
中国のAIスタートアップDeepSeekは、限られた予算と資源で高性能なAIモデルを開発することに成功した。DeepSeekの成功は中国の成功でもある。アメリカが突出していたはずのAIによるイノベーションを、中国が横からかっさらっていく展望すらも見えてきた。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
中国のAIスタートアップDeepSeek
2025年1月20日、中国のAIスタートアップDeepSeekが世間を驚愕させる新たな大規模言語モデル「DeepSeek-R1」を発表した。これが、従来の10分の1という驚異的な演算資源で、OpenAIをはじめとする米国勢の最先端モデルを凌駕する性能だった。
本当かどうかわからないが、DeepSeekは限られた予算と資源で高性能なAIモデルを開発することに成功したのだ。そのため、世界的に大きなショックが巻き起こっている。
具体的には、自然言語処理の各種ベンチマークで高水準のスコアを連発しながら、モデルの推論スピードや電力消費効率においても抜群の数字を叩き出した。これまで米国が握ってきたAI技術の覇権が崩れはじめるとの見方が強まり、各国政府や企業関係者からは警戒の声が上がっている。
DeepSeek-R1は、対話型アプリケーションや自律型分析ソリューションまで幅広く対応できる汎用性を持ち、初期テストの段階から多岐にわたる領域で高い適応力を示している。
開発チームによると、ドメイン特化型の訓練プロセスを並行実行する一方でマルチタスク学習を活用し、既存モデルの性能限界を超越する刷新を実現した。米国メディアはこぞってこのニュースを大々的に報じ、テック業界の一部専門家は新時代のAI覇権争いを告げる象徴的な事件だと断定している。
さらに、DeepSeek-R1には複雑な言語表現を高度に理解するモジュールが搭載されており、極めて正確な翻訳や要約が実現されている。テスト環境では複数言語間の微妙な文脈の違いにも即座に対応し、誤訳や情報欠損が少ない点が突出している。
推論時のメモリ使用量を削減し、専門家混合(Mixture of Experts)アーキテクチャを採用して言語理解と推論能力を高める。8ビット浮動小数点数形式を使用することで、計算速度を向上させ、メモリ使用量を削減する。
DeepSeekは、これをオープンソース化して発表した。
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米国陣営は危機感を募らせている
DeepSeekによる実証実験では、クラウド環境での推論リクエスト処理速度がOpenAIのモデルを上回った。この効率性が事業者にもたらすインパクトは絶大だ。
大量のユーザーを抱えるSNS企業やオンラインゲーム企業は、運用コスト削減とサービス高速化の両立を同時に見込み、教育や医療の現場でも限られた設備で高度なAIサービスを導入できることが予測されている。
そうした波及効果を受け、米国のシリコンバレーを中心とする技術コミュニティでも、DeepSeekを新たな投資先として注目する動きが急速に起きている。だが、この中国発のスタートアップへの投資は、政治的・経済的な緊張を高めていくだろう。
OpenAIを含む米国陣営は、深刻な危機感を募らせている。
DeepSeek R1の低コストの開発の成功が本当ならば、AI開発における巨額の資本支出の必要性や、米国の技術的優位性の持続可能性に疑問を投げかけるものであり、これまでの投資が正当化できなくなってしまう。
折しもOpenAIは「Stargate」と呼ばれる5000億ドル規模のAIインフラ構築プロジェクトを発表し、競争力の強化を図ろうとしたばかりでもある。
資本コストの削減を武器にするDeepSeek R1の登場は、AI開発のゲームルールそのものを変える可能性がある。
従来、OpenAIは高性能な独自モデルを開発・維持するために、莫大な計算リソースと最先端の半導体を必要としてきた。ところがDeepSeekは、比較的限られたリソースのもとで、同等の性能を実現することに成功しているのだ。
この衝撃は、私たちが想像している以上に大きいもののはずだ。この状況が続けば、OpenAIは三つの側面から追いつめられる可能性が高い。
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中国が横から成功をかっさらっていく
まず第一に、OpenAIはコスト競争力の喪失を喪失してしまう。
OpenAIは高性能なAIを提供するために、莫大な計算資源を投入し、専用の半導体を確保し続ける必要がある。だが、DeepSeekのような低コストで高性能なモデルが台頭すれば、OpenAIの価格設定は維持困難になる。
第二に、OpenAIの技術の独占的優位性が崩壊する。これまでOpenAIは最先端のモデルを独占的に提供し、その性能を武器に市場をリードしてきた。
しかし、DeepSeekが同等の性能を達成し、さらにオープンソース化を進めれば、技術の壁は急速に崩れる。特に、他の企業がDeepSeekをベースにした独自AIを開発すれば、OpenAIの技術的な優位性はますます薄れる。
第三に、OpenAIの資金調達の難航だ。OpenAIは現在、巨額の投資を必要とする「Stargate」プロジェクトを進めているが、DeepSeekの存在が「従来型の巨額投資モデルが本当に必要なのか」という疑問を投資家に抱かせる要因になりうる。
もし投資家が「より効率的な開発手法があるのでは」と考えれば、OpenAIへの資金流入は減少し、開発競争で不利な立場に追い込まれる。
問題は、OpenAIのショックだけにとどまらない。DeepSeekの成功は中国の成功でもある。アメリカが突出していたはずのAIによるイノベーションを、中国が横からかっさらっていく展望すらも見えてきた。
米国は中国のAI技術の進展を警戒し、先進的なAIチップの輸出規制などを通じて中国のAI開発を抑制しようとしている。ところが、これらの制限が逆に中国企業の自立性と革新性を促進し、結果的に中国のAI技術のさらなる発展を後押しするような結果となっている。
米中のAI技術競争は、技術革新と地政学的な戦略が交錯する複雑な様相を呈しており、今後の国際社会におけるAI技術の在り方や規制の方向性に大きな影響を及ぼすことになる。
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AIにおけるスプートニク・モーメント
DeepSeek-R1の登場は、「AI業界にとって画期的な転換点である」と多くの関係者が指摘する。著名な投資家であるマーク・アンドリーセン氏も、DeepSeek-R1の発表を「AIにおけるスプートニク・モーメント」と、その衝撃を述べている。
「スプートニク・モーメント」とは、1957年にソビエト連邦が世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた際、アメリカが技術的優位性を脅かされたと感じた瞬間を指す。
この出来事は、アメリカにとって宇宙開発競争における大きな衝撃であり、その後の科学技術投資の強化や教育改革の契機となった。DeepSeekは、まさにAI時代のスプートニクなのだ。
米国が長らく誇ってきた技術的優位が一気に揺らぎ、高度な演算資源や豊富な資金力を盾に世界をリードしてきた企業の戦略が再検討を余儀なくされる。これは投資の観点から見ると、どういう話になるのだろうか。
実直の市場の反応として、アジアのテクノロジー株が下落している。日本の半導体関連企業であるディスコやアドバンテスト(NVIDIAのパートナー)は、それぞれ2.6%および8.8%の下落を記録した。
OpenAIと組んで、スターゲイト計画で資金調達を担う企業になるソフトバンクグループもマイナス8.32%となっている。
低コストで高性能を実現できるのであれば、高額・高性能にひた走るNVIDIAにも大きな動揺を与えることになるはずだ。NVIDIAの株価はこれを受けて下落していく可能性もある。さらに、OpenAIに莫大な投資をしているMicrosoftにも株価の悪影響が及ぶだろう。
AIを巡る世界が「DeepSeek-R1」によって一気に変わっている。今後、米国側のAI企業やメガテック企業がどのように巻き返していくのか、そのあたりをよく見ておく必要がある。
