
ジャンクフードが好きなら、ハーシー・カンパニー【HSY】の存在も知っているだろう。これらのブランドは、アメリカの家庭に深く浸透しており、特にチョコレート市場では46%以上のシェアを誇り、競合他社に対する強固な競争優位性がある。しかし、このハーシーの株価が低迷している。何があったのか?(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ハーシー・カンパニーはどんな企業なのか?
ジャンクフードが好きなら、ハーシー・カンパニーの存在も知っているだろう。アメリカを拠点とする世界的な菓子製造企業で、1894年にミルトン・ハーシーによって設立された。本社はペンシルベニア州である。
チョコレートや菓子製品を製造・販売しており、特に北米市場で圧倒的なシェアを持つ企業だ。製品ラインアップには、「ハーシーズ」「リーセス」「キットカット」「ジョリーランチャー」といった有名ブランドが含まれる。
これらのブランドは、アメリカの家庭に深く浸透しており、特にチョコレート市場では46%以上のシェアを誇るとされるデータもある。ただ、チョコレートだけを作っているわけではない。
ハーシーの事業は、北米菓子部門、北米塩味スナック部門、国際部門の3つのセグメントに分かれている。
主力は圧倒的に北米菓子部門の、チョコレートやガム、ミント類などだ。2024年の年次報告書によると、この部門の売上は全体の約80%を占め、依然として同社の収益基盤となっている。
一方、北米塩味スナック部門は、日本ではほぼ聞かないが「スキニーポップ」や「ドッツ・ホームスタイル・プレッツェル」などのブランドを通じて成長を遂げており、2024年第4四半期には前年比35.9%の売上増を記録した。
だが、ハーシーの株価は近年低迷している。この背景には、カカオ価格の高騰や消費者需要の変化がある。2024年の株価は年初から9.7%下落し、5年前に1,000ドル投資した株は現在987.04ドルと、ほぼ横ばいのパフォーマンスに留まっている。
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今、ハーシーは大きな変動に直面している
菓子業界、特にチョコレート市場は近年、大きな変動に直面している。懸念になっているのは、カカオ価格の急騰だ。2024年を通じてカカオ価格は歴史的な高値に達し、ハーシーのようなチョコレート製造企業にとってコスト圧力が強まっている。
ハーシーの最高財務責任者(CFO)スティーブン・ヴォスクイルは、「カカオ価格の高騰が今後数年間の最大のインフレ要因となる」と述べており、2025年の収益見通しでも利益の減少を予測している。
この状況は、気候変動によるカカオ生産地の収穫量減少が原因だ。ハーシーはこの問題に対処するため、90,000トン以上のカカオ購入を規制当局に申請しているが、短期的な解決策にはなりにくい。
だが、カカオ価格は時間がたてば落ち着く問題かもしれない。ハーシーにとって悩ましいのは、世界的に健康志向の高まりが広がっていることかもしれない。
消費者は砂糖やカロリーの多い伝統的な菓子から、より健康的な選択肢を求める傾向にある。これに対応し、ハーシーは「スキニーポップ」や「ONEバー」などの低カロリー・高タンパク質のスナック製品を強化している。
2024年第4四半期の北米塩味スナック部門の売上成長率35.9%は、この戦略が一定の成果を上げている証拠だ。とは言えども、チョコレートが主力であるハーシーにとって、健康志向のトレンドは長期的には収益源の多様化を迫る課題でもある。
こうした業界全体の問題が生まれると、防衛的な意味で買収・合併の動きが活発化していくものだが、じつはハーシーのライバルであるモンデリーズ・インターナショナルがハーシーの買収を検討していた。2024年の話だ。
モンデリーズは「オレオ」や「キャドバリー」を展開する大手菓子企業で、両社が統合すれば年間売上500億ドル規模の巨大企業が誕生する可能性があった。
しかし、ハーシーの主要株主であるハーシー・トラストがこの提案を「低すぎる」として拒否したため、交渉は頓挫した。2016年にも同様に23億ドルの買収提案を拒否した経緯があり、ハーシーの独立性を維持する姿勢は強い。
