
トランプ政権下では米国株式市場の風向きがどんどん悪化しつつある。プロの投資家たちは今の市場に期待できないとわかっているので大きく買ってこない。しかし、個人投資家はまだ「状況が変わった」という認識が十分ではない。今後、大きなボラティリティでやられるのは誰なのか?(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
トランプ政権の経済政策と市場の混乱
トランプ政権の経済政策が米国株式市場に与える影響は深刻だと思う。政策の一貫性が欠如し、突発的な発言や施策が市場を翻弄し続けている。中でも懸念されるのが、恫喝関税外交である。
これらは一見、国内産業保護や米国第一といった目的を掲げているが、やり方が強引すぎて実際には市場の不確実性と混乱をもたらしている。
今後、トランプ大統領は自動車輸入に対する新たな関税を発表予定である。これは国内自動車産業を守るという名目で実施されようとしているが、逆に多国籍企業の経営計画を混乱させ、投資判断に深刻な影響を与えている可能性が高い。
自動車メーカーのみならず、その部品サプライチェーンに属する数千社にも影響が波及する構造上の問題がある。
米国通商代表部と中国政府の高官によるオンライン会談もおこなわれているのだが、中国側は米国による追加関税に強く反発しており、緊張関係が再燃している。これまでの報復関税の例を見ても、貿易政策を外交の武器として使ったら、投資家は不確実性を恐れて市場から逃げていく。
こうした情勢の中、消費者信頼感指数も大きく落ち込んでいる。
3月の指数は前月比で4か月連続の低下で92.9となり、前月から7.2ポイント低下した。特に将来見通しに対する項目が顕著に悪化しており、国民全体が経済の先行きに対して警戒感を強めている。
企業サイドからの悲鳴も相次いでいる。2025年後半には景気後退が起こると予測する企業CFOの数は急増しており、主な原因として、やはりトランプ政権の経済政策を挙げている。今のアメリカの問題は、すべてトランプ政権なのだ。
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100%巻き添えを食らうのが半導体である
関税政策はトランプ政権の象徴ともいえる経済施策である。その影響は世界の市場に及んでいる。米国株式市場においても、外国人投資家の資金流出という形で明確に反応が現れている。
バークレイズ銀行は2025年末のS&P500指数の目標値を6,600から5,900へと大幅に下方修正した。理由は単純で、関税を巡る不確実性と、それに伴う企業利益の下振れリスクである。このような見直しは、投資家心理に冷や水を浴びせる効果がある。
また、米国株は他国と比較して劣後している。2025年に入ってから、カナダやメキシコなど関税リスクが比較的低い市場では株価が上昇基調にある一方で、米国株は伸び悩んでいる。
何が起きているのか、考えなくてもわかる。リスクを嫌うグローバル投資資金が、より安定した市場へと移動しているのだ。
個人投資家のあいだでも懸念が広がっている。Investopediaによる調査では、市場の安定性に対して不安を感じる投資家は61%に上った。将来的な景気後退を懸念する声が広がる中で、米国株への楽観的な見方は説得力を失いつつある。
FRB(連邦準備制度)の内部でも警戒感が強まっている。セントルイス連銀のムサレム総裁は、関税によってインフレが持続的になる懸念を明確に示している。金融引き締めへの圧力が強まれば、株式市場にとっては二重の打撃となる。
こうした悪材料が次から次へと現れる中で、2024年の株式市場を牽引してきたテクノロジー株の売りも加速している。
本格的な関税発動を前に、リスク回避の動きが一段と強まり、ナスダック市場を中心に売りが先行しているのが今の状況だ。
特にNVIDIAはDeepSeekショックのこともあって冴えない動きがずっと続いている。米中の報復関税合戦が起こると、100%巻き添えを食らうのが半導体である。NVIDIAも苦しいことになるだろう。
こうした一連の動きは、トランプ政権の関税政策が国内外の投資家にとってどれほど不確実性の高い要素かを如実に物語っている。
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メガテック企業はもう市場を下支えしない
過去10年間、米国株式市場を牽引してきたのは主要テクノロジー企業、いわゆる「メガテック」と呼ばれる企業群だった。
しかし、2025年に入ってから、その構図が大きく揺らいでいる。
ナスダック総合指数は3月26日に1.9%下落し、S&P500指数も1.3%の下落を記録した。このうち大半はテクノロジー株の下落によるものだ。NVIDIAもそうだが、イーロン・マスク率いるTeslaの下げもひどい。イーロン・マスクが嫌われすぎて、年初来の下落幅は32.8%に達している。
もし自動車関税が開始されると、Teslaのような製造業ベースのテック企業も直撃を受ける。イーロン・マスクは政権側に就いているのだが、自らテスラを自爆させているようにも見えなくもない。
今後、トランプ政権の関税が本格化したら、消費者信頼感はもっと低下し、インフレ圧力は増大していくことになるだろう。そうなると、ハイバリュエーション(高評価)なメガテックに対する圧力はもっと強まる。
だから今、先を憂う投資家がメガテックを売り飛ばしているのだ。いまや、このセクターは、市場をリードするどころか、足を引っ張る存在になりつつある。少し良いニュースが出たところで、なかなか上昇していかないのも無理はない。
フォードやGMといった伝統的な自動車メーカーも2%前後の下落を見せており、テクノロジー業界全体が不安定な状態に陥っている。
2月の耐久財受注は0.9%の増加を記録したものの、それは関税リスクを見越した在庫積み増しの動きと見られ、実態経済の回復を示すものではない。メガテックが市場の安定化を担うという期待はすでに崩れており、今後も市場全体を下支えする力は期待できない。
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一攫千金を狙った金融商品を買っている人は……
トランプ政権下では米国株式市場の風向きがどんどん悪化しつつある。プロの投資家たちは今の市場に期待できないとわかっているので大きく買ってこない。しかし、個人投資家はまだ「状況が変わった」という認識が十分ではない。
2025年3月の消費者信頼感指数は92.9と、12年ぶりの低水準を記録した。特に将来の見通しに関する項目は65.2まで下落し、経済の先行きに対する不安が色濃くなっている。にもかかわらず、多くの個人投資家は楽観的に株を買っている。
もちろん、一部ではポートフォリオの調整も進んでいる。ゴールドや米国以外の市場への資金流入がその証左である。だが、その動きはまだ限定的であり、米国株式市場に対する強い執着が依然として見られる。
今のところ、個人投資家の多くは冷静さを保っているように見える。だが、今後ボラティリティが急上昇したらどうだろうか。かなり多くの投資家が乱高下する市場に振り回されて、大きな損失を抱えてしまうことになりそうだ。
ところで、この大きなボラティリティが発生したとき、真っ先に討ち死にしてしまうのは誰かというと、「レバレッジ金融商品」を買っていた投資家である。
「iFreeレバレッジ NASDAQ100」とか「楽天レバレッジNASDAQ-100」とか、あるいはETF【SOXL】とか、【TQQQ】とか、【SPXL】など、一攫千金を狙った金融商品を買っていた個人投資家の大半は助からないはずだ。
すでに、このような高リスク金融商品を保有していた投資家は2025年に入ってから大きな損失を出している。にもかかわらず、「下がったら買い増し」とか言っている個人投資家もいるわけで、状況が見えていないのがわかる。
トランプ政権は常に混乱をもたらす。関税の恫喝と実施も混乱をもたらす。外国人投資家も米国株から逃げ出し、いまやメガテックも市場をリードしていない。そして、個人投資家はまだ状況を甘く見ている。
不吉で不穏な空気感になっているのが今の米国株式市場であると思う。
