BPが落ちたワナ。「きれい事」の経営をしていると、もの言う株主がやってくる

BPが落ちたワナ。「きれい事」の経営をしていると、もの言う株主がやってくる

BP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム)の株価が苦戦している。過去5年を振り返ると、同業のエクソンモービルやシェブロンが好調な成長を見せる中、BPだけが下落基調から抜けられていない。その背景に優しいグリーンエネルギーへの投資を進めたことにある。そして今、もの言う株主が姿を現した。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

BPの株価が冴えない理由

BP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム)の株価が苦戦している。過去5年を振り返ると、同業のエクソンモービルやシェブロンが好調な成長を見せる中、BPだけが下落基調から抜けられていない。

これは偶然の結果ではない。BPが選んだ新しい道がもたらした必然の結果とも言える。このような差が生まれたのは、BPが環境に優しいグリーンエネルギーへの投資を積極的に進め、これまで収益の柱だった石油・ガス事業からの転換を図ろうとしていたことにある。

BPは2010年4月20日にメキシコ湾で起こしたディープウォーター・ホライゾン原油流出事故で、海洋生物や沿岸の生態系に深刻なダメージを与えるものとなった。この事故を受けて、BPに対する訴訟が多数起こされ、最終的にBPは巨額の罰金と和解金を支払うこととなった。

こうした「トラウマ」もあって、BPはグリーンエネルギーに移行しようと考えていたのかもしれない。

この判断自体は、将来を見据えた意欲的な挑戦といえる。環境保護派にとっては満足できる方向転換だろう。だが、市場はこの決断を手放しでは評価していない。むしろ、収益の安定性を損なうリスクの高い賭けとして、厳しい目を向けているのだ。

対照的に、エクソンモービルとシェブロンは従来路線を堅持している。石油・ガス事業を中心に据え、着実な利益を積み上げる戦略だ。この保守的とも見える姿勢が、投資家の信頼を勝ち取っている。市場が求めているのは、理想や野心的な構想よりも、目に見える実績だった。

BPの事例は、企業が新しい挑戦をする際の難しさを浮き彫りにしている。たしかに、環境への配慮は現代企業にとって避けて通れない課題かもしれない。しかし、それは収益性との両立があって、はじめて評価される。

投資家の目は冷徹だ。彼らが求めるのは「きれい事」ではなく、投資に見合うリターンである。BPは巨額の資金をグリーンエネルギー分野に投じている。その一方で、確実な収益源だった石油・ガス事業の比重を下げている。

この選択は、現時点では、収益力の低下を招いただけだった。

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ESG(環境・社会・ガバナンス)というワナ

BPの低迷は、ESG戦略への過度な傾斜が背景にある。

ESGは「環境(Environmental)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)」を指す。この評価軸は、近年の企業経営において重要視されるようになったが、BPはこのトレンドに乗じ、急速にグリーンエネルギー事業へシフトした。

まず、石油・ガス生産を長期的に削減し、低炭素エネルギーへの投資を拡大することを掲げ、2025年までに移行成長事業の割合を40%以上、2030年までに50%程度に引き上げ、2030年までに再生可能電力容量50GWを達成する目標を設定した。

また、オーストラリアのAREHプロジェクトは、6,500平方キロメートルの広大な敷地において再生可能エネルギーを押し進め、年間約1,700万トンのCO₂削減を見込んだ。

こうしたESG戦略は、企業の持続可能性や社会的責任を評価する枠組みとして採用され、環境負荷の低減や社会貢献活動が強調される。BPは2020年に従来の収益重視の経営方針から一転し、環境対策に巨額の資金を投入する戦略を取った。

しかし、投資家は収益性と成長性を重視する。短期的な利益を犠牲にするESG戦略を評価するわけがない。もちろん、企業が環境や社会に配慮する姿勢を示すことは、理念としては評価されるが、それで売上が落ちたり数字としての成果が伴わなければ株式は売り飛ばされる。

BPは環境対策のために膨大な投資を行い、従来の収益を生む事業から資金を移行した結果、短期的な利益率は低下した。そのため、市場は、ESG戦略に過剰に依存することは致命的であると判断した。そして、BPの株価は下落する一方と化した。

