「政府よりも株式市場を信じろ」。政府が発行する紙幣なんか持っていてはだめだ

「政府よりも株式市場を信じろ」。政府が発行する紙幣なんか持っていてはだめだ

1982年、メキシコが債務危機に陥って、メキシコを代表する企業が次々と破綻の危機に追いやられていったとき、間違いなくメキシコは国として「終わっていた」状態だった。現在、メキシコ最強の資産家となっているカルロス・スリムは、この時期に賭けに出て超大富豪の道を歩み始めた。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

メキシコの通信王、カルロス・スリム・ヘル

メキシコ最強の資産家・投資家にカルロス・スリム・ヘルという人物がいる。大手コングロマリット「グルポ・カルソ」を率いる人物で、通信、建設、金融、エネルギー、不動産など多岐にわたる企業を所有している。

1990年の国営電話会社テルメックスの民営化時に持分を取得し、のちに中南米全域で3億超の回線を抱えるアメリカ・モービルへ拡大、通信王と呼ばれるようになった。2010〜2013年にはフォーブス世界長者番付でも首位となった。2024年時点の純資産は約930億ドル(約13兆円)である。

カルロス・スリムの投資先はメキシコ証取上場企業の約4割を占め、かつて米ニューヨーク・タイムズ紙の筆頭株主でもあった。

2006年設立のカルロス・スリム財団を通じ、医療・教育・文化保護に300億ドルを拠出し、メキシコ最大の私設「スフマヤ美術館」を開館。最近はインフラ投資を拡大し、2024年には原油・ガス企業へ約10億ドルを投じ、2025年3月にはペメックス油田共同開発を協議中と報じられた。

カルロス・スリム・ヘルは10代の頃から父親の教えを受け、ビジネスと財務管理に異様なまでに強い興味を示していた。11歳で政府の貯蓄債を購入し、父の会社で週200ペソの給与を得ながら、すべての取引を手書きの家計簿に記録し、正確な帳簿管理を身につけたという人物だった。

1961年に工学士を取得すると、23歳で最初の証券仲買業「Inversora Bursátil」を設立。続いて不動産開発会社を立ち上げ、稼いだ利益を次々と新規事業へ再投資して事業を大きくしていった。

これだけでも興味深いが、同氏が大富豪になるきっかけは1982年にメキシコが経済危機に瀕した最悪のときだった。

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破綻の坂を転がり落ちていったメキシコ

1982年。石油に依存したメキシコ経済は累積債務がかさんで国家破綻寸前にまで転がり落ち、国債信用力も地に落ちて通貨は下落していた。この経済危機のさなかにデ・ラ・マドリー大統領が就任してIMF(国際通貨基金)に支援を求めることになった。

IMFはメキシコに乗り込んでいったが、やり方は例によって非情だった。徹底した緊縮財政を強要して、メキシコのペソも切り下げた。国が破綻寸前にまで追い込まれて通貨が信用をなくし、しかも切り下げまでおこなわれた。

これは、つまり国民の預金が一気に価値をなくしてしまうということである。その結果、ただでさえ経済苦にあったメキシコ国民は、一気に貧困のどん底に突き落とされてメキシコは阿鼻叫喚の地獄に包まれた。

数年たってもメキシコ経済は低迷したままで、1986年には債務がさらに膨れ上がって1,000億ドルを超える事態にも陥った。結局、メキシコ経済が好転していくが、それは石油価格が上昇して外貨が稼げるようになったからである。

IMFの指導は関係がなかったし、政府の指導力が効力を発揮したというわけでもなかった。単に市場環境が好転して、メキシコは息をつくことができただけだった。

経済的な政府の無策や汚職はその後も続いたので、こういった弱点を見透かされて1994年にはヘッジファンドに狙われてメキシコ発の通貨危機、いわゆるテキーラ・ショックさえも起きている。