そうしている間にも、ネスレやマーズといった競合他社が、グローバル市場でのシェア拡大を進めている。特に新興市場では、現地企業との競争も激化しており、ハーシーの国際部門の成長は鈍化する可能性がある。

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ハーシーの力で何とかなるものではない問題
ハーシーは、今の社会情勢に大きな圧力を受けている。とは言っても、強大なブランド力を持ったこの企業が衰退を待つばかりとは思えない。
今、株価は十分に落ちており、配当率も3.22%、配当性向も50.20%で買いやすい局面にあり、投資しやすい市場環境にあるのもたしかだ。ROE(自己資本利益率)は50.40%である。この高い資本効率は、経営陣の優れた資源配分能力を裏づけている。
北米市場での圧倒的なブランド力と市場シェアを信じることができるのであれば、ハーシーへの投資を考えてもいいのかもしれない。何しろ、チョコレート市場のシェアは46%以上であり、競合他社に対する強固な競争優位性がある。
さらに、塩味スナック部門の成長も大きな利点である。
2024年第4四半期の35.9%の売上増は、チョコレート依存からの脱却と事業の多角化が進んでいることを示す。この部門は健康志向の消費者ニーズにも合致しており、今後の成長ドライバーとなり得る。
それでも、逆風が強くて低迷は長引くかもしれない。しかし、55年連続配当という実績もある。それも、ここ10年は増配しながらの連続配当であり、2015年は1株2.24ドルだった配当は、2024年は1株5.48ドルになっている。
これならば、長期投資家もチョコレートでも食べながら何年でも待てるはずだ。
ハーシーを取り巻く状況がいつ好転するのかわからない。カカオ価格の高騰によるコスト圧力は、ハーシーの利益率を大きく圧迫しているが、これは気候変動が問題なのであり、ハーシーの力で何とかなるものではない。地球の状況次第だ。
この状況が長期化すれば、財務の安定性が揺らぐリスクがある。
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短期的な成長期待は低いまま推移する可能性が高いが
ハーシーは、ある意味「大きな変革」を迫られているのかもしれない。チョコレートを主力とする企業にとって「健康志向」は、世の中が真逆のベクトルに向かって突き進んでいることを示している。
最近は痩せるための薬であるGLP-1受容体作動薬も爆発的に広がっており、こうしたものが広がれば広がるほどハーシーの売上は落ちていく。実際、業界全体の売上が落ち込ませるほどの威力がGLP-1受容体作動薬にあった。
そのため、競合他社は低糖質やオーガニック製品を積極的に展開しているのだが、ハーシーは依然として伝統的な高カロリー菓子に依存したままだ。この点での遅れは、長期的な市場シェアの低下を招く可能性がある。
さらにハーシーは国際展開も弱い。売上の90%が北米に集中しているというのは、「米国第一主義」のトランプ政権下ではやや有利かもしれないが、長期的に見ると新興市場での成長が取り込めないので不利となる。
このあたりを、ハーシーがどのように克服してくるのかが興味深い。
安定した配当利回りとブランド力を重視する長期投資家には、ハーシーは依然として魅力的な選択肢であると思う。個人的な感想では、いくらGLP-1受容体作動薬が広がったとしても、人類がチョコレートを食べなくなるとは思えない。また、人類がその他の甘いお菓子を食べなくなるとも思えない。
ただ、カカオ価格の高騰や健康志向への対応遅れ、株価の下落傾向を考慮すると、ハーシーの短期的な成長期待は低いまま推移する可能性が高い。
現在の株価は割安感があるかもしれないが、カカオ価格や健康志向の課題が解決されない限り、上昇余地は限定的だ。
成長性を重視する投資家には他の選択肢もあるのかもしれないが、この企業が逆境を克服できると信じられる人は、株価もほどほどに下がり、配当率が3%以上となった今、検討する価値はあるのではないだろうか。ジャンクフードまみれの私には、こうした企業にも関心が強い。