企業がESGの理念に走るあまり、現実の市場評価から乖離することは、かならずしも持続可能な成長を保証しない。

BPのESG戦略は、理念と実務の乖離がもたらす典型例であり、理想主義が投資家の信頼を損ねる最たるケースである。数字と実績が企業の価値を決定する中で、環境や社会に配慮するだけでは企業価値は向上しない。

現実は厳格であり、ESG戦略が企業の収益性を脅かす要因となると断定できる。BPの事例は、企業が理念に固執する危険性と市場原理の厳しさを痛烈に物語っている。

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「もの言う株主」が乗り込んでくる

こうした状況の中で、投資ファンド「エリオット・インベストメント・マネジメント」がBPを標的にしていることが報じられている。エリオットといえば、ポール・シンガーが率いる最強のアクティビスト投資家として知られている。

彼らの手法は「積極的に低迷している企業の株式を買い集め、会社の方向性を変え、利益を上げてから株を売って利益を得る」というものだ。このアクティビスト・ファンドは、これまでも数々の企業に改革を迫り、実績を残してきた。

BPに対する彼らの主張は「BPの業績不振は、環境重視のESG戦略に傾きすぎた結果だ」と非常に明確だ。そして、BPがもっと収益を重視する古典的な経営に戻るべきだと強く訴えている。

具体的には、「石油・ガス事業をもう一度中心に据えよ」という要求だ。そのために必要なら、思い切ったリストラや事業の組み換えも辞さない、という強い姿勢を見せている。

エリオットの介入は、BPの経営の在り方に大きな疑問を投げかけている。彼らは、会社の仕組みを改善し、株主への還元を徹底することを目指している。このことは、現在のBPのESG戦略という「きれい事」が、もはや限界にきていることを如実に物語っているのだ。

エリオットの一連の動きは、市場が本当に求めているものを示している。それは、実績と数字に裏打ちされた経営判断である。たしかに、投資家は環境対策や社会貢献も重視する。しかし、それ以上に大切なのは、着実な収益を上げることなのだ。

BPは環境戦略に力を入れすぎるあまり、肝心の稼ぐ力を失ってしまった。エリオットはその現実を冷静に分析し、即座の改革で株主の利益を取り戻そうとしている。

エリオットの要求は、BPだけでなく、ESG戦略を進めてきたすべての企業に対する警鐘でもあるともいえる。目の前の利益が減り、投資家の信頼を失うような経営をしているのであれば、今後はいつでも「もの言う株主」が乗り込んでくるというわけだ。

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今後、BPはどうなっていくのだろうか

市場において、もっとも評価されるのは、企業が持つ実力と能力である。BPの事例は、経営理念や環境対策に固執することが、かならずしも企業価値の向上につながらないという厳しい現実を浮き彫りにする。

企業が「きれい事」に走って実務的な収益性を見失っているのであれば、いつでも「もの言う株主」がやってきて真っ正面から経営方針の転換を迫り、場合によっては経営者のクビが飛ぶ。

日本の事例で言えば、フジテレビが性的接待でダルトン・インベストメンツに非難されて社長や会長のクビが飛んだのが記憶に新しい。

企業が成功を収めるためには、短期的な株主利益と長期的な成長戦略の両立が必須である。BPは、ESG戦略という「きれい事」を追求するあまり、伝統的な収益基盤を疎かにした結果、株主からの信頼を失墜した。

エリオットは、すべての企業はいっさいの妥協なく、利益拡大に基づく経営戦略に軸足を置くべきであると考えている。BPのグリーンエネルギーへの過度な投資は、そこから逸脱していた。

市場は厳格な評価基準の下で能力と実力に基づく企業を賞賛し、理念だけに依存する企業を淘汰してしまう。

今後、BPはどうなっていくのだろうか。おそらく現経営者はエリオット・インベストメント・マネジメントに対してある程度の抵抗はするのだろうが、経営者は大株主の意向を汲む必要がある。

もし、力関係でエリオット側が経営改善に成功する見込みがあるのであれば、BPは馬鹿げた「きれい事」戦略を捨てて、石油ビジネスに集中していくのだから、業績が戻る確率が高まる。

となれば、エリオットの登場は経営者にとっては受難だが、株主にとっては投資のチャンスという話になる。興味深い戦いになると思う。エリオットに賭けるのであれば、BPは買いだ。

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