
ゴールドの価格はドルが強いときには下落する傾向にある。ドル高になれば、海外投資家にとってゴールドの購入コストが増し、需要が落ち込むからだ。ところが現在、ドル指数($DXY)が52週間の最高値を更新して、ドルはあきらかに高い。にもかかわらず、ゴールドの価格は上がっている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
相場理論を覆すような異様な動き
ゴールドは古くから価値の保存手段として重視されてきた資産である。政府や中央銀行が発行する紙幣と異なり、その希少性や実物資産としての実体が価格の下支えとなっている。
ゴールドは株式や債券のように配当や金利を生まないが、世界的な政治や経済の不安定要素が増すと、安全資産としての需要が高まりやすい。さらに、通貨の価値が下落するときには、インフレヘッジとしても注目される。
地政学リスクや金融市場の混乱が生じた際に相対的に値動きが安定する傾向があるため、投資家にとっては分散投資の一手段としても機能する。
じつは今、ゴールドの市場で、ここ数カ月にわたって通常の相場理論を覆すような異様な動きが続いている。12か月で35%以上も価格が上昇し、一時は1オンスあたり2,800ドルに迫る水準に達した。
これは株式市場(S&P500)の上昇率を大きく上回るペースである。
本来、ゴールドの価格はドルが強いときには下落する傾向にある。ドル高になれば、海外投資家にとってゴールドの購入コストが増し、需要が落ち込むからだ。ところが現在、ドル指数($DXY)が52週間の最高値を更新して、ドルはあきらかに高い。
にもかかわらず、ゴールドの価格は上がっている。
さらに、ゴールドは利子を生まない資産である。そのため、米国債の利回りが高いときはそこに資金が向かい、ゴールドへの投資は敬遠されるはずである。今、10年国債利回りが4.80%を超えていて高水準にあるといってもいい。
にもかかわらず、ゴールドの価格は上昇を続けている。この異常ともいえる値動きの背景には、何があるのか?
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インフレになるのであればゴールドは?
チャートを見ると、ゴールドは2024年から急激に値を上げている。ドルも高い。国債利回りも高い。にもかかわらず、2024年はずっとゴールドも上げてきた。
多くの経済アナリストは、この背景に「世界経済の不安定さがある」と考えている。中国のデフレ懸念や米国の持続的なインフレ圧力に加え、米国の財政赤字が記録的な規模に膨らんでいることを投資家は懸念している。
トランプ政権2.0が発足してから、ゴールドはさらに上がっている。トランプ政権によって米中の貿易戦争が激化する可能性も高まっており、不確実性が増しているのも理由がある。
トランプ大統領は2025年2月から、カナダ・メキシコ・中国に対して、それぞれ関税を引き上げる。メキシコとカナダに対しては25%の関税、中国に対しては10%の関税である。
これらの関税政策は、米国経済に大きな影響を与える可能性がある。
関税引き上げは輸入物価上昇を通じてインフレ率を押し上げる。そうすると、家計の実質購買力を侵食し景気を抑制する要因となる。わかりやすくいうと、インフレになって景気が悪化する。
インフレになるのであれば、ゴールドは「買い」である。
ゴールドは伝統的にインフレーションに対する防衛手段として認識されている。ゴールドの価値は世界的に担保されているので、通貨価値が下落してもゴールドは影響を受けない。
つまり、関税によるインフレ圧力の高まりは、投資家のゴールド需要を増加させ、結果としてその価格を押し上げる可能性ということになる。
また、関税賦課が経済成長に打撃を与える可能性があるという懸念も、ゴールド価格上昇の要因となり得る。経済の不確実性が高まると、投資家はリスク回避的になり、安全資産であるゴールドへの需要が増加するからだ。
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金利をめぐる大統領とFRBの攻防
トランプ大統領はFRB(連邦準備銀行)に金利引き下げのプレッシャーを与えている。
2025年1月23日、スイスで開催中の世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)があったのだが、トランプ大統領はオンラインで参加し、FRBに対して利下げを求める考えを明確に示した。
「すぐに金利を下げるよう要請するつもりだ。そして世界中で金利は下がるべきだ」とトランプ大統領は述べている。
さらに、「FRBよりも私のほうが金利に関してはるかにくわしい。その判断に当たる主な責任者よりも私のほうが熟知している」と豪語した。また、パウエルFRB議長との対話についても言及し、「適切な時期」に金利について話し合う意向を示した。
FRBは今回、こうしたトランプ大統領の圧力を撥ねのけて利下げを見送ったのだが、トランプ大統領の金利引き下げ要求は、経済成長を促進し、インフレ対策を講じるという政策目標と密接に関連している。
トランプ大統領の関税政策でインフレが引き起こされるのであれば、ゴールドの価格は上がるが、トランプ大統領の利下げ要求も、金利を生まないゴールドの相対的な魅力を高める効果があるので、ゴールドの価格は上がる。
要するに、いずれにしてもゴールドの価格は上がる方向に触れやすい。それが今の状況だった。
もちろん、ゴールド価格の動向は複雑で、関税政策以外の要因にも影響される。為替レートの変動、地政学的リスク、他の金融資産の動向なども考慮する必要がある。そのため、ゴールドの価格もそうした思惑に左右されるのは言うまでもない。
全体を俯瞰して言えるのは、投資家は現在の不確実な情勢に不安と恐怖と懸念を抱いているわけで、その不安と恐怖がゴールド価格の購買に向かっているというのが一般的な見方だ。
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恐怖への投資=ゴールドへの投資
もうひとつ、ゴールドの価格を引き上げている要因がある。各国政府、特にインドと中国が猛然とゴールドを購入していることだ。この傾向は2025年も継続すると予想され、ゴールドの相場の追い風となる要因のひとつとなっている。
中央銀行によるゴールド購入は非常に速いペースで進んでおり、その動きは2025年も続くと見込まれている。特に中国の動きは顕著で、2023年の中国人民銀行と個人のゴールド購入量は前年比で3割増加した。
これは、米国との対立が深まる中で、中国が外貨準備の多様化を図っているためと考えられる。中国はバイデン政権からも明確に「アメリカの敵国」として認識されていた。そのため、中国は米ドル依存からの脱却を図らざるを得なかった。
そして国際的な経済制裁のリスクに備え、また不動産市場の低迷や景気減速懸念からも、安全資産としてのゴールドに価値を見いだしていた。
一方、インド政府もゴールドの重要性を認識し、政策的にゴールドの需要を促進している。もともとインドでは紙幣に対する信頼が薄かったので、ゴールドが好まれていた。その傾向が続いている。
世界経済の不安定さが増す中、ゴールドは安全資産としての役割を果たしており、特に米ドル依存からの脱却を図りたい国々にとって重要な選択肢となっている。
この傾向はこれからも続くはずだ。トランプ政権になってアメリカに公然と敵対行為をなされる恐れのある国家はなおさらゴールドを保有して国家防衛したいという気持ちがあるはずだ。
つまり、世界経済の不確実性や地政学的リスクの高まりもゴールドの価格を押し上げるということになる。私自身は「恐怖への投資=ゴールドへの投資」には関心はないが、ゴールド価格が上がっていく可能性が高いことは理解している。
