
株式市場が好調なとき、多くの人は楽観的になり、多少のリスクを顧みずに投資を続ける。だが、市場が下落し始めると状況は一変する。含み損が膨らむことで冷静な判断ができず、恐怖と焦燥感から「損切り」という行動に走るのだ。投資に慣れていない個人投資家は特にそうだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
下落していく相場の中で「損切り民」と化す
トランプ大統領の恫喝関税外交で、米国株式市場も調整局面がきている。2024年から新NISAで米国株式市場に飛び込んだ個人も多いと思うが、下落していく相場の中では、多くの人たちが「損切り民」と化す。
株式市場が好調なとき、多くの人は楽観的になり、多少のリスクを顧みずに投資を続ける。だが、市場が下落し始めると状況は一変する。含み損が膨らむことで冷静な判断ができず、恐怖と焦燥感から「損切り」という行動に走るのだ。
投資に慣れていない個人投資家は特にそうだ。彼らは「元本割れ」を極端に恐れる。
よくよく観察すれば、相場は上にも下にも想定以上に動くことがわかる。米国株式市場でも、不意に予期せぬ下落が起こったりする。それでも、冷静に持ち続けた投資家はその後の回復相場で大きな利益を手にしている。
ところが、多くの個人投資家は底値付近で投げ売りして大損する。皮肉なことに、彼らが持ち株ゼロになったとき、ふたたび市場が回復したりするのだ。
損切りが増える背景には「プロスペクト理論」が関係している。人間は利益よりも損失のほうが心理的ダメージが大きいと感じる傾向がある。(ダークネス:人は合理的ではない。合理的ではない人間が株式市場で生き残るにはどうするか?)
そのため、損失が膨らむと「これ以上は耐えられない」と思い、含み損を確定させてしまうのだ。しかし、感情に任せた損切りは、かならずしも正しい判断ではない。市場が一時的に下落しているだけの場合、感情的な損切りは将来的な回復の機会を失うことになる。
マスコミや、SNSも「損切り民」を増やしているのかもしれない。SNSでは短期間で利益を出した投資家の成功体験が誇張されて伝えられる。その結果、損失に耐えられない投資家は「自分だけ損をしている」と感じ、周囲の動きに合わせて売却してしまう。こうした集団心理が下落相場でさらに悪循環を引き起こす。
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政府の新NISAでカモにされてしまう日本人
日本政府は年金では生活できない国民が増えて面倒を見る気がないので「貯蓄から投資へ」と煽って自己責任で資産を増やす方向に転換した。そして、整備したのが新NISA(少額投資非課税制度)だった。
これは、個人投資家にとって魅力的な制度であるように見える。だが、現実には8割の日本人がこの制度を有効活用できず、むしろ「カモ」にされるだけの制度になっていくはずだ。投資教育もなく、金融リテラシーが低いまま投資に誘導したら、当然カモにされてもしかたがない。
新NISAにしても、金融リテラシーが低いままだと、普通の人々がきちんと恩恵を受けられるかどうかも不明だ。
2024年から始まった新NISAは、つみたて投資枠と成長投資枠の2種類があり、非課税投資枠が最大1800万円に拡大された。しかし、大半の日本人は月々数千円から1万円程度しか投資に回せず、しかも途中で飽きて辞めてしまったりする。
金融機関が提供する商品選びにも問題がある。新NISAでは「つみたて投資枠」に限っては比較的安全性の高いインデックスファンドが中心だが、「成長投資枠」ではリスクの高い個別株やアクティブファンドも対象となっている。
多くの個人投資家は、リスク管理の重要性を理解しておらず、金融機関が勧める商品をそのまま購入してしまう。その結果、手数料が高くパフォーマンスの悪いファンドをつかまされ、長期的には資産が目減りしていくことになる。
あるいは、投資経験の浅い人ほど、一攫千金を狙ってレバナスのような指数の2倍、3倍で動くような商品を買ったりする。2025年に入ると、前年とは打って変わってメガテックが不調に落ちているのだが、そうなるとレバナスは指数の2倍、3倍の勢いで落ちていく。(ダークネス:結局、レバナスやレバレッジETFなどに手を出した投資家は大半が黙って消えている)
こうした状況では、投資家は心理的に耐えられず、結局「損切り民」と化して市場から撤退することになる。せっかく新NISAという仕組みがあっても、短期の変動に振り回され、思うようなリターンが得られずに資産形成に失敗する。
新NISAは制度自体は良いものであるが、多くの日本人がその恩恵を受けることができず、むしろ金融機関や市場の「カモ」にされてしまう現実がある。正しい知識と冷静な判断がなければ、どんな制度も逆効果になってしまうのだ。
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絶対にアドバイスを受けてはいけない相手とは?
