
トランプ大統領のやっているのは「混乱の輸出」だ。今やアメリカのもっとも大きな輸出品は「混乱」だといえるくらいトランプ大統領は混乱をまき散らしている。「株式市場は不確実性を嫌う」とはよく言われるが、その不確実性が歴史上類がないほど上昇しているのが今の時代なのだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
貿易戦争による世界的な景気後退はあるか?
今、プロのファンドマネジャーたちはアメリカ株式市場から逃げている。つまり、米国株を売りまくっている。
2025年4月15日、バンク・オブ・アメリカのグローバル・リサーチが公表した月例ファンドマネジャー調査によれば、ファンドマネジャーによる「米国株の売却」が過去最大のペースで進んでいることが明らかになったことでもそれがわかる。
特に2025年2月以降、米国株への投資配分は急速に引き下げられ、差し引きすると36%が保有比率を引き下げるという結果が出ている。これは過去2年近くで最大だった。下げ幅も50%超えで記録的となった。
こうした動きの背景には、世界経済の減速懸念と地政学的リスクがある。
大多数のファンドマネジャーは、市場最大のリスクとして「貿易戦争による世界的な景気後退」を挙げているのだが、実際に42%が「今後、景気後退が起きる」と予想している。これは2023年6月以降で最多である。
過去20年間で見ても4番目に高い水準だ。トランプ政権がアメリカの成長を破壊すると言う見方が強まっている。
さらに、73%のファンドマネジャーが「米国例外主義(U.S. Exceptionalism)」はすでにピークを過ぎたと回答している。米国例外主義とは、経済・政治・金融面で米国がつねに他国より優位にあるという考え方を指す。
トランプ政権になってから、恫喝関税外交によるグローバル経済の破壊で、アメリカに対する信頼が揺らいできた。トランプ大統領は強硬だが、強硬であればあるほどアメリカは弱体化していくという見方が広がっているのだから皮肉だ。
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トランプ大統領は米国株とドルを殺すか?
ファンドマネジャーが弱気なのは米国株だけではない。ドルに対してもそうだ。今後1年以内にドルが下落すると予想するファンドマネジャーはネットで61%に達し、これは2006年5月以来の高水準だった。
その背景には、米国の利下げ観測、財政赤字の拡大、他国の利上げ継続などが挙げられる。かつてはドルがリスク回避通貨と見なされていたが、最近ではドルそのものがリスクだと人々は考えるようになってきているのだ。
バンカメの調査は、運用資産総額3,860億ドルにのぼるファンドマネジャー164人を対象に実施された。こうした規模の投資家たちがいっせいに米国株の持ち高を減らし、他の資産クラスや地域に資金を移しているのだから興味深い。
全体として、ファンドマネジャーたちは「米国一強」という旧来の投資方針から距離を取りつつあり、今後はリスク分散と資産の保守的な運用に軸足を置く姿勢が強まっている。
この変化は一時的な反応ではない。
ファンドマネジャーたちが米国株やドルから逃げようとしているのはトランプ政権がリスクだと考えているからだが、そのトランプ政権はこれから4年も続くのだ。そのため、この動きは長期的な潮流と見ていいのかもしれない。
トランプ政権は、保護主義の強化や同盟国との摩擦激化を再燃させている。特に対中関係では関税再導入やサプライチェーン分断といった措置は、今後長らく世界を揺るがし続けるはずだ。何しろトランプ大統領は今、中国に対して145%もの関税をかけようとしているからだ。
145%とは、もはや異常というしかない。もうアメリカは「中国と貿易はしない」と宣言したようなものだ。
こうした外交の不確実性に加え、国内でも移民政策の強硬化や財政支出の拡大が予想され、金利と通貨に二重の圧力がかかる構図となっている。こうした要因は、ファンドマネジャーにとって「米国」という投資対象そのものの安定性を疑問視させる材料になっている。
