
トランプ大統領の発言で毎日のように状況が変わることも起こりえる。あるいは意に反して、トランプ大統領はいったん決めた方向性をまったく変えないこともありえる。大統領自身が相手の出方を行き当たりばったりで決めるので、状況は不確実だ。通常の経済予測は役に立たなくなる。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
トランプ大統領の恫喝関税外交
2025年2月、トランプ大統領はカナダ、メキシコ、中国からの輸入品に対して新たな関税を発動した。
具体的には、カナダとメキシコからの輸入品に25%、中国からの輸入品に10%の関税を課す大統領令に署名し、4日から実施されることとなった。この措置は、不法移民の流入やドラッグ密輸への対策として正当化されている。
トランプ大統領は、これらの関税措置を通じて、米国の貿易赤字の是正や国内産業の保護を目指している。
だがこれらの措置は、米国の主要な貿易相手国との関係に大きな緊張と亀裂をもたらすのは必至だ。すでにカナダのジャスティン・トルドー首相は、米国からの輸入品に対して同等の報復関税を課す意向を示しているし、メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領も対抗措置を検討している。
さらに、中国政府も米国の追加関税に対して世界貿易機関(WTO)を通じて対抗措置を取る準備を進めている。
これらの関税措置は、国際的な貿易摩擦を引き起こし、世界経済に広範な影響を及ぼす。グローバルなサプライチェーンが混乱し、企業の生産コストが上昇することで、消費者価格の上昇やインフレ圧力の増大が懸念される。
また、貿易相手国からの報復措置を誘発し、さらなる経済的な不確実性を生む。もちろん、輸入品の価格上昇により、米国内の生産者・製造業者が恩恵を受けるというメリットはある。しかし、他方で、消費者は高い価格を支払うことを余儀なくされるのだ。
関税収入の増加は政府の財政状況を一時的に改善するかもしれないが、長期的には経済成長の鈍化や雇用の減少といった負の影響が懸念される。
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ありとあらゆるところに悪影響が回る
トランプ大統領の恫喝関税外交は、間違いなく米国の外交関係に悪影響を及ぼす。
特に、カナダやメキシコといった隣国との関係悪化は、北米全体の経済協力体制に亀裂を生じさせる。また、中国との貿易摩擦の激化は、アジア太平洋地域の経済的安定性にも影響を及ぼす。
米国の貿易赤字は縮小するはずだ。なぜなら、ほとんどの輸入品が高価になってしまうので、米国の消費者は輸入品を買い控えるようになるからだ。そうなると、当然だが輸入総額が減少し、貿易赤字の縮小につながる。
だが、関税の引き上げは、米国の国内企業にとってコスト増加をもたらす。そのため「輸入品が高価になったから、安い国内品を買う」という都合の良い話になるかどうかは不明だ。
輸入品の価格上昇は、製造に必要な製品や原材料の価格を上昇させてしまうのだから、国内品だけが値段が上がらないわけではないのだ。輸入原材料や部品のコストが増加したら、生産コストが上昇するわけで、これにより、国内製品も製品価格の引き上げを避けることができない。
つまり、このトランプ関税によって「ありとあらゆるモノが値上がりする」ということになるのだ。モノが値上がりするのであれば、人々はモノを買わなくなる。そうすると、アメリカ国内の製造業者も利益率の低下が避けられず、リストラや設備投資の減少をもたらすことになる。
問題はそれだけではない。アメリカが関税をかけると、相手国も報復関税をかけることになるので、アメリカの輸出企業もダメージを受けることになる。相手国にモノを売ろうと思ったら相手国の政府が関税をかけてくるので、アメリカの輸出企業も海外での売れ行きが落ちる。
すでにカナダやメキシコ、中国などの主要貿易相手国は、米国の関税措置に対して対抗措置を講じる意向を示している。これから米国の輸出産業、特に農産品や工業製品の輸出が打撃を受け、関連する雇用や地域経済に悪影響を及ぼすことになる。
結局、ありとあらゆるところに悪影響が回る。
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ドル高か? ドル安か?
トランプ大統領の関税政策は、為替市場においてドルの動向にも大きな影響を及ぼすことになる。そうなると、「ドル高に動くのか、ドル安に動くのか」どちらに動くのかが投資家の関心となる。
まず、関税の引き上げにより、輸入品の価格が上昇し、国内消費者や企業は輸入品の購入を控える傾向が強まる。これにより、輸入総額が減少するのだが、そうすると海外に出まわるドルが減るので、ドルに対する需要が高まり、結果的にはドル高になる。
さらに、関税はインフレを誘発する。相手に関税をかけると、相手も報復関税をかけてくる。そうするとモノの値段が上がるのでインフレになる。インフレになると、どうなるのかというと、FRB(連邦準備銀行)がその状況を察して、利下げを停止し、逆に利上げに向かっていく。
利上げになるのであれば、国債の金利が高まる。そうすると、この高金利を手に入れるために、外国人投資家はドルを手に入れて米国債を買う。この動きが起こると、ドル高となりやすい。
ドルが他の主要通貨に対して高いのか安いのかを見るには、DXY(米ドルインデックス)を見るのだが、トランプ大統領が関税に本気だと投資家が考えるようになった28日あたりから、ドルは主要通貨に対してじわじわと上がっているのがわかる。
ただ、だからと言って「今後はドル高」と簡単に決めつけられないのが、今の複雑な状況でもある。
たとえば、報復関税による米国経済への悪影響はドル安要因となる。カナダ、メキシコ、中国などの貿易相手国も報復関税を実施すれば、米国の輸出産業は競争力を失い、輸出額の減少が予想される。
輸出の減少は、米国の経済成長を鈍化させる。それを察知すると、投資家はリスク回避姿勢を強めてアメリカと距離を置く。その結果、安全資産とされる他国通貨(日本円やスイスフラン)への資金移動が進み、ドル安が進行することもありえる。
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不確実であることが常態(ニューノーマル)
関税政策の不透明性も、ドル相場に影響を及ぼす。トランプ大統領の政策は一貫性に欠けると指摘されており、市場参加者の不安を煽っている。政策の先行きが不透明な場合、これも投資家のリスク回避行動を促すことになる。
やはり、投資家はドルから他の資産や通貨への資金移動をおこなうだろう。これにより、ドル安が進行するとしてもまったく不思議ではない。
つまり、総合的に見ると、関税引き上げによる輸入抑制やインフレ圧力の高まりはドル高要因となるが、報復関税や政策の不透明性はドル安要因となる。これらの要因が同時に存在するのが今の状況だ。
状況の見極めがもっと難しいのは、トランプ大統領が場当たり的に関税率を高めたり、低めたり、例外を作ったり、やめたり、言葉で揺さぶったりして、今の状況がずっと一定であるとも限らないことだ。
それこそ、行き当たりばったりで毎日のように状況が変わることも起こりえるだろう。あるいは意に反して、トランプ大統領はいったん決めた方向性をまったく変えないこともありえる。どうなるのかは、トランプ大統領自身も相手の出方を見て決めるはずなので、まったく予測できない。
そのため、どちらか一方に決めつけるのは無謀だというのが理解できるはずだ。
もし、確実に言えることがあるとしたら、それは状況は不透明かつ不確実になる事実「だけ」なのだ。為替相場も株式市場も不安定な動きとなるだろう。投資家は、不確実であることが常態(ニューノーマル)になったと認識する必要がある。
ということは、「この不確実性が何を生み出すのか」を考えるのが、これからの4年間を占う上で、もっとも重要なことであるというのが見えてくる。
