
トランプ大統領のやっていることは、極端なアメリカ第一主義の「経済ナショナリズム」である。「自分さえ儲かればいい」のだから、「アメリカ以外はすべて敵」という姿勢を持っているとさえ言える。こうしたトランプ政権の姿勢によって、生まれてくるのは「反米感情」である。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
EU・同盟国を毛嫌いしているトランプ政権2.0
トランプ大統領も、トランプ政権の閣僚たちもEUが嫌いだ。彼らが使っていたメッセージアプリ「Signal」の生々しいやりとりでもそれがわかる。
ヘグセス国防長官は「他国にたかるヨーロッパには私も嫌悪感を持っている」と書いているし、ヴァンス副大統領も「またヨーロッパを救済するのは嫌だ」と書いている。これが明るみに出たのだから、ヨーロッパの指導者たちもトランプ政権に対して嫌悪感を持つだろう。
すでに、米欧の関係は緊張している。2025年1月の欧州理事会外交関係評議会の調査によると、トランプ大統領の支持率はEU加盟国平均で11%にとどまり、特にドイツでは7%、フランスでは9%という歴史的低水準だった。
この背景には、NATO防衛費分担を巡るトランプ氏の強硬姿勢がある。2025年3月時点で、32カ国中15カ国がGDP比2%の目標を未達成だが、トランプ政権はこれを5%に引き上げるよう要求している。
経済面では、2025年1月の米欧貿易収支はEUの黒字幅が154億ユーロに達していた。自動車分野に限ればその割合が47%を占める。
これに対しトランプ政権は、乗用車に45%、商用車に25%の追加関税を検討している。ドイツ自動車工業会(VDA)の試算では、この措置が実施されれば独自動車輸出は23%減少し、国内総生産(GDP)を0.8%押し下げると警告している。
安全保障と経済をリンクさせた「取引型外交」が顕著に表れた事例が、2025年2月のポーランド天然ガスパイプライン問題だ。ロシア産天然ガスの輸入継続を表明したポーランドに対し、トランプ政権は液化天然ガス(LNG)購入を条件にミサイル防衛システムの配備を延期した。
この決定はNATOの集団防衛原則を形骸化させるもので、東欧諸国間に安全保障の格差を生み出している。
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同盟国に敵愾心を持っていることを隠そうとしない
トランプ政権の政策は「恫喝関税外交」である。2025年3月に公表された米通商代表部(USTR)報告書は、1995年以降の主要貿易相手国36カ国を「不公正貿易慣行」で再評価し、81%の国に追加関税を科す方針を明記した。
特に注目されるのが「デジタル関税」の導入で、クラウドコンピューティングサービスに15%、データ流通に7.5%の課税を検討している。
自動車産業保護では「部品原産地比率規制」が強化された。北米自由貿易協定(USMCA)の原産地規則を流用し、電気自動車(EV)バッテリーの部品調達先を米国内85%に制限する新規則を2025年4月に発動した。
これによりテスラは中国製バッテリーの使用を36%から12%に削減せざるを得なくなった。イーロン・マスクはトランプ政権に深くかかわっているのだが、かかわればかかわるほど窮地に落ちているのが興味深い。
普通、「政商」になったら利益誘導で企業の株式は上がるものだが、テスラはすでに年初来でマイナス30%ほども下落してしまっている。
農業保護政策では「輸出補助金の復活」が特徴的だ。2025年度農務省予算では輸出促進資金が前年度比227%増の58億ドルに拡大し、特に大豆とトウモロコシの輸出補助率が14%から22%に引き上げられた。
これに対抗するEUは農産物関税を平均17%から34%に倍増させており、米欧間の貿易摩擦が先鋭化している。
緊張感が増しているのは米欧間だけでなく、今後は他の同盟国も自動車関税などを経てすべてに拡大していくことになるだろう。
