
半導体業界は、地政学リスクや需給バランスの変動によって急変しやすい。トランプ大統領はしばしば「台湾は我々のビジネスを盗んだ」と半導体立国の批判しているが、そのたびに半導体銘柄も下落する。こうしたファンダメンタルズの影響を3倍に増幅するのが【SOXL】である。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
爆発的な上昇局面の魅力が人々を引きつける
【SOXL】は米国の半導体関連株を対象とする3倍レバレッジETFであり、短期間で圧倒的なリターンを追求できる手段として多くの個人投資家を強く引きつけてきた。
AI(人工知能)がパラダイムシフトを起こす中、投資対象セクターが絶えず成長を遂げる半導体業界であること、さらにレバレッジによって上昇局面で利益が増幅される仕組みが、【SOXL】の魅力を高めている。
たしかに、半導体はスマートフォンや自動車、人工知能(AI)など多彩な分野で欠かせない部品として需要を拡大しており、業績拡大が期待される企業が多数上場している。好調な市況下で基盤となるインデックスが上昇すれば、それを3倍に増幅したリターンを得ることができる。
しかし、それは信用取引と同じである。下落局面では3倍の速度で資産が減少し、高いボラティリティへの耐性を持たなければ、一瞬にして多額の損失をこうむる。
実際、相場急落時にはS&P500連動インデックス以上の下落幅となり、レバレッジ商品特有の急激な価値下落が投資の資産を吹き飛ばしている。レバレッジETFは日々の価格変動を複利的に反映する仕組みをとるため、価格の乱高下が激しいほど乖離が発生しやすい。
特に半導体業界は、地政学リスクや需給バランスの変動によって急変する。トランプ大統領はしばしば「台湾は我々のビジネスを盗んだ」と半導体立国の批判しているが、そのたびに半導体銘柄も下落するのを見てもわかる。
こうしたファンダメンタルズの影響を3倍に増幅するのが【SOXL】である。大きく上昇する局面では莫大な利益を獲得できる半面、市場が崩れた場合には悲惨なことになってしまう。これで市場から退場していった人も相当数いる。
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情報の非対称性が熱狂を助長していく
レバレッジETFはギャンブル同然であり、【SOXL】もその1つだ。欲に惹かれて過度なリスクを取るならば、最終的に破滅的な結果を迎える。それでも、【SOXL】にのめり込む投資家は多いだろう。
「早く金持ちになりたい」という欲求は人々を突き動かすのだ。
こうした投機に惹かれる人々は、どこかで成功事例を目にすると「自分も同じように稼げる」と思い込み、実際のリスクを軽視する。SNSやオンラインコミュニティでは、成功した投資家の派手な結果だけが拡散されやすい。
その裏には大損をした人々もいるのだが、こちらは黙って消えていくので存在すら見えなくなる。この情報の非対称性が熱狂を助長し、膨れ上がった期待感に駆られた投機行動を加速させる。
人は利益に対しては貪欲になり、損失に対するリスクは軽く見る。それで、実際にやってみて負けると、焦ってさらに勝負をかけて深みにハマっていく。「相場の負けは相場で取り戻そう」と考えて、さらにリスクを積み増す。
人間には自分の選択を正当化するバイアスが働く。含み損が出ても、やがて相場が戻ると断定してしまう。この際、短期的な下落を一時的な調整だと考え、不利な事実を意図的に無視する心理が働く。
とくに半導体セクターには「これからも長期的に成長していくのだ」というストーリーがあるため、下落局面に陥っても「今は買い増しの好機だ」と都合良く解釈してしまう人が多い。結果として、損失を抱えながらも撤退タイミングを逸し、さらに資金を投下して大逆転を狙うという悪循環に陥る。
結局、それでどうにもならなくなってしまう。
こうした行動は、つねに繰り返されているわけで、言わば典型的な負けパターンである。レバレッジをかけたギャンブル的投資は、そういう結果になりやすい。当然だが、感情を制御できなければ資産を失う。

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【SOXL】は、相場転換の潮目を3倍に増幅させる
