
成長株を中心とした資産運用企業の名門であるT. Rowe Price Group(T・ロウ・プライス・グループ)という企業に私は接点がほとんどない。そもそも、資産を他人に運用してもらおうと思ったことがない。しかし、奇妙なことに「バリュー投資」の対象として、この会社の「株式」には関心がある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
成長株投資のパイオニア、T・ロウ・プライス
私はアクティブ投資よりもパッシブ投資を好んでいる。成長株投資よりも、バリュー株投資を好んでいる。とすると、成長株を選好して資産運用をするアクティブ投資ファンドとはまったく接点がないことになる。
たしかに接点はない。だが奇妙なことなのだが、成長株を中心とした資産運用企業の名門であるT. Rowe Price Group(T・ロウ・プライス・グループ)という企業には、「バリュー投資」として関心は持っている。
資産を運用してもらうことに関心を持っているわけではなく、バリュー投資株としてこの企業の株を保有することに関心がある。というのも、T・ロウ・プライス【TROW】は、まぎれもなくバリュー株だからである。
同社は1937年にトーマス・ロウ・プライス・ジュニアによって米国メリーランド州ボルチモアで設立された独立系の資産運用会社だ。創始者のプライスは「成長株投資の父」として知られている。
同社の理念は設立当初から一貫して「長期的な視点で有望な成長企業に投資する」ことに重きを置いてきた。
同社が成長株投資のパイオニアと呼ばれる理由は、企業の収益成長や競争優位性に注目するファンダメンタル分析の手法を確立したことにある。プライスは、利益成長を続ける企業は株価も長期的に上昇するという原則に基づき、将来性のある成長企業に対する投資戦略を打ち立てた。
この手法は、当時のウォール街で主流だった短期的な値動きに注目する投資スタイルとは対照的であり、長期的な視点を重視する投資家から支持を集めた。
T. Rowe Priceは、1950年に最初のミューチュアルファンド「T. Rowe Price Growth Stock Fund」を設立し、成長株投資を本格的に開始した。このファンドは、その後も優れた成績を収め、投資家の信頼を獲得することとなった。
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この企業は世界トップクラスの資産運用会社だ
1960年代には、技術革新とともに急成長したXeroxやIBMなどの企業にいち早く投資し、大きな成功を収めた。また、1960年にはテクノロジー分野に特化した「ニュー・ホライズンズ・ファンド」を立ち上げ、当時はまだ未成熟だったハイテク分野への積極的な投資を推進した。
1986年にはニューヨーク証券取引所に上場し、これを機に事業の多角化と国際展開を加速させた。
1990年代には、アジアや欧州への進出を果たし、国際市場でもプレゼンスを拡大。2000年代には、ルクセンブルクに拠点を設立し、欧州の機関投資家向けにサービスを提供するなど、グローバルな資産運用会社としての地位を築いた。
2025年現在、同社の運用資産残高(AUM)は約1兆6,300億ドルに達しており、世界トップクラスの資産運用会社としてその地位を維持している。長期的な視点に立った成長株投資という理念は今なお同社の根幹にあり、これがT. Rowe Priceの名門たる所以である。
T. Rowe Priceの主要事業は、アクティブ運用ファンドの管理と運用である。
同社は株式、債券、マルチアセット、バランス型ファンドなど多様なファンドを提供しており、機関投資家向け、個人投資家向けともに幅広いニーズに応えている。
特に、同社が得意とする成長株投資ファンドは、徹底したファンダメンタル分析を基盤とし、長期的な収益成長が見込める企業を厳選してポートフォリオに組み入れる戦略を採用している。
同社の代表的なファンドには、米国成長株ファンド(US Growth Stock Fund)、バリュー株ファンド(Value Fund)、新興国株式ファンド(Emerging Markets Stock Fund)、マルチアセットファンドなどがある。
これらのファンドは、過去に長期的なリターンを上げてきた実績があるが、近年ではアクティブ運用ファンドからの資金流出が課題となっている。パッシブ投資が主流になってきている今、アクティブファンドは投資家の選好から外れつつある。
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アクティブファンドのパフォーマンス低迷
2024年、アクティブファンド全体から約4,500億ドルの資金が流出した。
T. Rowe Priceも例外ではない。低コストで運用できるインデックスファンドやETF(上場投資信託)への資金シフトが進んで、アクティブ運用ファンドの高コスト体質が敬遠され始めている。
この流れは当面続くと思うので、T. Rowe Priceには逆風だ。だから、同社の株価は冴えない状態がずっと続いている。同社は費用率の引き下げや、より効率的な運用体制の構築を進めることで、競争力の維持を図っているところだが、効果は芳しくない。
2024年第4四半期の決算では、1株当たり利益が2.12ドルと、アナリスト予想の2.21ドルを下回った。売上高も18.2億ドルで、予想の18.8億ドルを下回っており、成長鈍化が顕著になっている。
アクティブ運用ファンドのパフォーマンスの低迷は、運用報酬の減少につながり、同社の収益を圧迫している。
さらに、米国株式市場全体の低迷も同社の株価下落に影響している。2025年に入ってからS&P500指数も下落が鮮明になりつつあり、全体的な市場環境が悪化している。こうした外部要因も、T. Rowe Priceに限らず、多くの資産運用会社の業績と株価に影響を与えている。
ただし、T. Rowe Priceは財務基盤が極めて健全である点は注目に値する。
同社は無借金経営を続けており、自己資本比率も70%以上と高水準を維持している。さらに、保有する現金と投資有価証券は40億ドルを超えており、短期的な業績悪化にも耐えうる強固な財務体質がある。
将来的、市場環境が改善すれば、T. Rowe Priceの株価はふたたび回復に向かう可能性が高い。そうなのだ。そこがバリュー投資家にとっては狙い目なのだ。しかも見逃せないのは、現在の配当率の高さだ。
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配当5%の安定性で長期保有に向く優良銘柄
2025年時点で、同社の年間配当利回りは約5%に達している。インカム投資家にとって、これは非常に魅力的な水準であると言える。株価が下落しても、安定した配当収入を得ることができるため、長期保有のインセンティブが高い。
興味深いことに、同社は35年以上にわたり連続増配を続けている。S&P500の「配当貴族(Dividend Aristocrats)」にも匹敵する安定性だ。現在の配当性向は54%くらいで問題はない。
2024年には1株当たり年2.4ドルの配当を実施しており、これは前年比約5%の増配であった。増配の継続は、同社の堅固な財務基盤と安定したキャッシュフローに支えられている。
T. Rowe Priceは無借金経営を基本としているので、自己資本比率も70%を超えている。
これは、仮に市場環境が悪化しても、安定した配当政策を維持できる強固な財務体質を示している。さらに、同社は運用資産から得られる手数料収入が安定していて、これが配当の原資となっているため、配当の持続性には高い信頼性がある。
トランプ政権は投資家を翻弄して市場は下降するばかりだが、こうした株式市場の混乱・停滞の時期にも、配当収入があれば投資家には安心だ。
株価が下落した局面では再投資による複利効果が期待でき、それが長期的に資産を増加させる。T. Rowe Priceという企業自身は成長株を中心とした戦略を組むアクティブファンドなのに、同社の株はバリュー投資家が好むスタイルになっているのが皮肉と言えば皮肉でもある。
インカム投資家にとって、T. Rowe Priceは資産を運用してもらう企業ではなく、高配当銘柄としてポートフォリオに組み込む価値のある企業である。市場環境が変動しても、安定した配当収入というリターンを享受できる点は、長期投資家にとって大きな魅力である。
