
「DeepSeek-R1」の衝撃的な登場以降、中国のハイテク企業は現在、投資家からの注目を浴びて好調な状況が続いている。マイケル・バリーのようなアメリカの投資家も、中国のハイテク企業に勝負を賭けるのも、そこに莫大な投資妙味があるからだ。現在、アリババがバリーの大きな保有株となっている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
マイケル・バリーの大胆な賭け
最近、世界はトランプ政権と中国との軋轢を考えて、中国以外の投資先を探す「ABC戦略=Anything but China(中国以外ならどこでも)戦略」を採るようになっている。今後4年で政治的な軋轢は激しくなっていくばかりであり、中国への投資は政治に翻弄される可能性が高い。
そんな中で、リーマンショックの「ビッグ・ショート」で有名な投資家マイケル・バリーが、アリババ【BABA】、バイドゥ【BIDU】、JD【JD】、PDD【PDD】などの中国企業に大規模な投資をおこなっているのが目を惹く。極めて大胆な選択だ。
マイケル・バリーの中国への投資は2年くらい前から始まっている。2年前は、中国政府もハイテク企業を冷遇しており、株価は地に堕ちていたような状況だった。そういう意味で、マイケル・バリーの判断は「バリュー投資」であったともいえる。
誰もが見捨てている中、安値で中国ハイテク企業を買いながら、辛抱強く株価が上昇するきっかけ(カタリスト)を待っていた。
そのカタリストは2025年に入って突如としてやってきたように見える。ひとつは、中国製の人工知能「DeepSeek」の登場が世界を激震させたこと、そしてもうひとつは習近平が中国のハイテク大手トップと会談し、そこで「揺るぎない支援」を約束したことだ。
この会合には、アリババの共同創業者であるジャック・マー、テンセントの共同創業者、BYDの創業者、シャオミの創業者、ファーウェイの創業者、そしてAIスタートアップであるDeepSeekの創業者などが出席している。
習主席が民間企業のトップとこのような座談会を開くのは約6年ぶりだ。これは中国経済の減速や米国との地政学的緊張が高まる中、民間企業の投資を促進し、技術革新を推進する意図があるとされている。

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米中間のデカップリング(経済的分断)
これまで中国政府は自国のハイテク企業を「儲けすぎて中国政府よりも影響力を行使しそうだ」と考えて冷遇してきたのだが、その姿勢が一転した。それは、トランプ政権にある。
2025年1月20日、ドナルド・トランプ大統領は再任してすぐに「米国第一主義」を掲げた通商政策を発表している。この政策では、中国との恒久的正常貿易関係(PNTR)の見直し、中国からの輸入品への高関税導入、米国企業の対中技術移転や投資の制限が指示されていた。
これらの措置は、中国の非市場的経済慣行や技術移転強要、知的財産権侵害に対抗することを目的としている。とくに、ハイテク分野における中国企業の台頭を抑制し、米国の技術的優位性を維持する狙いがある。
トランプ政権内部には、反中国派の閣僚が揃っている。トランプ政権が中国に対して厳しい措置を取るのは最初から想像できた。
現に、米中間のデカップリング(経済的分断)が進行する中で、中国のハイテク企業は海外市場へのアクセスや先端技術の入手が制限されるリスクに直面している。
そのため、中国政府は国内のハイテク企業への支援を強化して、中国経済を維持する戦略に出たと思われる。具体的には、補助金や税制優遇、政府系ファンドからの資金供給を通じて、半導体、情報通信、航空・宇宙、新エネルギー自動車などの先端技術産業の振興を図る。
会合後、参加した企業のリーダーたちは、外部からの圧力に対抗し、革新を続ける決意を表明している。シャオミの創業者レイ・ジュンは「外部からの圧力に直面する中で、中国企業はより団結し、世界市場での影響力を高める必要がある」と述べているのが印象的だった。中国の危機感がこの言葉に表れている。
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人工知能(AI)と電気自動車(EV)の台頭
現在、米中のあいだで人工知能(AI)と電気自動車(EV)の分野で激しい覇権争いが繰り広げられている。とくに、中国のAIスタートアップであるDeepSeekと、EVメーカーのBYDは、その革新的な取り組みで米国の脅威となっている。
DeepSeekは、2023年に中国・浙江省杭州市で設立されたAIスタートアップである。創業者のリャン・ウェンフォンは、量子取引の経験を活かし、自己資金でDeepSeekを立ち上げとされている。
同社は、低コストで高性能な大規模言語モデル(LLM)の開発に成功し、世界的に衝撃を与えた。2025年1月に発表した「DeepSeek-R1」モデルは、OpenAIの最新モデル「o1」に匹敵する性能を持つものだった。
この革新は、AI業界に大きな衝撃を与え、Nvidiaなどの大手テクノロジー企業の株価に影響を及ぼした。
このDeepSeekの技術を中国国内の主要企業もすぐに採用し、Tencentは同社のAIサービスを自社のメッセージングアプリ「WeChat」に統合した。これにより、Tencentの株価は2021年以来の高値を記録している。
一方、電気自動車市場では、中国のBYDが米国のテスラに対抗する存在として台頭している。同社は、2024年に世界で約176万台のバッテリー電気自動車(BEV)を販売し、テスラの約180万台に迫る勢いを見せている。
BYDはとくに低価格帯のモデルやハイブリッド車(PHEV)でも強みを持ち、総販売台数ではテスラを上回る実績を上げている。
DeepSeekとBYDの台頭は、中国がAIとEVの分野で世界的な影響力を強めていることを示している。これらの中国企業の動向は、今後の技術革新と市場の勢力図に大きな影響を与えると考えられる。
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サイオン・アセット・マネジメント
「DeepSeek-R1」の衝撃的な登場以降、中国のハイテク企業は現在、投資家からの注目を浴びて好調な状況が続いている。マイケル・バリーのようなアメリカの投資家も、中国のハイテク企業に勝負を賭けるのも、そこに莫大な投資妙味があるからだ。
もともと、マイケル・バリーはサブプライムローンの「ビッグ・ショート」のように、世間に迎合はしない。
まわりから反発されても自身の主張を貫く反骨精神を持ったウォール街のアウトサイダーである。世間からあえて反発される投資に邁進するのは、マイケル・バリーの真骨頂であるともいえる。
そのマイケル・バリーが率いるサイオン・アセット・マネジメント(Scion Asset Management)は、2024年第3四半期にアリババ【BABA】への投資を29%増加させ、9月末時点で2,100万ドル以上を保有する同ファンドの最大の持ち株となっている。
アリババは、AI分野での競争力を強化しようと迅速に動いている。
同社が発表した最新の大規模言語モデル(LLM)である「Qwen 2.5」は、OpenAIの「GPT-4o」や中国の新興企業DeepSeekの「DeepSeek-V3」、Metaの「Llama-3.1-405B」など、他の先進的なモデルを性能面で上回るとされている。
さらに、アリババはオープンソースのAIモデルやテキストからビデオへの生成技術など、多様なAI関連技術を積極的に開発・公開しており、これらの取り組みが同社の技術的優位性をさらに強化している。
マイケル・バリーのアリババへの投資増加は、同社の将来性に対する強い信念を示しており、AI分野でのリーダーシップを再確立する可能性が高い。
ただ、マイケル・バリーは長期投資家ではない。アリババへの長期的な競争力優位性に賭けているのではなく、どこかで売り抜けするタイプの投資家だ。しばらくは、中国のハイテク企業に賭けて、状況が変われば一気に売り抜けて莫大な利益を手に入れる動きをするだろう。
そのタイミングがどこになるのか、興味深い。