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トランプ大統領次第なのが今の状況だ
ファンドマネジャーの見方に、私も同意する面が多い。トランプ大統領のやっているのは「混乱の輸出」だ。今やアメリカのもっとも大きな輸出品は「混乱」だといえるくらいトランプ大統領は混乱をまき散らしている。
「株式市場は不確実性を嫌う」とはよく言われるが、その不確実性が歴史上類がないほど上昇しているのが今の時代なのだ。
当然のことながら、市場はトランプ大統領の言動によって振り回される。チャートを見たところで何の意味もない。トレンドフォローも取れない。状況はトランプ大統領が何らかの発言や書き込みをしたら、その瞬間に変わってしまうのだからチャートもトレンドも役に立たない。
すべては、トランプ大統領次第なのが今の状況だ。
それが健全化どうかと言われれば、不健全に決まっている。だが、もうアメリカ人がドナルド・トランプを大統領に選んだのだから、どうしようもない。トランプ政権が続く限り、ファンドマネジャーがリスクある状況から逃げようと考えるのは無理もないことだと思う。
アメリカの株式市場から投資家が資金を引き揚げ、アメリカの通貨ドルも忌避されるのであれば、外国人投資家は二重に損することになる。株式の下落で損して、ドルの下落で損するからだ。
米国株が売られ、ドルも売られる局面では、どんなに慎重にポートフォリオを組んでいたとしても、評価損は避けられない。こうした環境が長期化すれば、パフォーマンスは大きく毀損し、個人・機関を問わず、投資家の資産は悲惨な結果を招く。
投資のことを何も知らず、ただ日本政府が「貯蓄から投資へ」という掛け声を聞いて新NISAとか始めた初心者からも損切りして市場から抜ける人も増えているのだが、トランプ政権はかなりの数の個人投資家を討ち死にさせるのだろう。
経済・政治・金融面で米国がつねに他国より優位にあるという「米国例外主義」が崩壊すると、状況はもっと悲惨になるのかもしれない。
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「米国例外主義」が崩壊したら何が起こるのか?
「米国例外主義」は崩壊するのだろうか。それとも、トランプ大統領の政治運営は大方のファンドマネジャーたちの思惑とは違って、大成功するのだろうか。
成功すれば、アメリカに賭けている投資家は成功するが、失敗したらどうなるのかは考えておいたほうがいいのかもしれない。
「米国例外主義」が崩壊するというのは、アメリカがこれまで享受してきた特別な地位、すなわち、経済、軍事、通貨、技術、政治の各分野における世界的な優位性が消滅するに等しい。
そうすると、米ドルの基軸通貨としての信頼が揺らぎ、各国がドル建ての貿易決済や外貨準備を減らす流れが強まる。
実際にそうなったら、米国は巨額の財政赤字や貿易赤字を「ドルの特権」で埋めることが難しくなり、金利やインフレ率が不安定化することになる。資金の逃避が起これば、米国債の利回りが上昇し、政府の債務負担が急拡大し、アメリカはあっけなく「破綻」してしまうだろう。
軍事や外交の分野でも影響は避けられない。アメリカがもはや「唯一の超大国」として振る舞えなくなれば、NATOや日米同盟といった安全保障体制の信頼性が損なわれ、地域紛争や地政学リスクが世界各地で高まる可能性がある。
さらに、米国発のイノベーションやテクノロジー産業への信頼も揺らげば、グローバルな投資資金は他の国や地域へとシフトしていく。
こうした複合的な変化が進めば、米国市場は「安全で成長性の高い投資先」という前提を失い、株式・債券・不動産の各資産クラスで長期低迷が起こりうる。つまり「米国例外主義」が崩壊する。
完全崩壊しなくても、世界から信用を失うのであればアメリカはゆっくりと力を失っていく。その過程で、アメリカはかなり長期で陰鬱で絶望的な経済不況と株価低迷を引き起こすことになる。
果たして、トランプ大統領は「米国例外主義」崩壊の引き金を引くのだろうか? もし、トランプ大統領が混乱をまき散らし続けるのであれば、私たちは最後に「米国例外主義」崩壊の歴史的現場に立ち会うことになるのだろう。
