
トランプ大統領は2期目就任直後、アメリカの主要貿易相手国を対象とした大規模な関税措置を発表した。これに対して、メキシコ・カナダは反発しながらも妥協点を探り、両国は関税を1か月延期するという決着を見た。1か月後はどうなっているのかわからない。もし関税がかけられると状況は一変する。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
トランプ大統領は本気だった
トランプ大統領は2期目就任直後、アメリカの主要貿易相手国を対象とした大規模な関税措置を発表した。
移民問題とドラッグ密売への対策を理由に挙げ、2025年2月1日からメキシコとカナダからの輸入品に25%の関税を課すことを決定した。さらに同日、中国からの輸入品にも10%の追加関税を課すことも明言している。
この関税措置は就任初日に実施すると当初から公約していたが、一部では「関税をかけると言って有利な取引を持ちかけるだけで、実際には関税をかけることはないのではないか?」という声もあった。しかし、トランプ大統領は本気で、状況はギリギリのところまで進展した。
これに対して、メキシコ・カナダは反発しながらも妥協点を探り、両国はフェンタニルの取り締まりを強化するという約束で関税を1か月延期するという決着を見た。しかし、中国はそのまま10%を科せられて、WTOに米国を提訴している。
メキシコ・カナダも1か月後はどうなっているのかわからない。もし、関税の問題がぶり返して25%がかけられることになったら、さまざまな産業分野に重大な影響を及ぼすことになる。
今回、カナダ・メキシコの関税が回避されたのだが、トランプ大統領はべつに怖じ気づいたわけでも何でもなく、ただ両国が妥協したから延期しただけの話で、「関税をかける」という約束は延長されただけであることに気づく必要がある。
トランプ大統領は2月7日金曜日も「他に多くの国と相互関税をかける用意がある」と発言しているので、恫喝関税外交は今後もどんどん続いていく。このような強硬な姿勢は、単なる一時的な戦術ではない。
おそらく欧州連合などに対しても適用され、世界貿易の緊張をさらに高める要因となるはずだ。結果として、グローバルな供給チェーンが混乱し、企業は長期的な投資計画の見直しを余儀なくされる。
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世界のGDPを0.1%押し下げるリスク
トランプ大統領の関税外交は、アメリカ第一主義を掲げる政策の要《かなめ》でもあり、選挙前から言われていたものだ。実際に実施されるとなると、アメリカ経済への悪影響はすぐに出てくるだろう。
消費者物価の上昇、企業の競争力低下、さらには報復措置による貿易戦争の激化など、さまざまなリスクが指摘されている。2025年中にも、世界のGDPを0.1%押し下げるリスクがあると専門家は試算する。
カナダ・メキシコ・中国・EU諸国・日本を含むアジア各国もすべて関税の標的であるならば、自動車産業は大打撃を受けるので株価は危ないかもしれない。自動車部品メーカーも打撃を受け、生産コストの上昇が避けられない。
電子機器産業も大きな影響を受ける。中国からの輸入に依存するスマートフォン、パソコン、家電製品の価格が上昇する。アップルのiPhoneやデルのパソコンなど、アメリカを代表する製品のコスト増加は避けられない。
農業分野では、メキシコとカナダへの輸出が困難になる。アメリカの農家は主要な輸出市場を失う危険性がある。特に、トウモロコシ、大豆、豚肉などの主要農産物の輸出が打撃を受ける。
医療分野での影響も深刻だ。多くの医薬品や医療機器が中国やメキシコで生産されている。関税によってこれらの製品の価格が上昇すれば、アメリカの医療費全体の増加につながる。
経済アナリストによると、アメリカのインフレ率は約0.2%ポイント加速し、中期的なGDP水準は0.2%押し下げられると試算されている。さらに、関税の対象国が日本やEUへと波及し、それぞれが報復措置に踏み切る場合、アメリカのGDPへの影響は1.2%まで拡大する可能性がある。
国際関係にも大きな影響を与える。メキシコとカナダは北米自由貿易協定(USMCA)の締約国であり、この措置は協定違反の可能性がある。中国との関係も一層悪化し、すでに続いている貿易戦争がさらに激化する。