メキシコはお世辞にも投資環境が素晴らしい国とは言い難いところだった。だが、そのメキシコが史上最悪の国難にさらされているそのときに、カルロス・スリムはチャンスをつかんでいた。

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カルロス・スリムはそれをやった

1982年、メキシコが債務危機に陥って、メキシコを代表する企業が次々と破綻の危機に追いやられていったとき、間違いなくメキシコは国として「終わっていた」状態だった。

メキシコ・ペソは切り下げられて、もはやメキシコには将来がないと多くの資産家が国外に逃げていった。

カルロス・スリムはそのとき、何をしていたのか。カルロス・スリムが経営する企業も存続の危機に追いやられていた。だがその最中、カルロス・スリムは国営化されるという噂のあった大企業の株を「捨て値同然の価格で買い集めていた」のだった。

究極の逆張りだ。

もちろん、これは大きな「賭け」であり、また長期戦でもあった。何しろ国の将来は真っ暗闇、好転する兆しもなく、100人に聞けば100人とも「メキシコは、もう終わりだ」と言っていたときだ。

企業は次々と潰れていき、金持ちはアメリカに逃げていき、貧困層が街にあふれ、株式市場は壊滅的な大暴落に陥っていた。そんなときに株を買い集められる人は少ないし、ましてや明日にでも破綻するかもしれないような会社に全財産をつぎ込める胆力を持った人もいない。

ところが、カルロス・スリムはそれをやった。

一世一代の大勝負に出て、しかも結果が出るまで何年も何十年も長期投資(バイ・アンド・ホールド)してきている。ボロボロになった国の、国有化寸前にまで追い込まれた会社の株を不屈の意思で持ち続ける。カルロス・スリムはそれをやった。

メキシコがようやく立ち直ったとき、底値で買った株を持っていたカルロス・スリムが、メキシコはおろか、世界でも有数の資産家になっていった。

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「政府よりも株式市場を信じろ」ということ

国民は当時、「誰も」株を買わなかった。当然だ。連日のように爆下げして価値を失っていく市場に賭けても勝てるかどうかわからない。必然的に、彼らは現金を握りしめていたのだが、その現金がIMFによって通貨切り下げにされた。

カルロス・スリムが株に賭けたというのは、現金を手放して株に転換したということである。たしかに株式は暴落していた。しかし、株式市場で儲けるというのは「安いときに買って高いときに売る」のが王道だ。

カルロス・スリムは優秀な投資家だったので、「勝負」と「賭け」に出た。すさまじいまでの富豪になるには、土壇場でそういった大きな賭け、大きな勝負が必要になってくるのだろう。

もちろん、一般人はそんなことをしなくてもいい。ただ単に、優秀な会社をそれなりの価格で保持しておけば、それだけで政府を信頼するよりも報われる。あるいは、S&P500連動ETFを保有しておけば、それだけで報われる。

株式は紙幣に勝り、優秀な企業は政府に勝る。政府や現金は信用してはいけない。彼らは紙幣の価値をつねに減退させるからだ。そのため、現金を長期保有することは損失であることを認識すべきなのだ。

たとえば、日本は今、馬鹿な政治家が30年以上も日本を衰退させ、もはや再起不能の国にしてしまっている。しかも、いまだに政治家の多くは非常に質が悪く、国益にかなう政治をしていない。

じわじわと衰弱してしまっている日本がいつ破綻するのかは状況にもよるので誰にもわからないが、いつか破綻するのはわかっている。日本はそういう状況だ。こんな馬鹿な政治家のツケを払いたくないなら、日本円を保有していたらマズいとすぐに気づくはずだ。

1982年、カルロス・スリムは迷うことなく「株式」を選び、そして最終的にはそれが功を奏した。政府を信じて、政府が発行する「紙幣」を抱いていた普通の人たちは破綻した。ここに教訓があるとしたら、「政府よりも株式市場を信じろ」ということだろう。

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