
DeepSeekのR1発表以降、中国のAI関連企業への投資熱が高まり、アリババのQwen 2.5など他の中国国産AIモデルも注目を集めている。一方、インド株式市場は短期的な利益見通しの低迷から下落している。多くの投資家がインド株から資金を引き上げ、中国株へのシフトを加速させている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
事態は2024年末から急展開を見せはじめた
世界の金融市場は中国株とインド株の激しい攻防に注目している。この対決は、単なる株価の上下動ではなく、両国の経済力と技術革新の象徴的な戦いとなっている。事態は2024年末から急展開を見せはじめた。
中国のAIスタートアップ、DeepSeekが画期的な人工知能モデル「R1」を発表したことが、この激闘の引き金となった。
DeepSeekのR1は、わずか600万ドル以下の開発費用で、米国の巨大テック企業が数十億ドルを投じて開発したAIモデルと同等の性能を実現した。この衝撃的な発表は、中国のAI技術力を世界に知らしめ、同時に中国株式市場に新たな活力をもたらした。
これによって、中国のCSI300指数は、R1の発表を受けて急騰し、1月の安値から26%以上上昇した。特に、ハイテク株を中心とする香港上場の大手テクノロジー企業30社を追跡するハンセンテック指数は、約3年ぶりの高値を記録した。
この上昇は、単なる一時的な熱狂ではなく、中国のAI産業の潜在力に対する投資家の確信を反映している。
一方、インド株式市場は調整局面に入った。MSCIインド指数は年初来7%以上下落し、9年間続いた長期成長トレンドに陰りが見えはじめた。この背景には、インド経済の減速懸念がある。
2024年9月までの四半期のGDP成長率は5.4%と、過去7四半期で最低を記録し、政府は2024年度の経済成長予測を6.4%に下方修正した。
この状況下で、グローバル投資家の資金が中国株からインド株へと流れる現象が顕著になっているのだ。
野村証券の調査によると、1月末までに大手グローバル新興国ファンドの33%が中国株と香港株を「オーバーウェイト」とし、12月の26%から増加した。対照的に、インド株を「アンダーウェイト」とするファンドは6%増加した。

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2024年に入って傾向が逆転しはじめた
中国株とインド株の激闘は、単なる株価の上下動を超えて、両国の経済政策と技術革新の成果を映し出す鏡となっている。
DeepSeekのR1発表以降、中国のAI関連企業への投資熱が高まり、アリババのQwen 2.5など他の中国国産AIモデルも注目を集めている。これらの企業は、推論コストを削減しながらパフォーマンスを向上させる能力を示し、投資家の期待を高めている。
一方、インド株式市場の調整は、短期的な利益見通しの低迷を反映している。インド経済の減速懸念が強まる中、多くの投資家がインド株から資金を引き上げ、中国株へのシフトを加速させている。
この資金移動の背景には、過去数年間の両国の株式市場のパフォーマンスの違いがある。中国のCSI 300指数は2021年から2023年にかけて3年連続でマイナスリターンを記録したのに対し、インドのNifty 50指数は同期間に大幅な上昇を遂げた。
しかし、2024年に入ってこの傾向が逆転しはじめた。投資家のあいだでは、中国市場の回復に対する期待が高まっている。
アブルドンのアジアおよび新興市場株式投資スペシャリスト責任者、アレックス・スミス氏は、ドナルド・トランプ大統領の再選可能性を考慮すると、中国政府がさらに積極的な景気刺激策を打ち出す可能性が高いと指摘している。
これは中国株式市場にとってプラス要因となる可能性がある。ただ、中国市場の回復に対して慎重な見方も示している専門家も多い。
マニュライフのウォン氏は、中国の消費活動の持続的な回復を判断するには時期尚早だと警告している。
また、クリアノミクスの創設者で調査責任者のジェームズ・リュー氏は、貿易戦争の激化、中国の金融システムへの懸念、不動産バブル、政府の景気刺激策をめぐる不確実性などが2025年の市場のボラティリティを高める可能性があると指摘している。

