
私がこの企業に興味を持つのは、この銀行が貧困層をも取り込んでいることだ。何しろ、ラテンアメリカでは、経済格差が根深い地域だ。都市部では高層ビルがそびえ立つ一方、地方では銀行支店すら存在しない地区もある。こうした状況下で、ヌーは貧困層を救う救世主として機能する。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
銀行口座を持たない人々を取り込んだ銀行
ブラジルで、これまでの伝統的な銀行の牙城を突き崩すべく現れたのが「ヌー・ホールディングス(Nu Holdings)」である。この企業は、デジタルバンキングのパイオニアとして、ラテンアメリカの金融シーンに革命を巻き起こしている。
バフェットが率いる投資会社バークシャー・ハサウェイも投資しているのだが、バフェットの投資哲学とはやや趣が異なる企業なので、間違いなくバークシャーの投資マネージャーであるトッド・コームズか、テッド・ウェシュラーのどちらかが買ったはずだ。
正式名称を「Nu Holdings Ltd.」とし、その中核事業である「ヌーバンク」を通じて、ブラジル、メキシコ、コロンビアを中心に展開。設立は2013年、創業者はデビッド・ベレスらで、以来、急成長を遂げてきた。
2025年2月時点で、顧客数は1億1000万人に達し、ブラジルの成人人口の56%をカバーするまでに至っている。
この銀行は、富裕層から既存の金融機関が放置してきた「アンバンクト(銀行口座を持たない人々)」までを網羅的に取り込み、彼らにデジタルでの金融アクセスを提供した結果でもある。
ヌーのビジネスモデルはシンプルかつ大胆だ。徹底的にスマートフォン中心主義にして、クレジットカード、預金口座、投資商品、保険といった幅広い金融サービスをスマートフォンの内部で展開する。
たとえば、「Nuクレジットカード」は、物理的なカードとデジタル決済の両方を兼ね備え、富裕層向けにはプレミアムな「Ultravioletカード」を提供。さらに、「Nuショッピング」という統合モールでは、提携するeコマースでの購買を可能にし、金融と生活をシームレスに結びつけた。
ヌーはモバイルアプリひとつで全国を席巻した。
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ヌーの抱えるいくつかの課題とは?
財務面でもその勢いは顕著である。2024年の通年収益は55億1000万ドルで、前年比48.73%増。純利益は19億7000万ドルと、91.37%もの驚異的な成長を記録した。
こうした数字は、成長企業としての地位を確固たるものにする一方で、依然として課題も浮き彫りにする。たとえば、2024年第4四半期の決算では、純利益が5億5330万ドルと前年比83%増を達成したものの、市場予想を若干下回った。
これが株価下落の一因となり、発表後には19%もの急落を見せた。成長の裏には、為替変動やマクロ経済の不安定さが影を落としていた。
ヌー・ホールディングスが主戦場にしているフィンテック業界は、混沌とした領域である。ブラジルの大手銀行、イタウ・ウニバンコやブラデスコは、デジタル化を急ピッチで進め、ヌーの牙城に挑んでいる。競争相手に出し抜かれることもあるだろう。
その上に、ブラジルのマクロ経済環境は不安定そのものだ。
2024年末には、所得免税政策の提案が浮上し、投資家のあいだに動揺が広がった。これがヌーの株価にも影響を及ぼし、一時5%超の下落を記録した。さらに、高金利や通貨価値の下落が、融資のデフォルト率上昇を招くリスクをはらんでいる。
ヌー自身、第4四半期決算で純利子マージン(NIM)が3四半期連続で縮小したと報告しているのだが、為替リスクやメキシコ・コロンビアでの預金コスト増がその要因とされている。この点は、業界全体が抱える脆弱性を象徴している。
ブラジルの政治的不確実性は、つねにヌー・ホールディングスの重しとなる。
