DeepSeekショック。AI設備投資の将来は、一瞬にして、かつてないほど不透明に

DeepSeekショック。AI設備投資の将来は、一瞬にして、かつてないほど不透明に

中国企業が驚くべき低コストで開発したとされる「DeepSeek-R1」はアメリカの投資家に大きなショックを与え、米国株式市場は大暴落している。これまで米国企業が独占していたAI開発の最先端の座が、中国企業によって脅かされる事態となった。もう巨大で巨額なAIの設備投資は必要なくなったのか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

すさまじいDeepSeekショック

2025年1月27日、米国株式市場は激震に見舞われた。中国のAI企業DeepSeekが発表した新たな生成AIモデル「DeepSeek-R1」が、OpenAIが開発したGPT-4に匹敵する性能を持ちながら、驚くべき低コストで開発されたことがあきらかになったのだ。

この衝撃的なニュースは、瞬く間に世界中に広まり、特にハイテク株に大きな影響を与えた。

NVIDIAの株価は17%も暴落し、同社の時価総額は5888億ドル(約91兆円)も蒸発した。これは、単一企業が1日で失った時価総額としては史上最大の記録である。NVIDIAだけでなく、他のAI関連企業の株価も軒並み下落している。

Broadcomは17.40%、AMDは6.37%、Oracleは13.79%、Microsoftは-2.14%、Googleは-4.04%、Teslaは-2.32%、Palantirは-4.48%と、惨憺たる状況だ。

他にもデータセンター関連でいうと、Eatonが15.56%、Vistraが-28.27%、Constellation Energyが-20.85%、OKLOが-25.61%と、すさまじい。ナスダック100指数は3%の下落となった。

DeepSeekの台頭は、AIの世界に新たな競争の時代が到来したことを示している。これまで米国企業が独占していたAI開発の最先端の座が、中国企業によって脅かされる事態となったのだ。

これは本当なのかどうか疑問視されているのだが、DeepSeekは開発に要した費用はわずか600万ドル以下と主張しており、開発期間もたった2か月程度だったという。これは、巨額の投資と長期の開発期間を要すると考えられていたAI開発の常識を覆すものだ。

DeepSeekの成功は、AIの開発がより加速する可能性を示唆している。高性能なAIモデルの開発が、一部の巨大テック企業だけでなく、より多くの企業や組織にも可能になるかもしれないからだ。

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AIは急激にコモディティ化する

DeepSeekショックの全容は、単にAI開発の低コスト化にとどまらない。この出来事は、AIの覇権地図を大きく塗り替える可能性を秘めている。

DeepSeekが開発したAIモデル「DeepSeek-R1」は、OpenAIのGPT-4に匹敵する性能を持ちながら、開発コストは従来の数百分の一で済んだという。これは、AIの開発と普及に関する従来の常識を根本から覆す。

OpenAIを含む米国陣営は、深刻な危機感を募らせている。(ダークネス:中国のAIスタートアップDeepSeekが、アメリカのAI企業にショックを与えている

DeepSeekショックの影響は、すでに一般社会にも及んでいる。DeepSeekのアプリは、アップルの「アップストア」米国版で、チャットGPTを抜いて無料アプリランキング首位に立った。

このDeepSeekショックは、AI産業の構造を根本から変える可能性がある。

これまで、AIの開発には巨額の投資と長期の開発期間が必要だと考えられてきた。そのため、GoogleやMeta、OpenAIなど、一部の巨大テック企業しか最先端のAI開発に参入できなかったのだ。

ところが、DeepSeekの成功で、より多くの企業がAI開発に参入する可能性が開けた。これは、AI産業の競争を活性化し、イノベーションを加速させる可能性がある。「AIはこれによって、急激にコモディティ化する」と述べる識者もいる。

低コストで高性能なAIの開発が可能になったことで、AIの応用範囲は大きく広がる可能性がある。

それはそれでいいのだが、DeepSeekは中国企業であり、これによってAIのイノベーションが中国から起こるのだとしたら、中国企業がAI開発で米国を追い抜く可能性が現実味を帯びる。