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決定的に中国が優位になったというわけではない
中国株とインド株の激闘の背景には、両国の技術革新への取り組みと経済政策の違いがある。
中国は「メイド・イン・チャイナ2025」計画のもと、AIやロボット工学、量子コンピューティングなどの先端技術分野で世界のリーダーになることを目指している。DeepSeekのR1の成功は、この国家戦略の成果のひとつと見ることができる。
中国政府は、技術革新を経済成長の新たな原動力として位置づけ、大規模な投資と支援をおこなっている。特に、AIの分野では、データの豊富さと政府の後押しが相まって、急速な進歩を遂げている。
これは、単に技術面での進歩だけでなく、中国企業の国際競争力を高め、グローバル市場でのシェア拡大にもつながっている。
一方、インドは「メイク・イン・インディア」イニシアチブを通じて、製造業の強化と外国直接投資の誘致に力を入れている。また、「デジタル・インディア」計画により、国全体のデジタル化を推進し、IT産業の発展を図っている。これらの政策は、インドの経済成長を支える重要な柱となっている。
だが、インドは依然として多くの構造的な課題に直面している。インフラ整備の遅れ、労働市場の硬直性、官僚主義などが、経済成長の足かせとなっている。また、農業部門の生産性向上や、都市と農村の格差解消など、解決すべき問題も多い。
両国の経済政策の違いは、投資家の判断にも影響を与えている。中国の積極的な技術投資と国家主導の経済政策は、短期的には市場に大きなインパクトを与える可能性がある。一方、インドの漸進的な改革アプローチは、長期的な成長の可能性を秘めているものの、即効性に欠ける面がある。
ただ、中国に関しては米中貿易摩擦の継続や、地政学的リスクの高まりが中国株の不安定要因となっている。一方、インドは相対的に安定した政治環境と、西側諸国との良好な関係を武器に、外国投資の誘致を図っている。
決定的に中国が優位になったというわけではないことに留意する必要がある。
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私自身はインドの経済成長を興味深く見ている
中国株とインド株の激闘は、単なる株価競争を超えて、両国の経済力と技術革新力を映し出す鏡となっている。この対決の行方は、グローバル経済の重心シフトを示す重要な指標となるのだろう。
短期的には、中国株の上昇モメンタムが続く可能性が高い。アメリカの投資家も中国株に賭けて大きく利益を上げている。マイケル・バリーもそのひとりだ。(ダークネス:マイケル・バリーが中国のハイテク企業に賭けている背景に何があるのか?)
DeepSeekのR1に代表される中国のAI技術の進歩は、投資家の期待を大きく膨らませている。また、トランプ大統領の登場によって危機感を感じている中国政府の景気刺激策への期待も、株価を下支えする要因となるだろう。
しかし、中国市場には依然として多くのリスク要因が存在する。
不動産セクターの問題、金融システムの脆弱性、米中関係の不確実性などが、市場の不安定要因となる可能性がある。いずれ、こうした中国固有の問題はどこかで爆発するだろう。ちなみに、中国に賭けているマイケル・バリーは短期投資家であり、中国に長期投資しているわけではない。
一方、インド株は短期的には調整局面が続く可能性が高いが、長期的な成長ポテンシャルは依然として高い。インドの人口動態の優位性、IT産業の競争力、政府の構造改革への取り組みなどが、将来の成長を支える要因となるだろう。
中国とインドは、今までもそうだったが、今後も政治的にも経済的にも激しく対立していくことになる。その激闘は、単なる株価競争ではなく、両国の経済モデルと技術革新力の真価が問われる戦いとなる。
私自身はインドの経済成長を興味深く見ている。いずれ、インドの企業が世界を席巻していく時代もくるのかもしれない。中国がDeepSeekを生み出したように、インドも何か衝撃的なものを生み出す潜在能力がある。期待している。
