
ドラッケンミラーはAI分野全体の長期的な成長性は有望であると認識しながらも、足元の過熱相場に対しては慎重な姿勢を崩さない。一部の極度に持てはやされるAI関連銘柄に、明確な警戒感を示している。そのため、Palantir株を2024年12月末までにその約95%を売却している。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ドラッケンミラーのPalantir株を大量売却
著名投資家スタンリー・ドラッケンミラーは、デュケーヌ・ファミリー・オフィスの代表として知られている。同氏のファンドは2024年3月末時点でPalantir株を約76万9965株保有していたが、2024年12月末までにその約95%を売却し、実質的に投資から撤退している。
この売却の背景には、AI分野への過熱した期待に対する警戒感があると考えられる。その後、株価はさらに上昇したのだが、すでに株価は大幅に上昇していたので、ドラッケンミラーはさっさと利益確定して足抜けした。
Palantirはデータ解析プラットフォームを提供する企業だ。
軍事機関や情報機関から民間企業まで幅広い顧客基盤を持ち、AI技術の活用を前面に打ち出しながら成長を続けてきた。だが、ドラッケンミラーは、2024年の秋頃の段階で同社の株価が過大評価され過ぎてていると判断したようだ。
それも、そうだ。Palantirの株価売上高倍率(P/S倍率)は一時99倍に達していた。
これはインターネットバブル期の主要ハイテク株の30~40倍と比較しても極めて高い水準である。ドラッケンミラーはこうした高いバリュエーションが長期間維持されるとは考えていなかったのが投資行動でわかる。
ドラッケンミラーは過去にも、期待が先行している分野については、株価が一定水準まで上昇した時点で利益を確定する投資スタイルを貫いてきた。
市場の過熱リスクからポートフォリオを守るため、ドラッケンミラーは必要に応じて躊躇なく保有株を売却する。投資機会を捉える一方で、過剰な市場熱狂には警戒的であり、高バリュエーション銘柄を積極的に整理している。
一般的に、テクノロジー分野においてバブル的な高騰が起きると、その後の大幅な調整局面は避けられない。特に新興技術が市場の期待を背負って急速に評価が高まる場合、企業の収益力や財務安定性といったファンダメンタルズが追いつかず、株価が急落するリスクが高い。
投資においてタイミングは重要な要素である。ドラッケンミラーは短期的な株価上昇を見て、AI分野全体のバリュエーションを冷静に再評価した結果、Palantir株の大量売却という決断に至ったと考えられる。
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極度に持てはやされるAI関連銘柄に警戒感
Palantirへの過熱した投資資金の流入は、誰がどう見ても一種のバブル状態だった。バブルなので、ふたたび過熱するかもしれない。だが、現時点でも十分にバリュエーションが高いので、ドラッケンミラーがこの銘柄に戻ってくることはないだろう。
1999年前後のインターネットバブル期を振り返ると、テクノロジーセクターへの期待が急速に高まり、その後の大幅な株価下落を招いた事例がある。ドラッケンミラーはAIという新技術についても同様の懸念を抱いており、複数のAI関連銘柄の株価指標が異常な水準まで高騰している点をメディアでも指摘していた。
AI市場は自然言語処理や画像認識など多岐にわたる分野で応用され、広範なビジネス機会を創出している。各国政府や大手企業がAI開発に多額の資金を投入し、スタートアップ企業への投資案件も増加の一途をたどっている。こうした動きを背景に関連株式の株価も急上昇している。
ドラッケンミラーは、「技術の成熟には一定の時間が必要である」と指摘し、「現状では企業の実績と株価評価が均衡していないケースが多い」と分析している。
特にAI関連のソフトウェアやクラウドサービスを提供する企業の多くは、十分な収益基盤を確立していないか、利益率に課題を抱えている。投資家が将来の成長性を先取りして資金を投入するため、短期間で株価が数倍に高騰する。
ドラッケンミラーはこうした状況こそ警戒すべきシグナルと捉え、投資先の選別を重視する姿勢を明確にしてきた。
活況を呈する市場環境下でも、バブル崩壊時には大きな損失リスクとなる。そのため、高バリュエーション企業への投資比率を抑制し、利益確定を優先する投資手法をドラッケンミラーは採用してきた。
ただ、AI自体の可能性は理解しているので、極めて高い株価水準に達した銘柄からは撤退する一方で、相対的に割安と判断される企業には引き続き投資している。
AI分野全体の長期的な成長性は有望であると認識しながらも、足元の過熱相場に対しては慎重な姿勢を崩さない。一部の極度に持てはやされるAI関連銘柄に、ドラッケンミラーは明確な警戒感を示している。
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ドラッケンミラーはどこに向かったのか?
