpenAIとアルトマンCEOを訴訟に踏み切った。マスクの主張によれば、OpenAIとマイクロソフトの提携は「人類に利益をもたらすオープンソース技術の開発よりも利益を優先している」というものだった。この訴訟において、マスクはOpenAIの研究と技術のオープンソース化を要求している。
マスクはCNBCのインタビューでも、OpenAIが「非営利のオープンソースから営利目的のクローズドソースに変貌した」と厳しく批判した。さらに、2017年のメールでは、OpenAIへの資金提供を「タダの資金を提供している」と不満を表明していたこともあきらかになっている。
マスクはアルトマンらを「甚だしい裏切り」と非難し、「OpenAIの使命を放棄した」と糾弾している。対立の激化を示す重要な動きとして、マスクが自身のAI企業「xAI」を立ち上げ、OpenAIと競合する立場に回ったことが挙げられる。
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強烈な個性を持つ起業家が激突
スターゲイト計画とマスクとアルトマンの確執がこれほど注目を浴びるのは、現在の社会がAIに対して膨大な期待と強い危機感を抱いているからでもある。
クラウドコンピューティングが普及し、インターネット上に蓄積されるデータが爆発的に増大した。そのデータを処理し、人間の脳を超える推論や予測を実行できる仕組みが整いつつある。
サム・アルトマンは「ASI(人口超知能)はすぐそこまできている」と述べている。この現実に、産業界と政治の双方が熱視線を注いでいる。サプライチェーンの最適化や医療診断の精度向上、軍事分野への応用など、AIの活用範囲は無限大なのだ。
このようにAI投資の波が押し寄せるなかで、テクノロジー大手企業の競争も一段と熾烈になった。
クラウド事業をけん引するマイクロソフト、グーグル、アマゾンらは、顧客企業のAIワークロードを自社のデータセンターに取り込み、安定収益を得るビジネスモデルを確立している。
ソフトバンクはAI関連スタートアップやロボット企業へ集中的に投資し、その世界観を拡大してきた。オラクルは既存の企業システム向け基盤にAIを取り込むことで、新たな成長エンジンを探っている。そしてOpenAIは、大手企業とのパートナーシップを武器に急速に技術を洗練させてきた。
国際政治の文脈でもAIは重要な戦略資源だ。中国や欧州連合なども政府主導のAI投資を拡大しており、世界規模での技術競争は激しさを増している。
トランプ政権が巨額のプロジェクトをぶち上げた背景には、米国の成長と雇用を生み出すという目的以外にも、米国が引き続きAIの覇権を握り、軍事・経済の両面で優位性を保ちたいという明確な意図が存在する。
AI技術はサイバーセキュリティや自律兵器にも転用が効くため、国家戦略上も極めて重要なテーマとなる。
このような大きなうねりのなかで、サム・アルトマンとイーロン・マスクという強烈な個性を持つ起業家が激突する構図が浮き彫りとなっているのは不吉な兆候でもある。果たして、どのような結果になるのか注目が必要だ。
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OpenAIのマスクを意識した発表
ちなみにOpenAIは、イーロン・マスクの「彼らは実際にはそのお金を持っていない」というポストに対しての反論も含めて「スターゲイト計画の発表」として以下のポストを掲載している。以下、全文を掲載する。
スターゲイト計画は、今後4年間で5,000億ドルを投資し、米国でOpenAIの新しいAIインフラストラクチャを構築することを計画している新しい会社です。私たちはすぐに1,000億ドルの投資を開始します。
このインフラストラクチャは、AIにおける米国のリーダーシップを確保し、数十万人の米国人の雇用を創出し、全世界に莫大な経済的利益をもたらします。このプロジェクトは、米国の再産業化を支援するだけでなく、米国とその同盟国の国家安全保障を保護するための戦略的能力も提供します。
スターゲートの初期出資者は、ソフトバンク、OpenAI、オラクル、MGXです。ソフトバンクとOpenAIはスターゲートの主要パートナーであり、ソフトバンクが財務責任を、OpenAIが運営責任を負います。会長は孫正義氏が務めます。
Arm、Microsoft、NVIDIA、Oracle、OpenAIが主要な初期技術パートナーです。テキサスを皮切りに現在構築が進められており、最終合意に達するまで、さらに多くのキャンパスの候補地として全国で評価を進めています。
Stargateの一環として、Oracle、NVIDIA、OpenAIは緊密に協力してこのコンピューティングシステムを構築および運用します。これは、2016年に遡るOpenAIとNVIDIAの緊密な協力関係と、OpenAIとOracleの新しいパートナーシップに基づいています。
これは、OpenAIとMicrosoftの既存のパートナーシップにも基づいています。OpenAIは、この追加のコンピューティングを活用してMicrosoftと連携し、主要なモデルをトレーニングして優れた製品とサービスを提供することを継続しており、Azureの消費量を増やし続けています。
私たち全員は、全人類の利益のためにAI、特にAGIの構築と開発を継続することを楽しみにしています。この新たな一歩は、その道のりにおいて極めて重要であり、創造的な人々がAIを使って人類を向上させる方法を見つけ出すことを可能にするものと信じています。