【SOXL】に全資産を投じて、【SOXL】のギャンブル性を批判すると食ってかかって罵倒や中傷を浴びせるSNSのアカウントもあった。この人は【SOXL】が騰がっているときは上機嫌だったが、やがて2024年7月に大暴落してから姿を消した。
【SOXL】は2022年の秋ころから騰がりはじめて2024年7月に頂点に達したのだが、どこが頂点なのか誰も判断できないわけで、うまく売り抜けられればいいのだが、ほとんどの人は逃げ遅れる。「もっと儲かる」という思い込みがあるからだ。
チャートを見ればわかるが、いったん相場が転換すると、下落局面の加速はすさまじい。3倍レバレッジETFはわずかな値下がりでも3倍の速度で損失が拡大するので、その恐怖は大きかったはずだ。
【SOXL】に関して言えば、2022年初頭にも金融引き締めや地政学リスクが浮上して半導体株が急落し、大ダメージを受けている。一時は70ドルだった【SOXL】の株価は2022年の終わり頃には10ドルになっていた。株価は7分の1になってしまったのだ。
これによって、【SOXL】に全額を投入していた個人投資家が資産をほぼ失ったという報告が相次いだ。
半導体セクターは技術革新やサプライチェーンの混乱など多様なリスクにさらされ、短期間で大きく潮目が変化する。レバレッジETFは、それを増幅させる。
【SOXL】への全賭けをおこなった投資家は、それまでの上昇を取った成功体験によって自分の判断力を過信したので、下落時でも逃げ切れなかったのだ。3倍のレバレッジというのは、やってみればわかるが、爆騰したときの高揚感と、真っ逆さまに下落していく暴落の動揺と不安感は、想像を超えるものがある。
まさにジェットコースターのような感覚だ。
【SOXL】でいうと、2024年7月11日に70ドル超えだった株価は、1週間後には50ドルを割る価格になっている。たった1週間で約30%が吹き飛んだことになる。7月の末には35ドルを切ったわけで、3週間たたないうちに資産の半分が吹き飛んでいる。
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短期的には逆に振れるのは珍しくない
「半導体は世界から必要とされていて、これからも大きな需要があるのに、なぜ大暴落するのかわからない」と考える人もいる。たしかに「長期」でみれば、半導体は重要だし必要とされているし需要も大きい。だが、短期で見ると、いくつもの要因がせめぎ合って価格が決まっていく。
半導体業界は景気循環に敏感だ。特に、経済が減速する局面では、PCやスマートフォン、自動車などの消費が落ち込み、それに伴って半導体の需要も減少することもある。たとえば、米国の景気減速や中国の経済成長鈍化などが影響を与えるだろう。
半導体メーカーや製品メーカーは、需要が急増すると在庫を積み増す。しかし、予測が外れて需要が減少すると、在庫過剰が生じ、価格の下落圧力がかかる。これは、半導体業界ではよくある話だ。
金利が上昇すると、ハイテク企業のような成長株は株価が下落しやすい。SOXLは3倍レバレッジで半導体株に投資しているため、金利上昇の影響を受けやすい。
さらに半導体は、米中の貿易摩擦や半導体輸出規制など、地政学的な要因が半導体業界に大きな影響を与える。特に、先端半導体の製造において中国への輸出が制限されると、売上減少やサプライチェーンの混乱が発生する。
こうした動きがあれば、【SOXL】は3倍の動きでそれを増幅して価格に反映する。
今後はトランプ大統領の恫喝関税外交や、関税によるインフレ懸念は半導体の需要を冷やす可能性もあるわけで、そうなると株価は下がっていく。たしかに長期目線では半導体の需要はもっと増えるのだが、短期的には逆に振れることなど、いくらでもありえる。
では、下がる方向に賭ければいいのかというと、トランプ大統領はディールメーカーであり、取引によっていくらでも態度を変えるわけで、急に半導体に有利な取引をしてくるかもしれない。そうなれば、一瞬で相場は上となる。
要は、短期で見ると本当にどちらに転ぶのかさっぱりわからない。
投機を完全否定するわけではないが、レバレッジETF特有のボラティリティを踏まえて行動しなければ、資金を長期間維持することはできない。【SOXL】に代表される3倍レバレッジETFは、投資というよりバクチになっている事実は直視しなければならない。
