
東南アジアでは、Uberも敵わないほどの圧倒的な知名度を持っているのが『Grab』である。私は東南アジアの報道によく接しているのだが、その中で「Grab(グラブ)」という企業が、東南アジアのデジタルサービス市場で驚くべき成長を遂げていることが、ずっと気になっていた。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
東南アジアで着実に定着しているGrab
私は東南アジアの報道によく接しているのだが、その中で「Grab(グラブ)」という企業が、東南アジアのデジタルサービス市場で驚くべき成長を遂げていることが、ずっと気になっていた。
シンガポールを拠点に、マレーシア出身の創業者Anthony TanとTan Hooi Lingが立ち上げたGrabは、タクシー配車から始まり、今では食事の配達、さらに今では金融サービスまで手がけるようになっていたのだった。
面白いのは、UberのようなグローバルIT企業が東南アジアで苦戦する中、Grabはなぜここまで成功できたのかという点である。
その秘密は、地域に根差したサービス展開にあった。Grabは最初、東南アジアの食事配達市場に目をつけた。この市場で築き上げた配達ネットワークを活用して、次は配車サービスへと展開していった。
さらに、同じインフラを使って、お金を借りたり、スマホで銀行取引ができたりするサービスもはじめた。これらのサービスはすべて、ひとつのアプリにまとめられている。利用者は一度アプリをダウンロードすれば、さまざまなサービスを簡単に使えるようになる。
この仕組みは、新しいサービスを追加するたびに、既存のユーザーを自然に取り込んでいける利点がある。
Grabが成功している理由は、地域の特性を深く理解し、大胆な投資をおこなってきたことにある。たとえば、東南アジア各国の法律や規制を細かく調査し、現地の人々の生活習慣や好みを徹底的に研究した。
その上で、配車やデリバリーサービスを使ってもらうための魅力的なキャンペーンを次々と打ち出していった。その結果、東南アジアの人々のあいだで、Grabの知名度は急速に高まり、市場での存在感も着実に大きくなっていった。
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複数のサービスを組み合わせた
特筆すべきは、Grabのドライバーや配達パートナーへの手厚いサポートである。彼らが安定して働けるように、資金調達の支援や各種の金融サービスを提供している。このような取り組みは、パートナーたちをGrabのプラットフォームに定着させる効果がある。
競合他社がこれと同じレベルのサポート体制を整えるのは、簡単なことではない。Grabは、ビジネスを地域の人々の暮らしに深く結びつけることで、長期的な競争優位性を築き上げているのだ。
Uberも東南アジアで大々的な宣伝活動を展開したが、Grabは戦略的な提携や企業買収を通じて、配車サービス市場での主導権を握ることに成功した。
配車と配達の両方のサービスを同時に展開することで、ひとつのサービスを使っている顧客に、もうひとつのサービスも使ってもらえるような仕組みを作り上げた。これにより、ユーザー数は雪だるま式に増えていった。
Grabが市場でトップの座を占めているのは、このような複数のサービスを組み合わせた展開があったからこそである。一時的な勢いではなく、地に足のついた強さを持っているのだ。
東南アジアは今、かつてない勢いでデジタル化が進んでいる。経済成長によって人々の生活水準が上がり、若い世代を中心に人口も増え続けている。都市部ではインターネットインフラが整備され、スマートフォンを持つ人も急増している。
Grabはこの大きな波に乗って、食事の配達や配車サービス、金融サービスなど、成長が見込める分野に次々と進出している。
ただ、もっと知られているのは、食事の配達サービスでの圧倒的な強さだろう。東南アジア全体で年間200億ドル(約30兆円)という巨大な市場の半分以上を、Grabが占めている。しかも、この市場は毎年10%以上のペースで成長を続けている。
配車サービスの分野でも、Grabは市場の約40%を握っている。東南アジアでは、まだまだ電車やバスといった公共交通機関が十分に整備されていない地域が多い。道路の整備も途上であることが多く、人々は手軽に使える移動手段を求めている。
そんな中で、スマートフォンで簡単に車を呼べるライドシェアサービスの需要は、急速に高まっている。
Grabは使いやすいアプリを作り、それぞれの国や地域の事情に合わせてサービスを細かく調整している。その結果、「車を呼ぶならGrab」という認識が広く定着している。この市場も今後5年間で毎年11%ずつ拡大すると予測されており、こちらでもGrabのシェアはさらに大きくなっていくだろう。