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トランプ大統領はやるつもりだ
この関税措置は、アメリカ国内の消費者や企業に直接的な影響を及ぼす。輸入品の価格上昇は、インフレ圧力を高め、消費者の購買力を低下させる。また、輸入部品に依存する製造業者のコストも上昇し、競争力を低下させる。
それでも、トランプ大統領はいざとなったらいつでもやるつもりだ。とくに、隣国のカナダ・メキシコ・中国に対しては容赦ないようにも見える。
そもそも、なぜトランプ大統領はカナダとメキシコへの25%関税に固執するのか。それは、単なる経済戦略ではなく、アメリカ社会の深層にある不安と不満の表れがそこにあるからだ。
トランプ大統領は、メキシコとカナダとの国境を通じて「過去に例を見ない水準で犯罪者とドラッグが流入している」と主張している。
実際、メキシコからはドラッグカルテルにかかわっているギャングたちが大量に入り込んでアメリカの治安を悪化させている。今回の大統領選挙でメキシコ人もトランプ支持を打ち出したのは記憶に新しいが、それはまさに「ギャングを排除して欲しい」という願いがそこにあったからでもある。
さらにアメリカではドラッグ依存者がゾンビのように街を這いまわる「ゾンビタウン」の存在もクローズアップされている。これらのドラッグもカナダ・メキシコ・中国からやってきているのだ。
次に、製造業の衰退がある。過去数十年間、多くのアメリカ企業が生産拠点を海外に移転させた。特に中国やメキシコへの工場移転は、アメリカの製造業従事者の雇用を奪ったとトランプ大統領は考えている。
実際、この「産業の空洞化」は、特に中西部のラストベルト地帯で深刻な問題となっている。
このラストベルト地帯の声を代弁する象徴としてトランプ大統領は副大統領にJ.D.バンスを選んでいるのだが、トランプ大統領の関税政策は、こうした地域の有権者の声を組み上げる戦略と重なるものでもある。
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この中でも投資の機会を狙うのであれば
さらに、トランプ大統領は国務長官にマルコ・ルビオ上院議員を指名しているのだが、ルビオ氏も強硬な反中国派の議員である。
中国は経済大国としての地位を確立し、技術革新でもアメリカを追い上げている。しかし、中国は知的財産権の侵害や不公正な貿易慣行に対する批判も根強い。トランプ大統領の対中関税は、こうした中国への警戒感を反映している。
トランプ大統領の大規模な関税措置は、投資家にとって大きなリスクをもたらす。私自身は2025年は米国株式市場から足抜けしておく戦略を採るのは「フルインベスト・メルマガ編」で何度も述べているのだが、それはトランプ大統領の政策にリスクを感じるからでもある。
だが、もしこの中でも投資の機会を狙うのであれば、アメリカの国内製造業への投資に切り替える必要があるというのはすぐにわかる。
結局、トランプ大統領の考えかたはシンプルだ。「この状況から抜け出す唯一の方法は、工場を建設することだ。税金や関税の支払いをやめたいなら米国内に工場を建設しろ」とトランプ大統領は述べている。
そうであれば、アメリカ国内に工場を持っている企業や、アメリカ国内で内需に関連する企業が利益を得る。キャタピラー【CAT】やウォルマート【WMT】 やコストコ【COST】は興味深い。
防衛産業も内需という意味では注目だ。トランプ政権は軍事支出の増加を主張しており、米国版「アイアンドーム」もある。(ダークネス:トランプ大統領の米国版「アイアンドーム」構想でどこに投資機会が生まれるか?)
医療関連でいうと、今や見捨てられている感が強いファイザー【PFE】も興味深い。このは非常に米国内に製造拠点を持っている。カンザス州に注射剤や生物製剤の製造、ミシガン州に抗生物質・バイオ医薬品の新たな生産ラインを増設、ノースカロライナ州に遺伝子治療薬の製造拠点、ウィスコンシン州に流通拠点を持つ。
アメリカの国内農業機械メーカーであるジョン・ディア【DE】やCNHインダストリアル【CNHI】なども、国内農家の設備投資増加の恩恵を受ける可能性がある。もうアメリカはバイデン政権時代のアメリカとは違う。環境が変わったのだから、それに適応する必要がある。