アメリカ政府は、中国のAI企業を封じ込めるために半導体規制をしてきたのだが、規制しても意味がなかったどころか、むしろ中国に創意と工夫を与えてますます強化させたことになったのことにアメリカ人は大きなショックを受けている。

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巨額投資をおこなうリスク

DeepSeekショックがもたらした最大の問題は、AI関連の設備投資の将来が不透明になったことだ。

これまでAI関連企業は、AIの急速な発展を背景に巨額の設備投資をおこなってきた。ところが、性能の低い半導体で安価に作られた高性能人工知能の登場で、この投資戦略の妥当性に疑問が投げかけられている。

「そんな高性能な半導体も、巨大なデータセンターも、莫大な電力も必要ないかもしれない……」

DeepSeekが驚異的な低コストでAIモデルを開発できたという事実は、これまでの巨額投資が無駄になる可能性すらもある。これが投資家たちに大きな衝撃を与えた理由だ。

NVIDIAの株価の下落が目立っているのだが、もっと下落が大きかったのはデータセンター構築にかかわるEatonや、電力供給にかかわるConstellation EnergyやVistraやOKLOの株価である。これらは20%以上の下落なのだ。

もし、高度なAIの開発に莫大な設備投資が必要ないのであれば、多くの企業がAI関連の設備投資計画を見直す可能性がある。「そんな設備投資をしなくても、DeepSeekのように推論を効率化すればいいではないか」という話になる。

巨額投資をおこなうリスクが極度に高まった。ただ一方で、投資を控えれば、AI開発競争に遅れを取る可能性もある。企業は難しい判断を迫られている。

DeepSeekショックは、AI産業に新たな不確実性をもたらした。これまでの「もっと早い半導体と、もっと巨大なデータセンターと、もっと多くの電力が必要」という常識が通用しなくなる中で、企業はAI戦略の根本的な見直しを迫られている。

AI設備投資の将来は、一瞬にして、かつてないほど不透明になったのだ。

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投資対象としてのAIはどうなる?

DeepSeekショックにより、AIの設備投資の将来に不透明感が漂っている。

では、今後はどうなるのだろうか。もう投資家はAI関連銘柄に投資するのはやめたほうがいいのだろうか。私自身は「これまでよりも慎重であらなければならないが、AI関連銘柄は依然として魅力的な投資対象である」と考えている。

AIは文明を変える巨大なパラダイムシフトである。AIの需要は依然として拡大し続けている。企業や組織のAI導入は加速しており、この傾向は今後も続く。そして、AIの応用範囲は日々拡大している。医療、金融、製造業など、あらゆる産業でAIの活用が進んでおり、これらの分野での需要は今後も増加していくはずだ。

結局そうならば、AIの性能向上には依然として高性能な半導体が必要となっていく。DeepSeekの成功は、ソフトウェア面での革新によるものだが、ハードウェアの重要性は変わらない。

AIの学習には膨大なデータ処理が必要であることも変わらず、そのためのインフラ投資は不可欠だ。クラウドコンピューティングやデータセンターへの投資は今後も続く。AIの開発競争は国家レベルでおこなわれており、各国政府がAI関連の投資を後押ししている。この傾向は今後も長く続く。

これらの理由から、AIへの設備投資は今後も続いていき、AI関連銘柄はこれからも魅力を放ち続けるだろう。

DeepSeekショックはたしかにAIへの前のめりな設備投資に関して衝撃を与えたが、それはAIの重要性を否定するものではない。むしろ、AIの可能性をさらに広げる契機となる可能性がある。

では、今回のDeepSeekショックで暴落したそれぞれの企業の株式は「買い」なのだろうか? 投資家はこれまでよりも慎重になっていくはずなので、AI関連に対する多幸感はしばらく消えてしまうだろう。

しかし、今後はAIは生成AIからフィジカルAIへと焦点が移っていくのだ。(ダークネス:生成AIからフィジカルAIへ。AIを搭載したロボットが現実世界で自律的に動き出す

どこかでふたたび「やはり高性能な半導体も必要で、巨大なデータセンターも必要で、莫大な電力も必要だ」となるときがくるのだろう。私自身は今回の暴落で「投資対象としてのAIは終わった」とはまったく感じていない。冷静に見ている。

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