
誰かがトランプ大統領の暴走をとめることができればいいのだが、おそらく混乱が続いていく可能性のほうが強いだろう。株式市場も実体経済もとんでもない規模で混乱していく。トランプ大統領の言う「解放の日」は、投資家にとっては「悪夢の日」になっているのだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
解放の日は投資家にとって悪夢の日になった
2025年4月2日、ドナルド・トランプ米大統領は「解放の日(Liberation Day)」と称し、大規模な関税措置を発表した。
この措置には、すべての輸入品に対する10%の関税が含まれており、さらに中国からの輸入品には34%の追加関税が課されるなど、特定の国や品目に対してより高い関税率が適用されている。
このトランプ大統領の衝撃的な発表を受け、4月3日の米国株式市場は急落した。
ダウ平均株価は1,679ドル(約4%)下落し、S&P500種株価指数は4.84%、ナスダック総合指数は約6%の下落を記録した。これにより、市場価値は約3.1兆ドル以上も吹き飛んでいった。
経済学者たちは、これらの関税措置がスタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)を引き起こし、経済成長を減速させ、景気後退の可能性を高めると警告している。
とりわけ、中国や東南アジアのサプライチェーンに依存する企業、たとえばアップルやナイキなどは大きな損失を被っているのが目立つ。アップルの株価は9%以上、ナイキは14%以上の下落を記録した。
国際的な反応も厳しい。欧州連合(EU)のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、これらの関税を「違法」と非難し、EUは統一した対応を取ると述べている。また、カナダのマーク・カーニー首相も、米国の措置に対して「報復措置」を取る準備があると表明した。
日本においても、日経平均株価が3月26日の3万8000円台からワイヤーの切れたエレベーターのように落ちており、4月4日現在、3万3000円台にまで下落している。ほんの一週間で一瞬にして調整局面入りである。
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世界に深刻な悪影響を及ぼすのは誰が見ても明らか
今回のトランプ大統領の発表で米国の平均関税率は22%に達し、1909年以来の高水準となっている。
トランプ大統領が関税に固執するのは理由がある。「長年にわたりアメリカは、不公平な貿易慣行によって搾取されてきた」という認識があるのだ。実際、「他国がアメリカを利用し、我々の富を奪っている」と主張し続けてきたし、4月2日の解放の日でも、改めてそれを述べていた。
高水準の関税は、それを是正するためのものだった。トランプは「自由貿易は公平である場合にのみ機能する」と強調し、関税が公正な貿易を取り戻す手段であると位置づけている。
だが、この関税が世界に深刻な悪影響を及ぼすのは誰が見ても明らかだ。
専門家によると、米国の消費者物価は2.3%上昇し、平均的な米国世帯は年間3,800ドルの追加負担を強いられると予測されている。GDP成長率は1%近く低下し、景気後退のリスクが高まっていく。
特に、関税の影響を受ける輸入品に依存する産業は、コスト増加と需要減少に直面し、多くの企業が人員削減や操業停止を余儀なくされる可能性がある。
欧州連合(EU)、中国、カナダなど、多くの国が報復関税を仕掛けていくだろう。そうすると、世界的な貿易戦争が勃発し、収拾不可能となり、国際貿易の停滞と経済成長の鈍化は確実なものとなる。
中国からの輸入品に対する関税は54%に達しているのだが、中国自身もアメリカに対して何らかの報復関税を仕掛けるだろう。
今回、東南アジアの国々でいうと、カンボジアは49%、ベトナムは46%、タイは36%で想定以上の高水準だったが、それは中国の迂回輸出を防止するための措置が含まれていたからだ。
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日本経済も想定以上の打撃になっていくだろう
深刻なのは日本も同様だ。日経平均株価は崩れ落ちているのだが、特に輸出依存度の高い企業は大きな打撃を受けている。
自動車や電子機器メーカーは、米国市場での競争力低下と収益悪化が避けられない。今後、サプライチェーンは大混乱していくわけで、生産や物流にも深刻な影響が及んでいくだろう。
日本の最大の産業は「自動車」なのだが、日本の自動車メーカーは米国市場への依存度が高い。今回の関税引き上げにより販売価格の上昇が避けられない。これにより、消費者の購買意欲が減退し、販売台数の減少が予想されるはずだ。
さらに、悪いことがある。円高の進行だ。
これは輸出産業にとっては「弱り目に祟り目」の状態でもある。今後の輸出採算は悪化していく。トヨタ自動車の株価は1年ほど前は3872円をつけていたが、現在は2355円である。実に40%近い下落率となっているのだが、関税に変化がなければもっと低迷していくだろう。
半導体製造装置メーカーである東京エレクトロンや、半導体検査装置メーカーのアドバンテストも、関税の影響で株価も大きく下落している。当然の動きだ。これらの企業は、米国市場への輸出比率が高い。異常な関税の引き上げにより、今後は価格競争力が低下し、売上減少も懸念される。
日本政府は、今回の関税措置に対し、WTOへの提訴や報復関税の検討などを模索しているということなのだが、無能な日本政府が何かできるわけでもない。トランプ大統領とうまく交渉することはできないかもしれない。
米国との貿易摩擦が長期化すれば、日本の経済的ダメージは「これから」深刻化していくということになる。企業は、米国以外の市場開拓や生産拠点の多様化など、リスク分散のための戦略を急ぐ必要があるが、そうした試みは時間がかかる。
日本にとっても、経済は想定以上の打撃になっていくだろう。不況になる。
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多くの国が景気後退に陥ることになるだろう
トランプ大統領の関税措置は、世界経済全体に悪影響を及ぼしていく。トランプ大統領の交渉で何らかの変化があるとしても、基本的にトランプ大統領は関税の設定を撤廃するつもりはないので、多くの国が景気後退に陥ることになるだろう。
EU各国も、カナダも、メキシコも、日本も、影響はまぬがれない。輸出減少と資本流出に直面し、経済的混乱が深刻化していく。これから先進国の人々を苦しめるのは関税による消費者物価の上昇だ。
日常生活に必要な製品の価格が上昇し、一般家庭の生活費が増加する。これにより、実質所得が減少し、生活水準の低下が避けられなくなる。
もちろん、途上国・新興国の経済も厳しいはずだ。輸出依存度の高い新興国は、経済成長が鈍化し、インフレ率と失業率が上昇すると悲惨な結果を生む。社会的不満が高まり、政治的な不安定要因となるのだ。最悪の場合、政情不安や紛争の勃発につながる可能性もある。
企業や投資家は極度の不確実性に直面することになるので、新規投資や雇用創出が抑制される。さらに、金融市場の混乱が続けば、信用収縮や金融危機のリスクも高まる。
場合によっては、これからリーマンショック級の不況を呼び寄せることになったとしても不思議ではない状況だ。
気をつけなければならないのは、この関税措置は世界経済に深刻な打撃を与え「短期間での回復は見込めない」可能性があることだ。短期の回復どころか、今後さらに状況が悪化し、長期的な不況に陥る可能性が高まっていくことになる。
誰かがトランプ大統領の暴走をとめることができればいいのだが、おそらく混乱が続いていく可能性のほうが強いだろう。株式市場も実体経済もとんでもない規模で混乱していく。トランプ大統領の言う「解放の日」は、投資家にとっては「悪夢の日」になっているのだ。
まだ、トランプ政権は始まったばかりである。
私は、混乱がこれからもずっと続く覚悟をしている。