トランプ大統領自身「同盟国はいつか、同盟国ではなくなるかもしれない」「同盟国は我々の雇用を奪い、富を奪い、多くのものを奪ってきた」「彼らは敵味方関係なく、わが国から多くのものを奪ってきた。率直に言って、敵よりも味方の方が悪いこともしばしばだ」と、同盟国に敵愾心を持っていることを隠そうとしない。
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米国株式投資はボラティリティが高くなる
トランプ大統領のやっていることは、極端なアメリカ第一主義の「経済ナショナリズム」である。「自分さえ儲かればいい」のだから、「アメリカ以外はすべて敵」という姿勢を持っているとさえ言える。
こうしたトランプ政権の政策不確実性によって、世界の株式市場も激しく揺さぶられている。
第一期目のトランプ政権は株式市場に友好的だったのだが、第二期トランプ政権は株式市場を自身の政策のバロメーターとは見ていない。トランプ大統領自身も「株価は見ていない」と発言している。
こうしたトランプ政権の冷淡さに気づいたプロは、警戒して株式市場から資金を引き揚げて様子を見ている。それもそうだ。「分析」が役に立たなくなった以上、株式市場にいることはリスクでしかない。
確実に利益が取れないのであれば、何もしないのが一番被害が少ない。
今、買っているのは個人投資家なのだが、個人が買えばプロが売る局面になっているので株式市場は調整局面に入り、景気後退の懸念さえもささやかれるようになってしまっている。
今後も、トランプ大統領は何をやるのかわからない。関税ひとつにしても、その方針は目まぐるしく変わっていく。
2025年3月5日にはカナダ産鉄鋼への関税を25%に引き上げると発表して、3月7日には「自動車部品は除外」と部分撤回し、3月26日には「米国製以外のすべての自動車に25%の関税を課す」と述べているのだが、今後もまた何かが変わるだろう。
こうした不確実性が、市場不安を増幅させている。ブラックロックのデータによると、米国株の保有比率を5%以上削減したヘッジファンドが62%に達し、現金保有率は平均23%まで上昇している。
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間違いなく世界中の「反米感情」を刺激する
トランプ政権の経済政策は、ドルの基軸通貨地位をも揺るがしていくのかもしれない。
当初はトランプ大統領が「強いアメリカ・強いドル」に誘導すると言われていたのだが、ドル指数(DXY)を見れば真逆の結果になっている。トランプ政権の発足からドルがじわじわと下落している。
トランプ政権が進める「アメリカ第一」の保護主義政策が国際的なドル離れを招き、通貨価値の低下を促進する構造になりつつあるようにも見える。
ドルが下落したら、通常は米国のグローバル企業は売上が上がるのだが、トランプ大統領の経済ナショナリズムによる反発で、今回はかならずしもそうならない可能性が高い。
トランプ大統領の経済ナショナリズムによって米国が嫌われ、米国製品が嫌われ、米国製品離れが起こりえるからだ。
テスラの売上がヨーロッパ・中国を含め、世界中で激減しているのがニュースになっているのだが、問題はすべてのアメリカ企業が同じ目に遭いかねないことである。ハイテク、消費財、サービス業など幅広い分野に波及するだろう。
私が一番懸念しているのは、世界中でトランプ大統領の政治の結果として「反米感情」が燃え上がって、それがアメリカ企業にまで波及していく動きだ。今のまま推移すると、トランプ政権は間違いなく世界中の「反米感情」を刺激し、大きな「反米勢力」を生み出すことになる。
それは最終的には米国企業の売上にも深刻なダメージを与えることになるだろう。とすれば、「反米感情」の結果としてS&P500やNASDAQを構成する主要企業の業績見通しが下方修正される事態も予想される。
米国株式市場の株価は下落方向にベクトルが向くということに他ならない。今後、私が注目していきたいのは「反米感情」がどれくらい燃え上がるのか、という点である。それが株式市場のゆくえも左右するはずだ。