投資を始めるとき、多くの人は「誰かのアドバイス」を求める。しかし、投資の世界で絶対にアドバイスを受けてはいけない相手が存在する。その代表的な例が「金融機関の営業担当者」や「SNSのインフルエンサー」だ。
金融機関の営業担当者は、最悪だ。彼らは個人投資家の利益を考えて商品を勧めているわけではない。彼らの目的は、販売手数料や信託報酬を稼ぐことであり、顧客の資産形成は二の次であることが多い。
たとえば、銀行窓口で勧められる投資信託の多くは手数料が高く、長期的に見るとパフォーマンスが悪いものが多い。また、営業ノルマの達成のために「今が買い時です」と強調される商品も、実際には投資タイミングとして不適切な場合が多い。
SNSのインフルエンサーも危険な存在だ。
彼らは自身のフォロワーを増やすために、極端な投資手法や「今すぐ買うべき銘柄」といった煽り文句を使う。実際にインフルエンサーが紹介する銘柄の多くは、短期的な話題性だけで価格が急騰し、その後大きく値下がりすることが多い。
彼らはだいたい、流行りのウケそうな銘柄や、一攫千金が狙えそうなレバレッジ商品や、海千山千のものともわからないミーム株や、フォロワーが増えそうな銘柄を好んで取り上げる。
本来、投資というのは自分で考えて、納得した上でおこなうものだが、こうした他人任せの投資だと、確信が持てないし、出口戦略もわからない。しかし、どういうわけか、大半の人が口車に乗せられてしまうのだ。
安易に他人を信じ、そのアドバイスを信じてしまうと、自分の資産を危険にさらす結果となる。下落していく相場の中では、多くの人たちが「損切り民」と化すのは、まさに「自分が何をやっているのかわかっていないから」でもある。
人を信じるというのは日常生活では美しいことだが、資産運用の世界では愚かなことである。
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不安に駆られて投資を始めると大損する
近年、日本では「老後2000万円問題」や「年金不安」を背景に、多くの人が将来への不安から投資を始めている。このような「不安に駆られて始めた投資」は、結果的に大きな損失につながることが多い。
投資は冷静な判断と戦略的な計画が必要であり、感情に支配された投資は失敗の原因になる。
不安を抱えた人々は「元本保証」や「確実に儲かる」といった謳い文句に飛びつきやすい。詐欺的な投資話の多くは、将来の不安を煽り「今すぐ始めなければ手遅れになる」と強調する。
この手法は心理的に追いつめられた人々に効果的で、冷静な判断を失わせる。結果的に、詐欺まがいの商品に大金を投じてしまうのだ。
さらに、不安を感じている人ほど「短期的な利益」を求めがちだ。長期的な資産形成の重要性を理解していないため、短期間で大きなリターンを得ようとして、リスクの高いものに手を出してしまう。
だが、こうしたリスキーなものは、それが何であれ、市場の変動に大きく左右され、素人が勝ち続けることは不可能に近い。
そして、不安から始めた投資は「損切り」のタイミングも誤ることが多い。下落相場に直面すると、将来への不安がさらに膨らみ、冷静さを失った投資家は安値で売却してしまう。これは典型的な「損切り民」の行動パターンであり、資産形成の失敗につながる。
最終的に、「将来が不安だから」みたいな理由で始めた投資は、冷静さを欠いた判断を招き、大きな損失につながることが多い。投資は、不安から始めるのではなく、確信から始める必要があるのだ。さもなければ、下落していく相場の中で「損切り民」と化すだけである。
