
トランプ大統領が関税政策を見直さない限り、物価上昇の根本原因は取り除かれない。その意味で、政策変更がない限り、世界の株価は下落を続ける。短期的な反発があったとしても、それは本質的な回復を意味するものではない。株価が下落を続け、底が見えない状況がしばらく続く可能性は否定できない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
アメリカは、これで物価上昇が避けられない
トランプ大統領が進めている関税政策は、今後の世界経済に重大で深刻な影響を与えることになる。だが、このトランプ関税によって、もっとも苦境に落ちるのはアメリカ国民そのものではないかという話がある。
アメリカは、これで物価上昇が避けられない。
「関税をかけられたくなければアメリカで作ればいい」とトランプ大統領は言うのだが、アメリカでは、コーヒー、バナナ、マンゴー、パイナップルといった農産物の多くを国内で栽培することができない。
気候条件や土地の制約によって、それらの生産は中南米、東南アジア、アフリカ諸国に依存している。さらに、スパイスやバニラのような特殊作物もまた、輸入に頼るしかない。これらは必然的に関税対象となれば価格が上昇する。
関税というのは、輸入品に対して政府が課す税金である。輸入先の企業がそれを負担するのではなく、最終的には消費者が高くなった価格を支払うことになる。
関税が課せられれば、たとえばコーヒー豆は現地価格に加えて数%から数十%の追加コストが上乗せされる。
仮に30%の関税がかかれば、1ポンド5ドルのコーヒーは6.5ドルになる。これはあくまで小売価格に反映される前の段階である。運送費や保険料、小売業者の利益も加わるため、店頭価格はさらに上昇する。
トランプ大統領は「アメリカ第一主義」を掲げており、国内製造業を保護するために関税の引き上げをしようとしている。
しかし、この姿勢が変わらない限り、アメリカの消費者が直面するのは持続的な物価上昇である。鉄鋼やアルミニウムなどの工業素材にも同様の措置がとられており、これが建築資材、自動車、家電製品などのコストを押し上げる。
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インフレはアウト・オブ・コントロールに
関税によって物価が上昇すると、最初に影響を受けるのは生活必需品である。食料品や衣料、日用品など、日々の生活に不可欠な品目の価格が上がれば、消費者は同じ収入でこれまで通りの生活を維持することができなくなる。
これは中間層や高所得層よりも、低所得層にとっては特に深刻な問題となる。
名目所得が変わらなければ、支出の割合が増加する分、可処分所得は減少する。たとえば、月収が2000ドルの家庭で食料品への支出が300ドルから400ドルに増えたとすれば、残る1600ドルが1500ドルになり、他の支出にまわす余力が確実に削られる。
企業にとってもコスト増は避けられない。輸入原材料の価格が上昇すれば、生産コスト全体が増大する。
アメリカ国内で完結する製品であっても、多くの部品や材料は海外から輸入されている。コストを抑えるために低賃金国に製造拠点を置いているが、そこからの輸入にも関税がかかれば、もはや低コストは維持できない。
結果として、企業は製品価格を引き上げざるをえない。つまり、消費者にそのコストを転嫁するしかなくなる。
この構造は「インフレ・スパイラル」と呼ばれる現象だ。
「物価が上がる→企業が価格を上げる→消費者の負担が増す→労働者が賃上げを要求→企業が賃金を上げる→さらに価格が上がる」という悪循環が続く。これが一定以上の期間続けば、インフレは制御不能(アウト・オブ・コントロール)と化す。
庶民にとっては、日常的な買い物が困難になるだけでなく、貯蓄の価値も目減りする。銀行に預けている資産の利子が物価上昇率に追いつかなければ、実質的な購買力は減っていく。
こうして、社会全体の不満やストレスが高まり、経済の停滞と不安定化が進行する。
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景気後退《リセッション》は避けられない?