では、スタンリー・ドラッケンミラーは、Palantirを大幅に売却する一方で、どこに向かったのか?
それは、意外なことに「Amazon」だった。
2024年末時点の13F報告によれば、同氏のファンドはAmazon株を約32万8400株買い増しし、ポートフォリオにおけるAI関連銘柄としては最上位クラスの比率を占めるようになった。
ドラッケンミラーがAmazonに注力する背景には、クラウドサービスであるAmazon Web Services(AWS)の存在が大きい。
AWSは世界最大級のクラウドプラットフォームであり、第4四半期時点の世界シェアが33%とされる。企業のデータ処理やアプリケーション運用の中心基盤として定着しつつあるため、クラウドサービス市場が拡大するほどAWSの売上も伸びる。
2024年の年間売上高は1150億ドルを超えるペースで推移しており、為替の影響を除いたベースでは成長率が20%近くに再加速している。特にAIや機械学習関連のサービス拡充が成長を後押ししているとみられ、ドラッケンミラーはAWSが今後の収益の柱になると断定している。
AmazonにおいてAWSが占める売上比率は全体の17%程度だが、営業利益の約58%を稼ぎ出す高い収益性を誇る。EC(電子商取引)事業は売上規模こそ大きいものの、物流コストや競争の激化によって利益率は限定的である。
一方でAWSはソフトウェアやサーバーリソースを提供するモデルのため、スケーラビリティと利益率の両面で優位性がある。AI技術を活用したサービスが企業活動に不可欠になるにつれ、その基礎インフラを担うAWSの付加価値はますます大きくなる。
さらに、Amazonは動画配信や広告分野でも事業を拡大している。
EC事業だけに依存しない複数の収益源を確保することで、企業全体の成長が安定するという点もAmazonの安定性のひとつだ。ドラッケンミラーは、AWSとエンターテインメント、広告といった多角的な事業構造が長期的に価値を高めると判断し、Amazonを主要なAI関連銘柄として組み入れたようだ。
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株価が大幅に上昇した際のリスクを軽視しない
ドラッケンミラーがAmazonをAI関連銘柄として重視するもうひとつの理由は、その割安な評価水準にある。
Amazonは従来、EC分野で積極的な投資をおこなってきたため、利益率を度外視して事業規模を拡大してきた時期が長い。こうした特徴から、株価キャッシュフロー比率(P/CF)は一時的に高騰することも多かった。
だが、最近のAWS収益の伸びや効率化策により、同指標は過去と比べて低下傾向にある。2026年の予想キャッシュフローに対する倍率が13倍程度まで下がっており、ドラッケンミラーはこれを「歴史的な割安水準」とみなしている。
一般的に、ハイテク企業や成長企業の株価は業績に先行して上昇しがちだが、Amazonの場合はAWSのような高収益部門が全体の利益を大きく押し上げる構造が確立されつつある。
ドラッケンミラーは、同社の売上全体に占めるAWS比率はまだ2割に満たないものの、営業利益の大部分を支えている事実に着目している。AWSが成長するほど全社的な利益率が高まり、投資家が重視するキャッシュフロー増大につながる展望が明確だからだ。
また、AmazonはECプラットフォームの拡充にとどまらず、サブスクリプションビジネスや広告事業を広範囲に展開している。プライム会員向けの特典強化や独自コンテンツ配信によってサービスの付加価値を高め、広告も検索エンジンやSNSに次ぐ存在感を示すようになった。
AWSとあわせて複数の高利益セグメントを持つ企業は少なく、ドラッケンミラーはこうした経営構造が短期的な波乱を乗り越え、長期的な成長余地を示すものと考えたのだろう。
Palantirのように極端な高バリュエーションで取引されているAI専業企業とは異なり、Amazonは豊富なキャッシュフローによって自己投資を続けられる点が強みだ。総合的に考えると、なるほどAmazonへの投資は悪くないのかもしれない。