ルーラ大統領とボルソナロ前大統領の対立が再燃すれば、ヌーの事業環境に影響を及ぼす可能性は否定できない。現在、ボルソナロ前大統領はクーデター未遂およびルーラ暗殺計画の疑いで起訴されているのだが、両陣営の対立が法廷や世論の場で続いている。
こうした政治的対立が再燃すれば、ブラジルのマクロ経済や規制環境に波及する可能性が高い。それは、ヌー・ホールディングスにとっても悪材料である。
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ヌーはどのような社会情勢で活発化するか
私がこの企業に興味を持つのは、この銀行が貧困層をも取り込んでいることだ。何しろ、ラテンアメリカ、とりわけブラジルは、経済格差が根深い地域だ。都市部では高層ビルがそびえ立つ一方、地方では銀行支店すら存在しない地区もある。
こうした状況下で、ヌーは貧困層を救う救世主として機能する。
スマートフォンの普及率が急上昇し、2025年現在、ブラジルのインターネット接続率は80%を超えている。ヌーのアプリは、このデジタルインフラを活用し、従来の銀行が無視してきた低所得者層に金融サービスを提供する。
ヌーは低コスト運営と柔軟な商品設計で若年層を惹きつけてきた。
ミレニアル世代やZ世代は、従来の銀行の手数料や煩雑な手続きを嫌い、デジタルネイティブな解決策を好む。ヌーの顧客基盤の多くは30代以下で、彼らが求めるシームレスな体験をアプリで提供することで支持を集めている。
2025年2月のデータでは、ヌーのアクティブユーザー増加率が前年比20%を超え、特にメキシコでの拡大が顕著だ。この若者文化のシフトは、ヌーが社会の潮流に乗り続ける原動力である。
ブラジルで成功したヌーは、すでにそのサービスをラテンアメリカ全土に広げていき、最近は他ブロックの新興国や先進国市場にも進出しようとしている。この急激なサービス拡大は、まさにデジタルバンキングならではの動きでもある。
ただ、この成長はグローバル社会の成長と安定性があって、はじめて持続可能なビジネスとなる。
現在、トランプ政権が関税によって世界を分断しようとしつつあるのだが、これによって高金利や政情不安が続けば、顧客の返済能力が低下し、ヌーのビジネスモデルに暗雲が立ち込める危険もある。
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ヌーの成長可能性と技術的優位性は明確
ヌー・ホールディングスの2024年第4四半期および通年の決算は、引き続き強固な成長を示している。第4四半期の売上高は29億9,000万ドルで、前年同期比50%増となった。純利益は5億5,260万ドルで、前年同期比85%増と大幅に成長している。
総顧客数は1億1,400万人で前年同期比22%増となった。これらの結果は、ヌー・バンクがブラジル市場を中心に急速に拡大し、収益性を高めながら成長していることを示している。
ただ、ヌー・ホールディングスはマクロ経済環境に対する感応度が高い。
ブラジルの高金利政策や通貨価値の変動は、同社の純金利マージンに影響を及ぼしており、2024年第4四半期の業績にその影響が表れている。
決算発表後の株価19%下落は、投資家が業績以上に外部経済環境を重視していることを示唆している。拡大戦略を優先することで短期的な収益性が圧迫されている点を投資家は心配している。
ヌーの成功を見て競争環境も激化しており、地域の既存銀行や新興フィンテック企業がヌーのビジネスモデルを模倣しはじめている。加えて、ブラジル政府は安全性と透明性を高めるという意図でフィンテック産業に対して規制強化する動きもあって、これはヌーの成長戦略に制約を課す可能性がある。
こうした不確実性と競争環境の変化は無視できないリスク要因である。ただ、ヌーの成長可能性と技術的優位性は明確であり、現在の株価水準は合理的な投資機会を提供している可能性がある。
ブラジル経済のゆくえや、グローバル経済の不透明性、さらに競争激化の中でもヌーの成長を信じる投資家であれば、株価が暴落した今はむしろ投資のチャンスと考えるかもしれない。
そう考えると、株価水準的にも興味深い銘柄だ。