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すべて「ひとつのアプリ」で完結
金融サービスの分野でも、Grabは着実に地歩を固めている。シンガポールやマレーシアでは、デジタル銀行としての営業免許を取得した。カネを借りたり、支払いをしたり、保険に加入したりといった金融サービスを提供することで、ユーザーやパートナーを自社のサービス網にしっかりと結びつけた。
これは、うまいビジネス拡大だった。
たとえば、配達員やドライバーがGrabを通じてローンを組んで車やバイクを購入すると、その返済は必然的にGrabでの仕事に依存することになる。これは彼らをGrabのサービスに強く結びつけ、Grabという企業への忠誠心を高めることにもつながっている。
Grabの強みは、ただ単に色々なサービスを提供しているということではない。配達も、配車も、金融サービスも、すべて「ひとつのアプリ」で完結するという戦略が、ユーザーの利便性を高め、同時に離れにくくしているのだ。
Grabで食事を注文した人が、同じアプリで車を呼ぶのは自然な流れである。さらに、支払いもローンも同じアプリでできるとなれば、日々の生活の中でGrabを使う機会は増える一方だ。
イーロン・マスクは今、「X(旧Twitter)何でもできるスーパーアプリ化する」と動いているのだが、Grabがやっていることもまさにそれである。Grabは、それを東南アジアに密着した形でやっている。これは他社が真似をしようとしても簡単にはできない。それが、Grabの市場支配力をますます強めている。
Grabは以前、成長を最優先する戦略を取っていたが、最近は財務の基盤をしっかりと固めながら、収益も着実に上げている。2021年以降、借金を減らしながら自己資本を維持し、さらに新しい資金調達にも成功している。
現在、Grabは負債の約20倍もの自己資本を持っており、大きな投資や市場の変動にも耐えられる体質になっている。このため、事業を広げていく上で資金が足りなくなるリスクは、ほとんどないと言える。
Grabの財務状況は、急成長している企業としては驚くほど安定している。
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もう東南アジアのデジタル経済を牽引する存在
Grabは急成長を続ける東南アジア市場で、複数の事業分野ですでにトップシェアを握っている。
東南アジアの市場自体も毎年10%以上の成長が見込まれており、Grabがその成長率を上回るスピードで業績を伸ばしていけるのであれば、投資先として興味深い。
Grabの将来を考えるとき、東南アジアの各国がどのような政策を取り、インフラ整備をどう進めていくのかに注目する必要がある。現在、それぞれの国で、インターネット環境や物流の整備が進んでおり、オンラインサービスを使いはじめるハードルが年々下がっている。
Grabはすでにシンガポール、マレーシア、インドネシアといった主要な国々で、多くの人々に知られブランド名が浸透した。そのため、インフラの整備によって需要が増えれば、その恩恵を直接受けることができる。
現在、Grabはフリーキャッシュフローはプラスだ。他の企業を買収したり、新しい技術開発に投資したりする余地がある。そのため、Grabはさまざまな分野で収益を上げることでリスクを分散しながら、利益率を高める段階に入っている。
東南アジアの政治や経済が安定すれば、この追い風をさらに活かして、世界的な大企業と肩を並べ、東南アジア有数のハイテク企業に成長する可能性がある。
もちろん、リスクも存在する。規制が厳しくなったり、世界情勢が変化したりする可能性がある。労働者の保護や消費者保護の観点から、手数料が制限されるかもしれない。新しいライバル企業が現れる可能性もある。
だが、Grabは地域社会との関係を大切にし、現地の事情をよく理解している。そのため、問題が起きる前に対策を打てる体制を作り上げている。これまでの実績を見ても、規制の強化などに直面しても柔軟に対応し、むしろそれを強みに変えてきたわけで、十分に乗り切る力は備わっている。
Grabは、もう東南アジアのデジタル経済を牽引する存在となっているのだ。長い目で見れば、この企業が市場での影響力をさらに高め、株主に大きな利益をもたらす確率はかなり高いのではないか。
個人的にはGrabのさらなる躍進を期待しているし、東南アジアを基点に南アジアや中東にも広がって欲しいと思っている。私は東南アジアを愛しているのでかなり強いバイアスがかかっているのだが、将来が楽しみな企業のひとつでもある。