インフレが進行すると、中央銀行は通常、物価上昇を抑えるために金利を引き上げる。そうすると。どうなるのか。金利上昇は消費者や企業の借入れを抑制し、経済活動を冷ましてしまう。
アメリカでは連邦準備制度理事会(FRB)がこの役割を担っている。過去にも、1970年代の「スタグフレーション」期にFRBが高金利政策を取った。それで、景気が急激に冷え込んだ。
せっかく制御されつつあったインフレが悪化し、ふたたび高金利政策に戻るとアメリカ経済は相当なダメージとなる。企業は新規投資が難しくなる。新しい事業や雇用が生まれにくくなり、経済全体の成長が鈍化する。
個人にとって金利上昇は痛手である。住宅ローンや自動車ローン、学資ローンといった負債を抱えている家庭では、毎月の返済額が増加することになる。それにより消費が控えられ、景気後退《リセッション》は避けられなくなる。
すでに、JPモルガンはウォール街の他のアナリストに先駆けて「今年の後半に景気後退《リセッション》がやってくる」と予測を出している。実質GDPは縮小し、経済活動が後退し、失業率は5.3%まで押し上げられ、物価上昇はパンデミック時よりも厳しいものになるというのがJPモルガンの予測だ。
企業業績の低下は雇用にも影響する。収益が下がればリストラや採用抑制が進み、失業率が上昇する。これがまた消費の冷え込みをもたらし、悪循環が完成する。
現在のように、世界的なインフレ圧力が強まっている状況では、各国の中央銀行も同様のジレンマに直面することになる。
中央銀行が政策金利をどのタイミングで、どの程度まで引き上げるかは非常に難しい判断である。過度に上げすぎれば景気後退を引き起こし、抑制が甘ければインフレがさらに加速する。
このような中で、金融政策のかじ取りは極めて困難になっている。
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トランプ大統領の「解放の日」から時代は変転
株価はどうなるのか? 現在の経済状況を踏まえると、世界の株価は今後も下向きのトレンドを続ける可能性が極めて高い。
トランプ大統領の恫喝関税によって、物価上昇、金利引き上げ、投資減退、消費の冷え込みといった複数の要因が重なり、いずれかが改善されない限り、株式市場にとって厳しい状況はずっと続くのだ。
インフレ下では、企業の売上高が増えるように見える。だが、それは名目上の話である。実際には、原材料費、物流費、人件費などの支出が急増しているため、営業利益や純利益は圧迫される。価格転嫁が困難な業界では、なおさらだ。
こうした状況は、投資家の心理にも影響を与える。企業の将来性が不透明であると判断されれば、株式は売られ、資金はより安全とされる債券や現金に移動する。
金利が上がれば、債券の利回りも上昇し、相対的に株式の魅力が下がるため、株式市場からの資金流出が加速する。4月3日、4日の暴落で、すでにそうなっている。
株価は需要と供給で決まる。売りが買いを上回る状況が続けば、株価は下がる。そのトレンドが続けば、戻りの兆しが見えにくくなる。さらに、企業業績が下方修正されるたびに、株式の評価額は引き下げられ、下落基調に拍車がかかる。
業種によって差はある。エネルギーや生活必需品関連の企業は、ある程度価格転嫁が可能であり、インフレ耐性も高い。だが、テクノロジーや製造業など、価格競争が激しい分野では利益の確保が難しく、株価への影響も大きい。
トランプ大統領が関税政策を見直さない限り、物価上昇の根本原因は取り除かれない。その意味で、政策変更がない限り、世界の株価は下落を続ける。
短期的な反発があったとしても、それは本質的な回復を意味するものではない。株価が下落を続け、底が見えない状況がしばらく続く可能性は否定できない。
トランプ大統領が2025年4月2日に発表した「解放の日(Liberation Day)」から時代は変転した。私自身は相場の予測はしないものの、下落や低迷は長らく続くつもりで心の準備をしている。
